見出し画像

若者人口が東京圏に集中するふたつの理由

待望の国勢調査2020の速報が出ました。

人口減少の話はわかっていることなのでどうでもいいんですが、世帯数の増加が著しい。人口は86.8万人減っているのに、世帯数は227万世帯増えている。つまり世帯分裂・ソロ化が進んでいるという証拠です。

2018年の社人研による2020年世帯数予測では5411万世帯でしたので、2015年からプラス66万世帯増にとどまっていました。それが今回の速報では5572万世帯ですからプラス227万世帯。予測より3.5倍も増えているわけです。詳細な世帯類型ごとの集計結果は今後になると思いますが、家族世帯が増えている道理はないので、ソロ世帯の増加なのでしょう。

東京に至っては人口55万増で世帯数増が52万。増えているのはほぼソロ世帯といえます。超ソロ社会化は着々と進行しています。

加えて、今回の国勢調査はネットでの回答が可能でした。そういう意味で、独身や単身者が回答しやすくなり、より実態に近いデータが得られたということかもしれません。

2017年にすでに予見していた拙著「超ソロ社会」をこの機会にぜひご覧ください。


さらに、総務省「令和2年国勢調査 人口速報集計 結果の要約」を見ると、各市別の人口増減ランキングが出ています。増えているのは圧倒的に東京23区ですし、他もほぼ千葉、埼玉、神奈川の首都圏で占められています。

画像1

首都圏内では、唯一横須賀市だけが減少の方にランクインしています。その他、いろいろとおもしろいことがわかります。

北九州市、長崎市、下関市、佐世保市、などの九州と山口の市が大きく減少しているのに対し、福岡市が大きく増加。これはこれらの都市の人口を福岡が吸収したといえるでしょう。

また、横須賀市、呉市、佐世保市というかつての造船業が盛んな地域がそろって減少している。

人口の増減は、出生と死亡という自然増減と他からの転入。他への転出という人口移動の総計で決まります。極論すれば、高齢者比率が高く死亡者数が多いエリアは、人口移動がなくても人口減少するし、出生も死亡も均衡していても、人口が流出しまくれば、それも減少します。

今、地方の消滅危惧とされる町は、死亡も多く、転出も多い、というダブルパンチによって減少し続けています。人口転出は基本的に若者しかしません。30代以上の全年代の転出をあわせても20代だけの転出量にかないません。つまり、転出が多いエリアというのは若者が逃げだすエリアということになります。

なぜ、若者が逃げ出すのか?

答えは簡単です。そこに仕事がないからです。若者は仕事のある場所に移動します。東京に集中するのは東京に行けば仕事があるからです。

実は、昔から東京が人口集中都市だったわけじゃありません。江戸が100万都市だったのは、その半分が参勤交代による武士によるもので、実際50万都市でした。

明治になって廃藩置県後、全国で1位の人口だった都市は広島県(1872年)です。続いて、愛知県(1873年)新潟県(1874年)、石川県(1877年)と目まぐるしく1位は入れ替わりますが、東京はちっとも上位に来ません。新潟は、その後1887年から1896年まで10年連続で1位に君臨し続けます。明治期において、人口集中都市は新潟だったわけですね。

東京が全国1位にはじめてなるのは、その後の1897年(明治30年)になってからの話です。

なんで新潟がそんなに人口が多かったの?と思うかもしれませんが、それは、当時海運業が全盛期だったからです。物流はほぼ船でやりとりされていました。高速道路網も鉄道網もまだ整備されていない時代ですから。

そもそも太平洋側のルートは、黒潮の流れに逆らって走る必要があり、それに比べて、日本海側の西廻り航路(北前船)は楽に安く運べたという利点があります。海運業が盛んだったということは、そこに仕事がたくさんあるわけです。若者が大勢集まります。若者が集まれば、彼らを客にしようと商売人も集まります。さらに人口が集中します。

これ、まさに江戸時代の江戸が再開発事業で全国から男たちを集めたことで人口が増えた現象の再現です。

そして新潟の停滞も、陸路交通網の整備と工場化産業への雇用移動によるものです。同時に、軍需産業が盛んにもなり、呉、佐世保、横須賀という港湾都市に人口が集まるようになりました。当時、炭鉱都市にも人口が集中しています。戦前、最盛期を迎えた長崎の軍艦島などはそれですね。

このように時代が変わっても、人は仕事のあるところに集まります。逆にいえば、人が減るところは仕事がないところです。

「東京への人口一極集中は問題だ」という人がいますが、「だってしょうがないじゃん、仕事がないんだから」という話でしかありません。

もうひとつ、若者が上京する隠れた理由があります。

それは、若者の「リセット欲求」です。地方から上京し、自分のことを誰も知らないところに身を置くことは、ある意味では、今までの過去の自分との決別が環境としてお膳立てされるということです。今までの失敗続きの過去の自分でさえリセットできるのです。たいした過去がなくても盛ることもできます。誰も本当の過去を知らないのだから、それは自分以外の他人にとって嘘でもない。

いわゆる「東京デビュー」という形で、自己再生ができる。それもまた東京に出ていく大きな動機のひとつです。

都市への人口集中、地方の町の消滅化は必至です。

地方創生など何をしても効果はありません。もっと言えば、政府が形だけの大臣とか置きだしたら、もうそれはお手上げの印です。大臣を置くことくらいしかやってる感を出せないとお茶を濁しているにすぎません。地方創生大臣しかり、少子化担当大臣しかり。本気で何かをやる気はないでしょう。


消滅都市とは、高齢者だけが取り残されて、結婚も出産もする若者がなく、だだ順番に町としての死を待つだけの町ということになります。それを憂う声もありますが、無理やり地方創生とかする意味はあるのでしょうか?

人間同様、都市にも寿命があります。死に行く人を無理やり病院から連れ出して、何かをさせることは許されませんよね。意識がないまま機械につないで、延命委処置することも果たして正しいのでしょうか?

人間にとっても尊厳をふまえた終活があるように、町にもまた尊厳のある静かな終わり方を用意してあげることも大切なことではないでしょうか。

いいなと思ったら応援しよう!

荒川和久/独身研究家・コラムニスト
長年の会社勤めを辞めて、文筆家として独立しました。これからは、皆さまの支援が直接生活費になります。なにとぞサポートいただけると大変助かります。よろしくお願いします。