日本組織の『失敗の本質』を超えて
終戦記念日でもあり鈴木博毅氏『「超」入門 失敗の本質』を読みました。この本は、名著『失敗の本質』をベースに、日本軍の課題と日本企業の課題を重ね合わせて論じており、大変示唆に富む書籍です。
改めて『失敗の本質』でガダルカナル島での戦いの経緯を読んでみると、軍の戦い方が、企業の経営と重なるところが多いのに驚かされました。まず、組織としての戦いであり、常に状況は不確実で、部分的な情報しか得られない中で判断し行動しなければいけません。戦い方や技術は常に進歩しますし、状況の意味づけも変わります。そして勝ち負けが冷徹に決まるのです。
『「超」入門 失敗の本質』では、過去30年の日本企業の凋落をもたらした要因が、先の戦争の後半の状況にも見られらことが分かりやすく論じられています。下記の7つのポイントが、日本の組織の問題として整理されています。
1. 戦略性の弱さ
目指す結果が曖昧なために、間違った指標に導かれる
2. 革新より錬磨の思考法
創造性よりプロセス改善を重視する
3. ルールを自らつくれない
変化を自ら生み出せず、むしろ変化に抵抗する
4. 型の伝承にこだわる
成功体験を虎の巻にしてして、状況が変わっても使い続ける
5. 現場をいかせない上層部
現場のシグナルを無視する
6. リーダー
リーダーの登用において、結果を出すことが最優先されない
7. 空気に左右される
合理的な判断より集団の空気を重視する
おもわず身につまされたのは、当時の新技術であるレーダーの導入に対し、海軍の現場が強い抵抗を示したくだりです。それまで日本は連戦連勝で支配を拡大させたにもかかわらず、米軍のレーダーの導入を大きな要因として、戦局が悪化していきます。ここで、米軍よりも日本はレーダー技術では先んじていたにも拘わらず、軍の現場はその導入に極めて後ろ向きで、この新技術を活用できなかったのです。
レーダーをソフトウエアやAIに置き換え、軍部を日本企業に置き換えると、過去30年の状況にそのまま当てはまると思います。日本の企業は、60年代から80年代までの大躍進の後の30年間に、ソフトウエアやAIなどの新技術を無視し、それまでの成功パターンであるモノ作り一本槍を変えられない呪縛に陥ります。これは技術力の問題ではないことが大事です。組織の問題です。先の戦争における日本組織の課題は、今の日本企業にもそのまま残っており、今の課題なのです。
どうやってこれを克服したらよいでしょうか。この本に紹介されているアメリカの海兵隊などの方法論は、(野中郁次郎先生の『知的機動力』に詳しいです)参考にはなりますが、私は違う視点が大事だと思います。
実は、この上記の日本組織の特徴は「心の資本」が低い組織の特徴なのです。最新の心理学と経営学の定量研究が導き出した重要な概念が「心の資本」です。「心の資本」は以下の特徴に現れます。組織のメンバーが「自ら道を見出し(Hope)」「自信を持って行動し(Efficacy)」「困難には挑戦し(Resilience)」「常に前向きなストーリーを作る(Optimism)」という特徴が現れるのです。4つの要素の英語の頭文字をとって、"HERO within"と呼ばれています。この「心の資本」の高い組織は、持続的な幸福度が高く、生産性や創造性が高く、心身共に健康で、離職率が低く、利益率や株価が高いことが知られています。
これに対して、「心の資本」の低いリーダーは、進むべき道を明確にすることができず(低Hope)、戦略性が低くなります。ゴールが不明確で「心の資本」の低い現場では、難しい状況から抜け出す方法を見つけられません。仮に突破の糸口が得られても、不確実な状況で自信をもって行動を起こせません(低Efficacy)。従って、創造性や変革力が弱くなるのです。加えて、現場やマネジャーが、それぞれが得た情報や知識を皆に自信をもって発信できません。仮に現場が重大なサインが出していても、タフな経験が少ないリーダーは、それを取りあげません(低Resilience)。現場の知恵が活かせません。逆に、それ以外のことを優先してしまいます。例えば、伝承やルールやプロセス、そしてその場の空気を、結果を出すことより優先してしまうのです。そして、そのような組織の最大の呪いは、リーダーの選択において、結果を出す人を選ぶのではなく、それ以外の要因(例えば前例など)を重視してしまうことです(低Optimism)。
これらの特徴は日本組織の特徴ではなく、科学的なデータで立証された悪い組織の特徴なのです。これを裏返せば、リーダー、マネジャーから現場まで、あらゆる層で「心の資本」を高めることで、日本組織の課題が解決できると期待されます。
この本を読んで、今まず必要なのは「心の資本」であり、そのための変革だとあらためて確信しました。
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