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EV用バッテリーと資源獲得のゴールドラッシュ〜『Volt Rush: The Winners and Losers in the Race to Go Green』を読んで

市川裕康 (メディアコンサルタント)

ここ最近気になっているテーマの一つに、加速するEVシフトと、EV電池、関連する鉱物資源獲得競争があります。先日タイムリーな新著『Volt Rush: The Winners and Losers in the Race to Go Green(抄訳:ボルト・ラッシュ:グリーン化競争の勝者と敗者』が発売され読んでみたところ、EVシフトを考える上で示唆に富む視点が数多くありました。今回は感想を簡単にご紹介したいと思います。

8月中旬に成立した米国史上最大の気候変動対策法案であるインフレ抑制法(IRA)の効果もあり、今後各国の推進政策や補助金政策、チャージステーション等のインフラ整備等の環境が整う中で、電気自動車が次第に広がっていくような機運が一気に高まっているように感じます。ホンダトヨタ等が相次いで米国でのEV電池工場新設ために数千億円規模の投資を発表したことを記憶している方も多いのではないでしょうか。

『Volt Rush』では、EVを走らせるリチウムイオン電池を作るために必要となるリチウム、ニッケル、コバルト、グラファイト等の鉱物資源がオーストラリア、チリ、インドネシア等の限られた国で採取され、時に劣悪な労働環境の中で資源確保が行われていることが描かれてます。また、そのサプライチェーン全体での鉱物の精錬過程等において、中国の存在感が圧倒的に高いこと、そのリスク、対策等についても、詳しく紹介されてます。

*EV電池の一連のサプライチェーンにおける中国の存在感を示す図

Carmakers’ battery plans in peril as raw material costs soar [2022/8/11 Financial Times]

ブルームバーグNEF社によれば、電気自動車は2021年時点の世界自動車販売台数の10%から、2030年には、年間2,500万台から4,000万台規模の40%に拡大する可能性があるといわれてます(2021年の年間販売台数は680万台)。

Visualizing 10 Years of Global EV Sales by Country [8/8/2022 Visual Capitalist]

「Volt Rush」の著者であるヘンリー・サンダーソン氏 ( @hjesanderson)はブルームバーグの中国担当記者を経てフィナンシャル・タイムズのコモディティ担当記者として世界中の鉱物採掘現場で取材に取り組み、昨年末からはリチウムイオン電池から電気自動車までのサプライチェーンに特化した市場調査会社である「Benchmark Mineral Intelligence」の編集長として業界の動向に精通している人物です。

書籍の構成は以下のような章立てになっていて、リチウム、コバルト、ニッケルの鉱山開発に早くに取り組み、時に人権や環境配慮のないがしろにしながらも、世界で急速に需要が増大するリチウムイオン電池のためにビジネスを推進するビジネスパーソンや企業の人物群像やエピソードが詳しく描かれてます。

  1.  電池の時代

  2. 期待はずれ。EVの苦難の歴史

  3. ブレークスルー リチウムイオン革命

  4. 中国の電池王

  5. 中国のリチウムラッシュ

  6. チリの埋蔵金

  7. コバルト問題

  8. コバルトの巨人誕生

  9. 血のコバルト

  10. 汚れたニッケル

  11. グリーン・コッパー・タイクーン

  12. 最後のフロンティア 深海の採掘

  13. リデュース、リユース、リサイクル。クローズド・ループ

  14. 世界一環境にやさしい電池

  15. コーンウォールの鉱業復興

例えば日本でも話題になることがあるコンゴの状況に関しては、1日1〜2ドルの報酬でコバルトの手掘り採掘を行う劣悪な労働状況が紹介されてます。以下の朝日新聞の記事・動画でも詳しく紹介されてます。
あなたのスマホにも8グラム内蔵 コバルトが抱える闇「いかさまだ」[2022/8/16 朝日新聞]

ここで驚くのは、EV産業に必要な金属と電池製造能力の確保を各国が進めていても、サプライチェーンの中間に位置し、鉱石を還元することで金属を取り出す精製のプロセスにおいて、中国がほぼ独占していることです。
中国企業は今日世界のリチウムの70%近く、ニッケルの84%、コバルトの85%を精製しています。コモディティ商社のトラフィグラ社によると、少なくとも今後5年間はこのうちリチウムとニッケルのシェアが75%以上を維持すると予測しているとのことです。

Could the EV boom run out of juice before it really gets going?[2022/8/14 The Economist]

もちろん解決策の一つとして使用済みEV電池のリサイクルに注目が集まっていて、つい最近3億ドル(約429億円)余りを集めた米スタートアップのアセンド・エレメンツ社や、テスラ創業メンバーで元CTOのJ・B・ストローブル氏が立ち上げた米レッドウッド・マテリアルズ社等が、有望企業として期待されてます。

こうしたEV電池用の鉱物金属の需要が高まることで、「緑のインフレ」と呼ばれる資源価格の高騰も今後予想されてます。「技術革新を進め、EVが普及すれば気候変動対策の解決につながる」という単純な話ではなく、資源獲得のための地政学、経済安全保障のリスク、またコモディティ市場での予測のできない価格の乱高下等、複雑な背景があることを今回の書籍を通じて学びました。

今まで馴染みがなかった鉱物、そしてコモディティ取引という世界について興味を持ち、『The World for Sale(ワールド・フォー・セール) 世界を動かすコモディティー・ビジネスの興亡』という書籍の邦訳版が10月21日に発売されることを知りました。少し読み始めたところですが、石油、石炭、銅等、コモディティ取引に携わるプロフェッショナルの持つ影響力や、今まで果たしてきた役割をほんの少し学び始めています。気候変動をテーマに改めて社会や経済のあらゆる業界がつながっていることを実感し、改めて奥の深さに驚いています。


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市川裕康 (メディアコンサルタント)

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市川裕康 (メディアコンサルタント)
(株)ソーシャルカンパニー代表取締役 (www.socialcompany.org) 国内外のデジタルメディア動向、気候変動関連の調査・執筆、コンサルティングなどに取り組んでいます。www.linkedin.com/in/hiroyasuichikawa 静岡県浜松市在住