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デザイン思考ツール「カスタマージャーニー」を格好良く使いこなしたい

最近、デジタルの力を使った新たな総合化の動きが見られる。特定顧客の特定のニーズを満たすため、プロセス全体(マーケティングでいう「カスタマージャーニー」)の支援をデジタルプラットフォーム上でシームレスに提供しようとする動きだ。
例えば、個人の住宅購入ニーズに関して、①構想の具体化②物件検索③購入(ローンや保険など)④引っ越し⑤入居後のサポートといったプロセスをスマートフォンのアプリ上で完結できるようなサービスである。

カスタマージャーニーは、顧客と企業がどのような接点(タッチポイント)を通じて関わりを持ち、どのような価値が提供されているかを可視化するために生まれた手法を指します。(と手元の書籍に書いている)

筆者がカスタマージャーニーを初めて知ったのは、「デザイン思考が世界を変える イノベーションを導く新しい考え方」でした。第4章「作って考える ―プロトタイプ製作のパワー」という章で登場します。

 新サービスの開発に役立つシンプルなシナリオ構造のひとつが、「カスタマー・ジャーニー(顧客の旅)」だ。これは、架空の顧客が経験するサービスの段階を最初から最後まで図式化するというものだ。開始点は架空の場合もあるし、航空券を購入する人々や、屋根にソーラー・パネルを設置するかどうか悩む人々を観察することから得られる場合もある。いずれの場合も、カスタマー・ジャーニーを築き上げる利点は、顧客とサービスやブランドがどこで接点を持つかが明らかになるということだ。この「タッチポイント」の一つひとつが、顧客に価値を提供する(あるいは、顧客と永久に別れを告げる)機会となるのだ。

「デザイン思考が世界を変える」より引用

「プロトタイプの必要性」という文脈で紹介されているので、カスタマージャーニーは「作る前に、作ったと仮定して、顧客の行動を想像する」というニュアンスが強い、と筆者は感じています。

つまり、カスタマージャーニーは「~とする(一旦)」なのです。プロトタイプのイメージを具現化したもの、だと筆者は解釈しています。

シルバニアファミリーを使って「おままごと」を演じて、不自然や違和感を発見したり、「ここに椅子を置くとより豊かな日々が過ごせるようになるかもしれない」と気付き、お父さんに「椅子セットを買って欲しいの」とおねだりをするよような、「仮想を現実的に捉える目線」が求められるのがカスタマージャーニーだと筆者は考えています。

デザイン思考っぽいですね。格好良い。筆者は恰好良いUXに対する憧れとコンプレックスを抱えているので、デザイン思考っぽいツールをシャーッと使いこなせている人を見ると「末代まで語尾に"おじゃる"が付く呪い」を掛けてやろうか、と思ってしまう。

ちなみに、カスタマージャーニーが「~とする(一旦)」として機能した例が書籍では紹介されています。少し長くなりますが、引用します。

 数年前、アムトラック社はボストン、ニューヨーク、ワシントンDC間の高速列車サービスを提供して、東海岸の交通を改善する機会を探りはじめた。アムトラックの依頼でIDEOが後の「アセラ・プロジェクト」に参加するころには、照準は列車そのもの、つまり座席のデザインにまで絞られていた。チームは、ほかの乗客たちに混じって何日も列車に乗ると、旅のプロセス全体をあらわすシンプルなカスタマー・ジャーニーを作り上げた。大半の乗客にとって、旅は「駅に向かう」、「駐車場を探す」、「切符を買う」、「ホームを探す」といった一〇のステップで成り立っていた。もっとも特筆すべき洞察は、乗客は八番目のステップになってやっと列車の座席に着席するということだった。言い換えれば、列車の旅の経験の大半は、列車とまったくかかわりがなかったのだ。
(略)
軌道、ブレーキ・システム、車輪に数々の問題が報じられたものの、アセラ・エクスプレス・サービスは人気を博している。カスタマー・ジャーニーこそ、その最初のプロトタイプだったのだ。

「デザイン思考が世界を変える」より引用

つまり、顧客は移動にお金を支払っているのであって、車両(座席)のみにお金を支払っているのではない、ということです。負担(金銭)の代わりに得られる対価が、商品・サービスに限った話では無いんですよね。そのことをカスタマージャーニーで描いた、というのは理想の事例だと思います。

