ビジネスの創造性の研究者が、東京五輪の開会式の反省会を勝手にしてみた
東京五輪の開会式は創造的だったか?
COMEMOでは様々なテーマで記事を書いているが、私の本職は「ビジネスパーソンの創造性開発」である。かつては、テレビ局向けに創造的思考法の研修をしたこともある。そのため、今回の東京五輪の開会式には、日本の粋を集めた創造性が発揮されるのだろうと期待を込めていた。
しかし、ふたを開けてみると、各種メディアが報じるように評価は割れるものとなった。端的なものは、ビートたけし氏の評価だ。
比較的評価の高かったドローンの演出は、インテル社製のもので日本の技術ではない。
海外のメディアの評価も、さまざまな論調があるものの共通しているものは「簡素」というものだ。
さて、この「簡素」という言葉は創造性を評価するときに難しい言葉だ。心理学領域では、創造性とは、成果物の「独創性」と「有用性」という相反する2つの要素がバランスよく調和がとれているときに認知される。
「簡素」という評価に、独創的だというニュアンスが含まれているとは考えにくい。ピクトグラムや歌舞伎、ドローン演出、ゲーム音楽での入場等から、目新しい要素を見つけることはお世辞にもできたとは言い難い。入場のテーマでゲーム音楽を使うのは、小学校の運動会でも定番の演出だ。
「有用性」とは、ビジネスでは顧客が「お金を払って買いたい!」と思う購買意欲となり、芸術では作者が伝えたいメッセージが受け手に伝わったかとなる。五輪の開会式となると、どちらかというとメッセージ性の意味合いが強いだろう。しかし、安川新一郎氏が指摘するように、今回の開会式はメッセージ性にも難があった。
他の世界的スポーツイベントと比較してみよう
今回の東京五輪の評価が賛否両論だったとしても、他の類似イベントの開会式も似たようなものであれば、そもそもこの手のイベントに創造性を求めなくても良いと言えるだろう。
それでは、他の似たような国際競技イベントの開会式はどのようなものであったのか振り返ってみたい。
国家元首がヒーローな英国とインドネシア
前々回のロンドン五輪で驚きだったのは、エリザベス女王の登場方法だった。ジェームス・ボンドにエスコートされて、ヘリコプターに乗り込んだ女王は、会場の上空からパラシュートで落下して会場入りするという演出だった。もちろん、落下時のBGMは007のテーマだ。
Eスポーツが競技種目入りしたことで注目を集めた2018年にジャカルタで開催されたアジア大会では、ジョコ大統領がバイクにまたがり、街中をスタントしながら会場入りするものというものだった。
日本がこの演出よりも創造性で勝負しようとするなら、豊田章男社長の駆る「レクサス LFA」で天皇陛下をエスコートするくらいのインパクトがないと難しかっただろう。
ストーリー性が秀逸なブラジル、オーストラリア、アゼルバイジャン
ストーリー性の素晴らしさが際立ったのは、前回のリオ五輪、コモンウェルスゲームズ2018、第1回ヨーロッパ競技大会だ。
リオ五輪では、ブラジルの発明家で世界で初めて「一般公開で飛行機の飛行」を成功させたアルベルト・サントス・デュモン氏のストーリーを中心に組み立てられた。ライト兄弟とほぼ同時期に飛行機の発明に成功したデュモン氏は、その後、第1次世界大戦で飛行機が戦争の道具となることに反対し、軍事利用禁止を訴えるもかなわず、失意の中で生涯を閉じた。平和の祭典である五輪のテーマに添えることで、デュモン氏の夢であった飛行機の平和利用の夢を叶えるストーリーだった。
イギリス連邦に属する国や地域が参加して行われるコモンウェルスゲームズの2018年大会は、ゴールドコーストで開催された。そこでは、オセアニアの自然と精霊に対する尊敬と畏怖の念を込め、自然とスポーツの共生が込められている。
2015年から始まったヨーロッパ競技大会の第1回は、アゼルバイジャンのバクで開催された。第1回にふさわしく、アゼルバイジャンの伝統芸能と共に、ヨーロッパの語源となったエウロパと白牛の伝説、千夜一夜物語の魔法のじゅうたんなど、神話の世界が再現された。
プラカードにもクリエイティブを入れる
また、ビジネスの秘訣として「細部に神が宿る」と言われることがある。細部までこだわりぬくからこそ、顧客に感動と驚きを与えることができる。
他のイベントと比べて、東京五輪の開会式で気になったところは入場時のプラカードだ。甲子園でも見慣れたように、先導者が選手の所属が描かれたプラカードを掲げて行進する姿は、日本人にとっては違和感がない。
しかし、先にあげたイベントで入場時にプラカードを掲げたイベントは1つとしてない。
ロンドン五輪:背中に背負ったパイプの先端に国名表示
リオ五輪:フルーツ売りを模したパレード用自転車に国名表示
アジアンゲームズ2018:神鳥ガルーダを模した衣装の後光に国名表示
コモンウェルスゲームズ2018:先導者の持つサーフボードに国名表示
ヨーロピアンゲームズ2015:SFのように衣装の宙に浮かぶように国名表示
ヨーロピアンゲームズ2019:東スラブ人にとっての太陽のシンボルであるクパラ・ホイールに国名表示
これらの大会と比べて、東京五輪ではプラカードに漫画の吹き出しが中途半端に印刷された看板を持っていただけだ。入場時の国名表示1つをとっても、明らかに工夫と手間暇のかけ方が違っている。
大阪万博で日本の創造性は復活できるか
当然のことながら、日本の創造性自体が廃れているわけではない。東京ディズニーリゾートの創造性は、世界各地にあるディズニーリゾートの中でも世界最高峰だ。NETFLIXでも日本発のコンテンツの評価が高く、創業者のリード・ヘイスティングス氏も世界市場で競争力があると期待を寄せている。
幸いなことに、4年後には大阪・関西万博が控えている。私たちには、まだ世界に日本の優れた創造性を示すチャンスが残されている。
太陽の塔に代表されるように、1970年に開催された前回の大阪万博では、日本の優れた創造性を世界に知らしめることに成功した。温水洗浄便座、動く歩道、携帯電話、360度全天周スクリーン、モノレール、電波電話など、大阪万博で発揮された日本の創造性には目を見張るものがあった。
今大会では、コロナ禍ということもあって日本のポテンシャルが存分に発揮できる状況になかったとも言えるだろう。2025年の大阪・関西万博では、日本の創造性がいかんなく発揮され、世界を驚かすことができるよう期待と共に応援している。