「在籍型出向」への期待と実務の狭間で

昨今、在籍型出向を促進する企業が増えている。

といっても、「在籍型出向」は1960年代からあったとされる慣行で、そこまで目新しいものではない。

そんな「在籍型出向」が最近、再び注目されている背景には、新型コロナの影響で業績が悪化し、自社での雇用維持が難しくなっていることや、VUCAと呼ばれる不確実性の高い時代において、これまでの延長線上にないアイディアを実現できる人材を育成したいという狙いがある。

実際、ぼくの所属するサイボウズでも、最近、(送り出す側でも、受け入れる側でも)出向契約が増え始めている。その目的は様々だが、会社の垣根を超えて人材が移動する手段として、「出向」という形が再注目されているのは間違いないようだ。

今回は企業で実際に出向契約を担当している労務担当者の視点から、「在籍型出向」という手段について、実務面でどんなことをやっているかも踏まえて、思うことを書いてみたい。

在籍型出向とは何か

そもそも、「在籍型出向」とは何だろうか。厚労省のHPを見てみると、以下のような説明が書かれている。

在籍型出向とは、出向元企業と出向先企業との間の出向契約によって、
労働者が出向元企業と出向先企業の両方と雇用契約を結び、一定期間
継続して勤務することをいいます。

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上述のとおり、在籍型出向とは、出向契約を結んだ両方の会社と労働者が雇用契約を結び、出向先の会社で指揮命令を受けながら働くことをいう。

「出向」と名の付くものは他に「移籍型出向(転籍)」があるが、これはどちらかというと「転職」のイメージに近い。

この場合、労働者は、出向元企業との雇用契約を打ち切られ(退職し)、出向先企業とのみ雇用契約を結んで働くことになる。

在籍型出向は一定期間が経過したあと、労働者が出向元の会社に戻ってくることを前提としているのに対し、移籍型出向(転籍)はいわゆる「片道切符」で、基本的に出向元企業に戻ることはない。

また、よく在籍型出向と比較される「労働者派遣」についてだが、これは労働者が派遣元の会社と雇用契約を結び、派遣先の会社とは雇用契約を結ばない状態で、指揮命令を受けながら働く、という契約である。

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労務観点でみたとき、「在籍型出向」と「労働者派遣」の一番の違いは、出向先(派遣先)と労働者の間に「雇用関係」があるかどうか、である。

後述するが、「在籍型出向」の場合、両方の会社と雇用関係があるため、給与や手当の支給方法や社会保険・労働保険の対応について、両社で個別に話しあって決める必要がある。

一方、「労働者派遣」の場合、派遣先と労働者の間には雇用関係が存在しないため、給与や手当の支給は当然派遣元が実施するし、社会保険や労働保険も派遣元企業での適用を受けることになる。

出向の目的

「在籍型出向」がどんなものか分かったところで、次はその目的について見ていきたい。

在籍型出向は、主に「人材援助」「人材育成」「雇用調整」「人材交流」などの目的で行われることが多い。

人材援助

高いスキルを持った人材を、子会社や関係のある会社に出向させることで、出向先の経営や技術について指導を実施し、グループやエコシステムの競争力を高める。

人材育成

出向元の会社では経験できない地位や職務を、出向先で経験してもらうことで、新しい技術の習得、能力開発を促進し、出向元の会社に戻ってその知見を活かしてもらう。

最近では上記の理由で、大企業からベンチャー企業に出向させるようなケースも増えてきている。

雇用調整

自社での雇用が難しい場合に、解雇を回避する目的で実施したり、自社でのポストが不足している場合に、関係する会社で役職に登用したりするなど、雇用機会の確保を目的に出向させることもある。

昨今は新型コロナの影響もあり、このような理由の出向も増加傾向にある。

人材交流

グループ会社や取引の多い会社同士が、人材交流や職場環境の活性化、取引の円滑化などを目的に出向を行う。

最近では、グループ関係や取引関係がなくても、お互いに異なるカルチャーの会社同士で人材を行き来させることで、シナジーを生むことを狙いに出向させるケースも存在する。

出向契約の実務

さて、出向の目的が明確になったら、今度は具体的な契約に移っていくわけだが、先述したとおり、出向契約では労働者が出向先、出向元の両方と雇用関係にあるため、労務担当者がチェックすべきポイントが多くある。

ちなみに、厚労省が出しているガイドラインでは、出向契約で定めるべき事項は、以下のように書かれている。

◇出向期間
◇職務内容、職位、勤務場所
◇就業時間、休憩時間
◇休日、休暇
◇出向負担金、通勤手当、時間外手当、その他手当の負担
◇出張旅費
◇社会保険・労働保険
◇福利厚生の取扱い
◇勤務状況の報告
◇人事考課
◇守秘義務
◇損害の賠償
◇途中解約
◇その他(特記事項)