もっとも、現実には、ビジネスの現場におけるカスタマージャーニーの多くは「新サービスのプロトタイプではなく、既にリリースしている商品・サービスが対象」になっています。カスタマージャーニーはプロトタイプではなく、地図のような(すでにあるものを型取り大勢で見る紙のような)役割を担っている印象があります。

さらに「架空の顧客や実際にいるであろう顧客というより、顧客はこう動くはずだという企業側の理想的なイメージを押し付けた夢想の顧客」が登場してきます。せめて実際に体験したり、顧客にインタビューして頂ければ…と思うこともあります。

それが良いのか悪いのかは分かりません。あくまでIDEOの場合はそうであって、それ以外の使い方もあるだけかもしれません。ただ、筆者の経験が不足しているのかもしれませんが、カスタマージャーニーを作ってみて「で?」という反応になる場合は多いです。

そこで、筆者が(いつかカスタマージャーニーを格好良く使いこなすぞ!)と心に決めて、メモ代わりに残していた「カスタマージャーニー注意事項」をnoteに公開しておきます。


カスタマージャーニー注意事項

1. 線より点を網羅する重要性

「ジャーニー(旅)」という言葉から、どうしても時系列で描かれた顧客行動が浮かびます。要は一本の線で描かれる旅路を想像しがちです。

しかし、実際の顧客行動は常に確率的です。誰が言ったのか、とある青い本では「個人個人の購買行動はポアソン分布していますが、消費者全体を見ると「負の二項分布」しています」と明記されています。

つまり、線ではありますが、近鉄・大和西大寺駅のような複線なのです。あるいは首都高の箱崎ジャンクションのように車線が多過ぎる。あのね、ここで笑わないと、もうこの先笑うとこないですよ(©酒井くにお・とおる)。

「理想」と思える旅路を、必ずしも全員が巡礼するわけではありません。例えば、広告を見てもまったく記憶に残らない人もいれば、偶然の場面(友人との会話やSNSのコメントなど)をきっかけに商品を思い出す人もいます。

  1. 朝、商品のテレビCMを見たが、忙しくてあまり意識に残らない

  2. 通勤途中に見かけた電車広告で商品を認識する

  3. 通勤途中に見ていたSNSで商品がディスられていたが、1.や 2.で見た商品と同じとは認識していない

  4. 昼休みに同僚から「この商品おいしいよ」と情報を得て、2.で見た商品と同じと認識する

  5. 偶然帰りに立ち寄ったコンビニの棚で、商品を発見し、手に取った瞬間、3.でディスられていた商品と同じパッケージと気付く

このように、複数の接点(タッチポイント)がありながらも「あれとこれは一緒なのか」と後から気付く旅人もいれば、いきなり「店頭で見つけてとりあえず買う」旅人もいます。(私やあなたがそうであるように)

最初から「こういう線で動くはず」と想定を狭めるのではなく、まずは接点(タッチポイント)を網羅していく方が重要ではないでしょうか。何をキッカケに買う確率が高まるか、把握したいので。


2. “to be”に夢見るより、“as is”を網羅しよう

カスタマージャーニーが「プロトタイプ」としてよく使われるとは言え、「理想の to be」(企業側が望む夢想の顧客行動)を描くのは良くないと思っています。なんか、秋元康先生作詞の新曲みたいな表現だな。

もちろん、「理想」を掲げること自体は重要ですが、実際には顧客がその通りに動くとは限りません。むしろ「開店したばかりのショップをなぜスマホで検索しようと思ったのか?」「まだ商品を購入していないのに(便益を味わっていないのに)何を見て買おうと思ったのか?」と疑問が尽きない行動が多い。

まずは「現実の as is」(顧客側が体験している現実の行動)を描きたいところです。なんか、新作ガンダムのタイトルみたいな表現だな。

とくに、カスタマージャーニーは商品を購入する前の接点は手厚く書かれる傾向にありますが、購入後は「開封した」「利用した」と素っ気無く表現されることが多い。ユーザーインタビューしてますか?と疑ってしまいます。

