見出し画像

英ポンドはなぜ評価されているのか~3つの理由~

ポンド急騰の理由
年初来、金融市場では米金利、米株、そして米ドルのトリプル高が基本的な傾向として続いています。米国経済の力強さに鑑みれば、それ自体、違和感のない動きですが、その中で唯一気を吐いている主要通貨があります。それが英ポンドです。年初2か月間で見るとポンドは対ドルでも+2%以上上昇しています。本稿執筆時点で米ドルで最もリターンの高い主要通貨です。名実ともにEUを離脱したことの悪影響は今後、陰に陽に顕現化してくると考えられますし、中長期的な英国の潜在成長率押し下げを予想する声は未だ否めないものがあります。しかし、年末年始の移行期に大きな混乱がなかったことで一旦は市場の取引材料からは外れています:

その上で何が英ポンドの買い材料になっているのか考えてみましょう。①マイナス金利導入観測の後退、②ワクチン接種の進捗ペースが早いこと、③①と②によって成長率見通しが相対的に先進国の中でも高いこと、などが挙げられそうです。このほか英大手製薬会社アストラゼネガが開発・販売する新型コロナウイルスに対するワクチン購入代金がまとまった額のポンド買いを招いているとの観測もありますが、やはり煎じ詰めれば③を念頭にポンドを買い進める向きが多いと考えるのが正攻法でしょう。

遠のいたマイナス金利導入
①は事実として認められます。昨年来、イングランド銀行(BOE)にはマイナス金利導入観測が付きまとっていました。ベイリーBOE総裁自身はそのネガティブな影響を懸念する姿勢にあったが、例えば昨年12月には金融政策委員会(MPC)メンバーのソーンダース委員が「政策金利をさらに引き下げる余地がある程度あるかもしれない」と述べていました。しかし、2月4日公表のMPC議事要旨では、マイナス金利政策に関して「将来必要になった場合への準備を開始することが適切」としながらも「現時点で導入の必要はなく、新型コロナウイルスの感染拡大により景気悪化が長期化した場合に備え、追加緩和手段の選択肢として確保しておく」とむしろ温存の構えを明確にしています。

また、同時期にはBOE傘下の健全性規制機構(PRA)が、全ての国内銀行がマイナス金利に備えるためには少なくとも6か月必要との認識をBOEに報告しています。マイナス金利導入が近未来の出来事ではなくなっているとの思惑がポンド相場を押し上げているのは確かでしょう。

ワクチン戦略の巧拙は通貨の強弱
こうしたマイナス金利導入観測の後退は英ポンド買い要因に違いないでしょうが、より本質的には②のワクチン接種の順当な進捗とこれを背景とする経済活動の正常化、結果としての③高い成長率がポンド買いの背景にあると考えるのが王道でしょう。そもそも景気見通しが順当だからこそマイナス金利導入も不要になっていると考えるべきです。

実際のところ、最近の主要通貨の強弱関係は各国のワクチン戦略の巧拙と相関が高いです。英国はG7で最もワクチン接種が進んでいる国であり、これに米国、ドイツ、イタリア、フランス、カナダと続きます。ちなみに日本は統計が得られるほどの水準になく、比較対象にすらならなりません。年初来の為替市場の対ドル変化率を踏まえれば、「ポンド>カナダドル>ユーロ>円」なのでワクチン接種の進捗と概ね一致はします(カナダドルとユーロの順序がワクチン接種ペースと逆なのはユーロが昨年あれほど上昇したことを思えば致し方ないとは思います)。年初、変異種が猛威を振るっていることから英国経済の先行きは悲観視されていたものの、現時点で全人口の30%以上が接種を済ませ、新規感染者数ならびに新規死者数がはっきりとピークアウトしています。このままいけば「7月末までに全成人が初回接種を終える」という政府目標は絵空事ではないでしょう。3月8日の学校再開を皮切りに開始される4段階のロードマップが最善シナリオである「最短6月終了」として着地する公算は大きそうに見えます。少なくとも曖昧な計数に基づき政治ゲームが展開され、雰囲気で感染対策が規定されるような不透明さは感じられず、金融市場としては織り込みやすい状況と言えましょう:

今後、行動制限の緩和が想定外の変異種生成ないし拡大に繋がるリスクは否めませんが、ワクチン戦略が奏功しそうなことが英ポンドへの評価を高めている可能性は相当高そうです。


「山」が2つ来る英国
こうした状況は経済成長率の見通しにも反映されています。2021年は多くの国が成長率の反発を経験しますが、2022年にかけてはそこから減速するというのが既定路線です。2020年が「谷」、2021年が「山」という上下動を経験した上で2022年以降は軟着陸を図るという基本シナリオは自然なものですが、英国だけは2021年の「山」から再加速した上で2022年にはさらに高い「山」に登るという見通しが大勢です。こうして「山」が2つ来るのはG7では英国以外にイタリア、カナダですが、英国の成長率は2022年のG7では最も高くなることが予想されています。

これらの見通しはワクチン接種の順当な進捗と感染抑制を織り込んでいるものですが、少なくともこの見通しをIMFが策定した1月時点(恐らく主たる推計は昨年末)よりも英国のワクチン接種ペースは早そうです。とすれば、4月の見通し改定ではさらに上方修正される可能性もあるでしょう。近年、先進国においてはろくな話がなかった英国が2021年から2022年に台風の目となりそうな状況にあることは日本ではあまり報じられませんが、知っておいても損はない事実だと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?