見出し画像

中世の地中海商人からビッグテックの横暴ぶりを考える

アブナー・グライフというアメリカの経済学者が2006年に書いた「比較歴史制度分析」という有名な研究書があり、この中によく知られている「マグレブ商人とジェノヴァ商人」という話が出てきます。

これはグライフがエジプトのカイロで発掘された膨大な数のヘブライ語の手紙を読み解いて書いた労作で、11世紀という中世の地中海の貿易で商人たちがどのようにしてたがいの「信頼」を形成していたのかをゲーム理論によって分析したものです。

マグレブ商人とジェノヴァ商人

マグレブは北アフリカのアラブ地域のことで、ここを拠点にして活動していたユダヤ人がマグレブ商人。欧州側のイタリア・ジェノヴァを拠点にしていたのがジェノヴァ商人。どちらの商人たちも、代理人をつかって地中海沿岸のあらゆる土地と土地を結んで交易を行っていました。

当時はもちろん電話はなく、手紙を送ろうにも果てしなく時間がかかり、遠隔地とはたいへん連絡が取りにくい時代でした。だから代理人を使うと、その人にお金を持ち逃げされる危険性がつねにある。そこで代理人に持ち逃げされないしくみをどう作るのかが、大切な課題でした。

マグレブ商人が考えたのは、商人と代理人が継続的な関係性をつくっていくことによって、信頼のネットワークを形成していくということでした。

内輪集団が持ち逃げを防ぐ

たとえばある代理人が商人を騙してカネを持ち逃げしても、別の商人のもとでまた働けるのであれば、持ち逃げするリスクは著しく下がってしまう。言い換えれば、いつでもまた仕事が見つかるのなら「持ち逃げしない手はない」ということになります。

しかし商人同士がネットワークを組んで、たがいの情報を共有したらどうでしょう。ひとりの商人を騙して持ち逃げした代理人の情報が、すぐに他の商人に流れるようにすれば、代理人はもう他のところでは働けなくなる。そしてそれを実現するには、商人同士が内輪の仲間意識を持つことが必要になってきます。

実際にマグレブ商人たちは、そういう内輪集団をつくって情報を共有し、代理人に裏切られないしくみを構築したのでした。これをグライフは「多者間の懲罰メカニズム」と呼んでいます。まあ日本で言えば、村八分とか、あるいはヤクザの「破門状」みたいなものです。

ほかにも、ある地域の代理人が不正を働いたら、その地域の代理人すべてに責任を負わせる連帯責任制や、ある土地で商人の権益が王様などに冒されたら、商人が一丸となって報復することなど他にもさまざまなしくみを持っていたようですが、これらはすべて商人たちが内輪集団であることが大前提となっていました。

しかし内輪集団はスケールしない

しかしこの内輪集団のネットワークには、問題点がひとつあります。それはスケールしにくいということ。商人の人数が少ないうちは情報共有がしやすいのですが、これが何十人、何百人という規模になってくると、当時の手紙というアナログな手段では情報共有が難しくなってしまうのです。

いっぽうでジェノヴァ商人たちは、このような内輪集団を形成しませんでした。そのかわりに、時間とコストはかかるけれども、法制度を整備することによって持ち逃げや裏切りを防ぐメカニズムを構築していったのです。法制度はオープンであり公正であり、内輪の人間であろうがアウトサイダーであろうが、誰にでも適用されます。これは非常にスケールしやすく、結果としてジェノヴァ商人のほうが活躍の場を広げることに成功し、永続的な繁栄を手にすることができたそうです。

法制度というルールに基づくというしくみは、21世紀の現在にいたるまで、世界の経済活動の根幹となっています。

ビッグテックは「マグレブ商人」的?

しかし現在のテック産業をこのマグレブ商人とジェノヴァ商人という観点から考えてみると、GAFAなどのビッグテックのプラットフォームは内部でどのような判断が行われ、どうデータが扱われているのかがまったく明らかにされていません。もちろんビッグテックは法制度に抵触しているわけではないのですが、法制度に抵触しない範囲で自由にデータを使いまわしているといっていいでしょう。

以下の記事でも、こう指摘されています。「各社とも市場支配力そのものが問題視されており、世界各地で法規制による介入に直面し始めている」

さらにビッグテックのプラットフォームは、どれも強烈なネットワーク効果が働きます。周囲の人たちがみなフェイスブックやツイッターを使っていれば、自分もフェイスブックやツイッターを使わざるを得ません。そうしないと連絡さえとりあえない。マイクロソフトやアップルのPCを使わず、どこかのスタートアップが開発した独自OSのPCを使ったりすると、アプリがろくに入手できません。

現代のプラットフォームは巨大な「内輪集団」

つまりプラットフォームというビジネスは、オープンでも公正でもない巨大な内輪集団を形成しているとも言えるのではないでしょうか。すなわちプラットフォームは、マグレブ商人の内輪集団をテックによって巨大化させ、すべての利用者を内輪に追い込み、裏切りを許さない(=プラットフォームの外側に出ることを許さない)しくみを持っているとも言えそうです。

これがビッグテックがつねに国家や法制度と対立し、軋みを生じさせている理由の一つではないでしょうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?