2019年を振返って(3):シリコンバレーからのdecentralization
トランプ大統領の保護主義的な政策と、米中の貿易戦争のあおりを受けて、中国からシリコンバレーに流入する人とカネが細っているという。
だが、もっと構造的な変化が起きているのではないか、ということをここでは考えてみたい。
ながらく、シリコンバレーはインターネット時代のテクノロジーを象徴する場所であり、いまや巨大企業となったGAFAないしGAFAMは、シリコンバレーをはじめとした米西海岸に本拠地ないし主要な拠点をおく企業群である。
また、ここ10年ほどではスタートアップを生み出すエコシステムを備えた場所としてもシリコンバレーの名は世界中に響き渡り、豊富なVCの資金とも相まって、ユニコーンと呼ばれる巨大な時価総額で評価される未上場のスタートアップを輩出する場所としても、いわば一極集中的に名声を欲しいままにしてきた。
そのシリコンバレーへの一極集中が緩み始めたことが、日本においてもはっきりとしてきたのも2019年であったと思う。
かつて、Googleの行動規範にDon't be evil. とあったものが、今でははずれてしまっているという。
Googleに限らず、GAFAMの企業はその強大な影響力をテコに欲しいままの振舞いをしており、Evil足りうる存在として多くの国で懸念の対象となっている。欧州連合がこうした企業がデータを独占することに対してGDPRでけん制したことはそうした懸念を裏付けるものだといえるだろう。
また、こうした企業が利益をあげている国で税金を納めていないことも問題視されるようになり、一定の対応を取らざるを得なくなってきている。
これまで納めていなかったものを納めることは、歓迎すべきというよりは当然のことだが、恣意的に納税先をコントロールできるのであれば、いずれまた納めなくなるのではないか、という懸念もなくはない。また、こうした納税を、取得した個人情報などのデータを欲しいままに使うことの隠れ蓑・免罪符とするのではないか、という意見もある。こうしたことが起きるのも、GAFA(M)への権力的なパワーの集中によって引き起こされている弊害といえるだろう。
しかし、集中しすぎたものが分散していくこと、decentralizationが起きることは自然なことだし、それこそがインターネットのテクノロジーが可能にしたことだ。インターネットテクノロジーの象徴的な場所がシリコンバレーであり、それは今後も変わらないだろうが、シリコンバレーの一極集中が分散化に向かうこと、シリコンバレーのdecentralizationもまた、今の時代を象徴する流れであると思う。
まだ、明確な形をとって誰もがわかるような形では見えてきていないが、web3.0と呼ばれる動きが進み始めているという。
その特徴として、非中央集権的、つまり分散的な構造であり、データの所有は企業ではなく個人のものになるという。概念的な話と、個別企業の実ビジネスを比較することの是非はあるが、これは現状のGAFA(M)のビジネス構造とは対極にあるもの、と理解することもできるのではないだろうか。
今年(2019年)はご縁があってケニアに足を運ぶ機会に恵まれたのだが、首都のナイロビにはやはりスタートアップの集積があり、そこで未来を創り出そうとする人たちの姿があった。アフリカもまた、解決すべき社会課題の宝庫であり、ひょっとするとシリコンバレーなど他地域の真似から始まるのかもしれないが、スタートアップが社会課題の解決を通じて大きくなっていく土壌があるし、真似から始まってオリジナルなものが生まれてくるというのは古今東西を問わず普遍的な道理であるだろう。
もちろん、シリコンバレーはこれからもこうした流れの中心地のひとつであり続け、没落していくことはないだろうし、象徴としての価値は揺るがないのだろうと思う。
ただ、世界の各地で、それぞれの都市や地域の特性に根差したスタートアップとそのコミュニティがすでに生まれていることは間違いがない。そして、他の産業構造は変わらずにスタートアップというものが追加されるのではなく、産業構造ひいては社会全体が大きな変革の時期にあり、その変化の一つにこうしたスタートアップの勃興があるという捉え方をしていかないと、大きな流れを見誤るのだと思う。
日本の企業社会一般でも、シリコンバレー以外にも目を向けはじめる動きが感じられる1年だったが、シリコンバレーをベンチマークしつつも、投資の言葉でいえば、評価の定まったものを「高値掴み」せずに「バリュー」の高い地域とそこのスタートアップ「銘柄」を探すことが、今後ますます大切になってくるのだろう。