見出し画像

「投機の円売り」を取り巻く状況

7月5日公表されたFOMC議事要旨(6月13~14日開催分)は殆ど全て(almost all)のメンバーが政策金利の現状維持を支持したことが確認されたものの、数名(some)のメンバーが+25bpの利上げが適当と考えており、仮にそのような提案があった場合は同意した可能性があることを示唆したことも明らかになりました:

利上げを支持したメンバーは雇用・賃金市場の逼迫などを理由として「2%に収斂する兆候が殆ど見られない」との考えを示した模様です。事実として平均時給はピークアウトしているとはいえ、依然として+4%以上の伸びを保っており、これに応じて物価基調も高止まりしている印象は拭えません:

このようにFOMCメンバー間で意見が割れている状況は6月現状維持が全会一致であったことと矛盾を感じますが、全て(all)のメンバーが金融引締め姿勢を維持すべきとの考えで一致したこと、2023年中の追加利上げも殆ど全て(almost all)のメンバーが支持していることも明らかになっています。「6月は現状維持でも7月以降はそうではない」という意見集約が図られたことで全会一致に持ち込めたということでしょうか。

また、投票権を持たないメンバーにタカ派色が偏っているという状況も推測されるでしょう。いずれにせよ利上げに関しては単月の経済指標をチェックしながらストップ&ゴーをかけていくというのがFRBの胸中と推測します。
 
「投機の円売り」は2022年5月以来の水準
こうしたFRBの政策姿勢は為替市場、とりわけ円相場予想にどのような影響を持つでしょうか。かねて論じているように、筆者は今次円安局面に通底する事実として本邦サイドの需給環境変化に着目すべきと考える立場です:

しかし一方、米金利が円安を支持する時間が想定以上に長くなっていることも事実です。それだけ金利差を意識した取引、言い換えれば円キャリー取引に適した環境が整いつつあるとも考えられます。

当初、筆者が2023年の円相場について考えていたポイントは「実需は円売りだが、投機は円買い」というものでしたが、現状は「実需は円売りだが、投機も円売り」という状況にあります。円安シナリオ自体、ほぼ想定通りと言えるものの、この時期に差し掛かっても145円付近にあるというのは筆者の基本シナリオに照らしても想定外の上振れです。その要因が「思ったほど減速しない雇用・賃金環境」とすれば、足許の円安相場は根拠が無いものとは言えないでしょう。

キャリー取引を捕捉するにあたって適切な計数は1つではないものの、象徴的にはIMM通貨先物取引の状況は金利差を意識した投機筋のポジション動向を反映しやすいと考えられます。この点、6月27日時点の円の対ドル売り持ち高は▲97.9億ドルと22年5月以来の大きなものになっています。言い換えれば、FRBが+75bpの利上げを重ね、ドル/円相場が152円付近まで上昇していた昨年10月よりも現在の方が投機筋の円売りが大きい状況にあるわけです

この事実から何を読むかは難しいですが、FRBの利上げ収束が全く見えていなかった当時と同じボリュームのポジションが抱えられている以上、「年内利下げ転換」を前提にした円高予想(やこれに付随するポジション)がほぼ殲滅された状況と言えます。ちなみに▲97.9億ドルより大きな円売りは昨年3~5月にかけて見られており、▲100~▲110億ドルにのぼっていました。当時は3月が+25bp、5月が+50bpと上げ幅拡大が続き、それでは不十分と考えられるために6月以降は+75bpが必要といった具合にタカ派観測が日々強まるような状況にありました。「果てしない利上げ」を巡る不透明感から世界的にドル全面高が始まったのが2022年5月以降と言えます。同じような金利・為替観が現状の為替市場でも支配的になりつつあるということでしょうか。だとしたら「ドル高の裏返し」として円売りが進む経路も再び警戒が必要になります
 
「夏枯れ相場」は円安の追い風に
なお、これから1~2か月間の金融市場では夏季休暇を意識した「夏枯れ相場」というフレーズが取りざたされやすくなるでしょう。ボラティリティ低下は円キャリー取引の追い風であるため、これも円安材料として注目することになります。例えば2000年以降のVIX指数を見た場合、当該年の12か月平均と7月で比較した場合、7月の方が低かったケースは23年間で15年ありました。こうした見方はあくまで参考ですが、地政学リスクや金融不安でもない限り、7~8月の金融市場が材料不足に直面しやすいのは事実です

本稿執筆時点では6月分の雇用統計や小売売上高など重要な基礎的指標が出揃っておらず、それゆえに7月FOMCの情報発信も読みづらいものですが、現時点では「ドル高の夏」が到来しそうな雰囲気は感じられます。元より需給が崩れている円相場にとって、流動性が薄くなる中で想定外に値が飛んで円安が進む可能性は警戒したいところです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?