飲食系通販なら「家族・友人と楽しい団欒を過ごす」だけでなく「食器など洗い物を片付ける」まで描きたいところです。「鍋の〆ラーメンを用意するために団欒から離れてキッチンで準備する寂しそうなお母さん」を見て、東洋水産の鍋用ラーメンが生まれたって話ですからね。


3. 多部署連携を促進し「精度」より「納得度」を優先する

顧客を主役に点と線で描くカスタマージャーニーは、マーケティング部門だけで作るものでは無い、と考えています。

例えば商品開発部門や営業部門、カスタマーサポート部門など、顧客と接するあらゆる部署が情報を持ち寄り、「どこが課題なのか」「何を改善すれば顧客満足度が上がるのか」を議論できる土台として機能するからです。

映画「踊る大捜査線2」のクライマックスで、捜査本部に来た青島が「室井さんは俺たちと捜査しようって言ってる」と発言を促した後、現場の捜査員たちによって大量にマークされる地図。あの感じがカスタマージャーニーだと思っています。あのね、松本のnoteは2つか3つしか笑うトコないから、読者が笑う努力して(©酒井くにお・とおる)。

なぜなら、顧客が部門を越境して旅路を巡るからです。顧客からすると、使っている商品・サービスの部門は見えませんからね。

ちなみに「ここをこう改善すると、前工程・後工程を考えても、お客様の満足度が高まると思う」と発見した際に、提案を受けた部署が「納得」「腹落ち」するかは、とても重要です。

たまに「カスタマージャーニーはどこまでの精度を追求するべきですか?」と相談を受けることがあります。精度は意外とどうでも良くて、それよりも「なるほど、うちの部門が手を打つ必要があるね」と納得しながら同じ方向を向けるかどうかが大事です。

納得度、腹落ち度を追い求めていたら、自然と精度は高まるのではないでしょうか。


4. ペルソナの作り込みすぎは禁物

顧客理解を深めるために、カスタマージャーニーに登場するペルソナを作り込む企業が多いと聞きます。

ペルソナは、自分たちの商品・サービスを選んでくれる顧客像を具現化しているので「社内で理解を得やすい」等のメリットがある一方、あまりに細かく設定し過ぎると「他の顧客層を取りこぼしてしまう」等のデメリットがあります。つまり「この人のみ顧客なんだ」というペルソナの暴走です。

筆者は、ユーザーインタビューなどを通じて、様々な顧客層を重ねた「ペルソナ」を作ること自体は肯定的ですが、「その設定って本当に必要?」と疑問を抱くほど設定を作り込むこと自体は否定的です。

先ほど「実際の顧客行動は常に確率的」と説明しましたが、購買する確率が上がる(下がる)属性は必要だと思います。そうじゃないなら不要だと思います。

例えば30代~40代女性向けファッションがメインのECサイトで、わざわざ18歳・男性・大学生のペルソナを作る意味は何かしらあるんだろうなと感じるのですが、そのペルソナに「普段読む雑誌」「普段見ているYoutube」「インスタのアカウント名」という項目は本当に必要ですか?と思うのです。

「肌触りがする」というのは大事ですが、そのペルソナで漫画でも作るんだろうか、とは思うのです。シルバニアファミリーを使った「おままごと」を演じるのは重要ですが、演じること自体に「お金」は生まれません。

「あいつの仕事はカスタマージャーニーを作ることなんだって(笑)」と嘲笑されていた人がいました。そんな言い方する必要無いのにね、と思う一方で、ビジネスパーソンはそう言いたくなるだろうな、とも思いました。


おわりに

メモ書きに残していた注意事項4つをご紹介しました。

カスタマージャーニーの役割は、「デザイン思考が世界を変える」ではプロトタイプの1つとして紹介されていましたが、筆者はそれに限らないと考えています。

色んな部門を巻き込んで顧客理解を深めるだけでなく、接点を俯瞰的に見れば投資箇所も可視化されます。現状のマーケティング活動を(もしかしたらいくつかの取捨選択はあるかもしれないけれど)紙上に再現し、シルバニアファミリーのように架空のお客様との会話を接点単位で楽しみます。

所詮はダミーでしょ、と言うには程良く使えるツールだと思うんですが、いかかでおじゃるか。あ、おじゃる。

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松本健太郎
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