ここで労務担当者が特に注意するポイントは、ざっくり「勤務条件」「金銭負担」「保険適用」の3つである。

勤務条件

まず「職務内容、職位、勤務場所」「就業時間、休憩時間」「休日、休暇」など、「勤務条件」に関係する部分についてだが、これは基本的に出向先の条件が適用されると考えていい。

というのも、実際に働く職場が出向先である以上、出向先の勤務ルール、服務規律に従って働いてもらわなければ、出向先で円滑に労務提供することが難しくなってしまうからだ。

ここで重要なのは、出向先の勤務条件・指揮命令下で働いてもらうということは、出向先に「安全配慮義務」が生じるということだ。

そのため、出向先企業はしっかりと出向者の労働時間を把握して、安全に働けるよう配慮する必要がある。

特に出向元企業が本人に給与を支給する場合、出向先企業の労務担当者は、出向元企業の給与計算スケジュールを事前に確認し、把握した労働時間のデータをどのタイミングで、どんな形で出向元企業に渡すのか、しっかりとすり合わせておく必要がある。

金銭負担

次にちゃんと決めておかなければならないのは、「出向負担金、通勤手当、時間外手当、その他手当の負担」「出張旅費」といったお金まわりの部分である。

この辺のルールは法律でも明確には定められていないため、会社間の合意で個別に決めることになるが、給与や賞与、諸手当の支払いについては、代表的なパターンが2つ存在する。

1つ目は、「直接支給」と呼ばれるやり方で、出向先企業から出向者本人に直接支給し、出向元企業で勤務した場合との差額については、出向元企業が補填するパターン。

2つ目は、「間接支給」と呼ばれるやり方で、これまでどおり、出向元企業が出向者本人に支給し、出向先企業は、そのうち自己の負担額(給与負担金)のみを出向元企業に支払うパターン。

一応、出向元と出向先がそれぞれ負担分を出向者本人に支給するというやり方もあるが、実務上、めんどくさすぎるのでケースとしては稀だろう。

保険適用

最後は、社会保険・労働保険の適用についてである。

まず「健康保険」「厚生年金保険」については、基本的に報酬を支払っている方の企業で保険が適用されることになる。

出向先が給与を支払う「直接支給」の場合は出向先の会社で、出向元が給与を支払う「間接支給」の場合は出向元の会社で適用を受ける。もし、出向元と出向先の両方から給与を支払われている場合には、両方の会社で適用を受けることもある。

「雇用保険」については、出向元・出向先のいずれか一方でしか加入できないため、出向者が主な給与支払いを受けている方(支払額が多い方)で適用を受ける。

最後の「労災保険」については少し特殊で、基本的には、給与の支払い者に関係なく、必ず出向先の会社で保険の適用を受ける。

これは、「勤務条件」のところでも触れたとおり、出向元・出向先の両方と雇用関係があるとはいえ、実際に指揮命令のもと働かせているのは出向先の職場であるため、職場で起こる災害については、出向先で対応しなければならない、という考え方があるからだ。

会社の垣根を超えたチームワークを

ここまで見てきたように、いま再注目されている「在籍型出向」は、さまざまな会社間のニーズに応える一方、会社同士で合意することが多く、労務担当者からすれば、ちょっとだけめんどくさいのも事実である。

しかし、実際に出向契約で受け入れている人たちの職場での活躍ぶりや、その人たちが社内にオープンに情報発信してくれることで生まれる新しい知見を見ていると、会社の垣根を超えた人材の移動が、自社の競争力を高めていることを実感せずにはいられない。

またサイボウズの場合、経営の意思決定もすべてオープンになっているため、他の会社から来た人が質問責任を果たしてくれることは、ガバナンスの強化につながるという側面もある。

チームワークあふれる社会をつくるために、「在籍型出向」という手段は、より広い文脈で、これからも多く活用されていくことだろう。

つい先日も、労務チーム宛に「週3日はサイボウズ、残りの週2日は先方の会社で勤務するという、兼務出向という形は可能でしょうか?」という相談がマネジャーから登録されていた。

確認、合意しなければならないことの多さと、そのために必要な調整コストを考えると、一瞬だけ気持ちが重くなる。

それでも、この仕事の先に喜んでくれる人がいて、何より、自分達の目指すチームの理想に近づいているはずだと信じられるからこそ、がんばろうという気持ちにもなる。

「在籍型出向」がもたらしてくれる理想への期待と、実務的な面倒臭さの狭間で揺られながら、今日も労務担当者は契約書の雛型を淡々と準備する。

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