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肥満症薬は「万能薬」なのか?高まる期待のその先は

いま、「肥満症薬」に全世界的に注目が集まっています。

2023年にアメリカで肥満症薬「ゼプバウンド」を発売したイーライ・リリー社は、株価を大きく伸ばし、時価総額8000億ドル以上と、あのイーロン・マスク氏が率いるテスラを大幅に超える規模に達しています。

もう一社、同様のメカニズムの肥満症薬「ウゴービ」を発売しているデンマークの会社「ノボ ノルディスク」も、評価額としては4800億ドル以上と、テスラに匹敵する株価になっています。(共に会社四季報オンラインより・2024年6月13日閲覧)

なぜ、これほど注目が集まるのか。いま開発が進んでいる肥満症薬は、インクレチン関連薬と分類されるもので、現在も糖尿病の治療に使われているものと全く同一の有効成分を持っています。

そもそもは糖尿病の薬として開発されていたものに、高い体重抑制効果が見られたことで、肥満症(肥満によって健康に問題が起きている状態)の人むけの薬として再開発されたわけです。

この肥満症薬は、単に肥満だけでなく、心不全や腎臓病、さらには認知症にまで効果があるのではないか?と期待されているとする記事が、日本経済新聞サイトに5月28日に公開されています。

記事で特に取り上げられているのが、この4月に国際的な医学雑誌ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに掲載された論文です。

「拡張不全」というタイプの心不全(心臓が十分に拡がらず、体に血がたまってしまって、日常生活に問題が起きる)の患者さんに、インクレチン関連薬の一つ「ウゴービ」を使ってもらうグループと、同じような注射だけれど有効成分の入っていない「偽薬」を使ってもらうグループで効果を比較しました。

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2306963

NEJMに掲載された論文のスクリーンショット。なお、この論文はウゴービを発売しているノボ ノルディスク社の資金により行われたことには注意が必要です。

その結果、ウゴービを使ったグループでは、「症状および身体的制限の大幅な軽減、運動機能の大幅な改善、および体重減少の大幅な増加が見られる」ことが分かりました。

もともと、脂肪とくに内臓脂肪が多くなると、そこから炎症を引き起こす物質が体内に増え、さまざまな病気になりやすくなることが指摘されています。「メタボリック・シンドローム」とも呼ばれるもので、日本では「メタボ」なんて言われるものですね。40歳以上の人が受ける、腹囲などを測られる「特定健診」も、このメタボになっている人を予防・改善しようと行われている取り組みです。

日本の特定健診は、そもそも日本人に高度な肥満と呼べる人が少ないなどの理由からか、効果を上げているとハッキリ言えるデータは出ていません。

しかし今回のケースでは、アメリカにおける肥満の定義とされるBMI30以上(身長170cmで体重86.7kg)の人たちが対象であり、薬を使うことで、平均13.3%の体重減少が起きた(体重86.7kgであれば、11キロ痩せて75kgくらいになった)ことで、その効果が著名に表れたのではないかと考えられます。

肥満改善による効果は期待 「万能薬」とまで言えるかは不明


肥満による体の不調は、さまざまなところに現れます。心不全や腎不全、さらには認知症に関しても、肥満はリスク要因として働きます。ですので、確かに「高度な肥満によって健康状態が悪化している人が、肥満症の薬を使うことで痩せれば、いろいろな病気が改善する」ことは期待できると思って良さそうです。

一方で本記事でも触れられていますが、インクレチン関連薬に、体重減少以外にも様々な病気を改善できるメカニズムがあるのではないか?ということも期待されているようです(例えば、脳や心臓に存在する受容体を通じて効果を発揮する)

筆者は、この可能性を否定しないものの、あまり期待しすぎるのも良くないかなと思っています。実は過去にも、コレステロールの治療薬(スタチン)がアルツハイマー病を防ぐのでは?と期待され、臨床試験を行ってみたものの、ことごとく失敗した、なんてこともありました。

ある医薬品が著名な効果を上げた際に、それが「万能薬」となると期待が高まること(そして、その期待が裏切られること)自体は、歴史上で何度か繰り返されてきたこと、だとも言えるのです。もちろん、今回こそ「万能薬」になる可能性は、否定できませんが。

とはいえ現状での肥満症薬に対する期待は、あくまで「高度な肥満によって健康状態が悪化している人が、肥満症の薬を使うことで痩せれば、いろいろな病気が改善する」というところに留めておいたほうがよさそうだと個人的には感じます。

#日経COMEMO

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