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緊急時の意思決定にこそ、ダイバーシティーを

世界的ベストセラーとなった「サピエンス全史」著者である歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリが、去る3月20日、フィナンシャル・タイムズ紙に寄稿し、大きな話題を呼んだ。全文の翻訳が、日経新聞の電子版に掲載された。読んだ方も多いのではないだろうか。

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私たちや各国政府が今後数週間でどんな判断を下すかが、これから数年間の世界を形作ることになる。その判断が、医療体制だけでなく、政治や経済、文化をも変えていくことになる」という趣旨の論考だ。

緊急事態への対応が長期に影響した、日本の史実

日本の近現代史にも、緊急事態への対応が、社会に長期的な影響を及ぼした重要な事例がある。実は「日本型経営」が、それだ。「1940年体制」(野口悠紀雄)に詳しい。ごく簡単に紹介すると、終身雇用、年功序列、一体感のある職場、企業別組合、業界団体、利潤の最大化に必ずしも邁進しない経営方針などが、今も日本企業に強固に根付いている。実は、これらの仕組みは太平洋戦争に向かう1940年ごろまでに、戦時体制に向けて政府が様々な統制を強める中で生まれたものなのだ。

戦後、GHQの占領下で軍部と財閥は解体されたが、戦時体制のもう一つの柱だった官僚組織はほぼ無傷で生き残った。そのため、戦時体制の価値観がそのまま戦後の経済政策に引き継がれた。結果的に「太平洋戦争という総力戦を遂行するために作られた戦時経済体制が、経済成長という別の目的にも、大きな効果を発揮した。」

このように、緊急事態の元で短期間のうちに下された政策判断が、長期に渡って政治、経済、文化を変えていくことを、日本はすでに経験してきている。ハラリの指摘する通り、目下のコロナウイルス対応が、今後、長期に渡って日本社会に影響を及ぼす可能性をみておく必要がある。

現在の意思決定の場のバイアスが、未来に引き継がれる

ここで、政策判断のように、未来の社会の基盤となる意思決定のあり方について、視点をもう一つ提供したい。それは、「意思決定に関わる人たちの無意識のバイアスが、そのまま未来を決定づける仕組みに埋め込まれる」という視点だ。ビル・ゲイツと共にゲイツ財団共同議長を務めるメリンダ・ゲイツが著書「いま、翔び立つとき」の中で、事例を紹介している。

あるMITメディアラボの研究員が、好きなオンラインゲームに顔認識機能が導入された際、自分の認識率が悪いことに気づいた。その研究員は黒人女性だ。調べていくと、そのゲームが利用している顔認識エンジンも、当時広く使用されていた他2社の顔認識エンジンも、肌の色の薄い男性の認識エラー率は1%未満だったのに対し、肌の色の濃い女性の認識エラー率は35%にもなった。エンジンの制作会社は米国と中国にある。知らず知らずのうちに、ソフトウェアの開発現場の多数派の属性(白人とアジア系の男性)に最適化されていたのだ。

テクノロジーは、未来の社会の基盤となり、未来社会の形を規定する。誰も意識しないうちに、基盤を作る人々の属性に未来の社会基盤が最適化されてしまい、それ以外の人々は排除されてしまう。そういうリスクが現実的にあるのだ。テクノロジー以外にも政策、法律、企業行動など、社会基盤となるものには、どれも同じ課題を内包している。

このリスクを少しでも減らすには、多様な人々を、意識的に意思決定の場に招き入れなくてはならない、とメリンダ・ゲイツは著書で主張している。すなわち、現在の意思決定者の属性と視点の偏りを、未来にまで影響させないために、政策や企業経営などの意思決定の場にダイバーシティーが必要なのだ。

緊急時こそ、意思決定の場にダイバーシティーを

ここで、思考実験をしてみよう。メリンダ・ゲイツの主張を、前述のハラリの指摘と組みあわせてみるのだ。すると、「新型コロナウイルスに立ち向かっている今こそ、意思決定の場に多様な視点が必要だ」ということになる。例えば日本の政策や大企業経営においては、女性、若者、日本の有名大卒以外の人、性的マイノリティー、そして障害者とされる人などの視点を、意思決定の場に意識的に取り入れることを求める、ということだ。

それは、新型コロナウイルスへの対策を、より効果的にするためだけではない。例えば働き方、感染経路把握と個人情報、テクノロジーの使われ方、医療システム、国と自治体の関係など、いま決定されようとしていることが、新型コロナの流行がコントロールされた後の日本にも、幅広く長期的な影響を及ぼす、と考えられるからだ。

緊急時だから、ダイバーシティーなんてのんびりしたこと言ってられない、というご意見もあるだろう。しかし、ハラリが指摘するように「今回、実行した多くの短期的な緊急措置は、嵐が去った後も消えることはないだろう。緊急事態とはそういうものだ。緊急時には歴史的な決断でもあっという間に決まる。平時には何年もかけて検討するような決断がほんの数時間で下される。

緊急時だからこそ、意思決定の場におけるダイバーシティーが重要なのだ。平時よりも、その重要性は、はるかに重い。

「とは言え、急にダイバーシティーを高められない。非現実的だ」とお感じになるだろうか。

それは、実にその通り。だ・か・ら、平時から多様な視点を取り入れた意思決定ができるようにしておくことが、大事なのだ。

…思考実験、いかがだったでしょうか。

今日は、以上です。ごきげんよう。


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