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『ふつうの相談』と職場風土

東畑開人さんの『ふつうの相談』が非常に良い本だったので紹介したいです。臨床心理士をはじめとするケアワーカーに新しい見通しを与えるだけでなく、職場で悩める部下・上司・同僚をもつ人、そして悩める友達を持つ人、自分自身が悩める人であるときにとっても、相談というものの良さを気づかせてくれる本でした!

「ふつうの相談」とは何か

本書では、専門家が行う「カウンセリングルーム」の外での「ふつうの相談」も、非専門家が行うお酒の席で繰り広げられるような「ふつうの相談」も、見事に言語化・可視化されています。コンサルティングという仕事にも、友達同士の相談にも、見通しを与えてくれる良書です。

「ふつうの相談」とは、非専門家(友人、家族、同僚や上司部下、地域の知人)が行うものだ。もちろん専門家(カウンセラーなど)も、カウンセリングルームの外で行うものだといいます。

相手の話を聞き、印象を評価し、考えを伝え、アドバイスし、場合によっては具体的な行動で働きかけていく。それ以外にも、世間話を通じて、相手がどんな「世間」をみているかを交わし合うのも含まれています。

本の中では、この「ふつうの相談」をいくつかに分類しています。「ふつうの相談」に、家族療法や精神分析などの「学派知」を取り入れたものや、組織の中での制度や慣習にのっとった「現場知」を取り入れたものなどです。

「ふつうの相談」が提供する「説明モデル」

東畑さんは、「学派知」にせよ「現場知」にせよ、あるいは「常識」にのっとったものにせよ、相手の物語に時間軸を与え、「説明モデル」を与えるのが「相談」の機能だといいます。

ロゴマークづくりにやる気の出ないデザイナーの例

たとえば、どうにもやる気が出ない、と悩んでいるデザイナーがいるとしましょう。

とある企業のロゴマークをつくらなければいけないのだが、いくつかパタンを作って見せてもクライアントが納得してくれず行き詰まっている。

このことを同じ職場の先輩デザイナーに何気なく話すと、先輩デザイナーは後輩に、「それは"絶望の谷"だよ」と言いました。

「ダニング=クルーガー効果っていう、最初は意気揚々と取り組むけど、ズドーンと行き詰まって"絶望の谷"に落ちるという考え方があるらしいんだよね。」

「どんなクリエイションも、本気でやってたら一回行き詰まるんだよ。わたしの先輩は、そういう時こそ、悪あがきでいろんな試作を繰り返すって言ってた。そうすると、どこかで"絶望の谷"を抜けていくって。」

すると後輩は、「そういうもんか」と納得し、試行錯誤の末、無事ロゴマークがクライアントに認められ、納品される。

このとき"絶望の谷”が、正しい「学際知」なのかはよくわからないです。いわばデザイン業界でよく言われる慣習的なもの(現場知)とも言えるかもしれません。いずれにせよ、後輩が今の状況に納得し、悩みを解消する見通しを与える「説明モデル」になりえます。

「ふつうの相談」が行われる「職場風土」とは

こうした「ふつうの相談」が1on1などで職場に取り入れられていたとしたら、その職場風土は健全であると言えそうです。

社員のめんどくさい悩みをちゃんと聞き、ある種の「友達」として悩みに対する「説明モデル」を与える。こうした「ふつうの相談」の積み重ねによって、悩みや葛藤を支え合う職場風土ができていくのだと思います。

最近では、職場がゆるすぎて仕事を辞める人が続出しているという。いわゆる「ゆるい職場問題」が、ブラック企業やハラスメントといった言葉の反動で生まれています。

おそらく、こうした職場には「ふつうの相談」もなく、もっとチャレンジしたいと言い出しにくい、あるいは言い出したとしても「まだ若いから無理しないで」と言われてしまうのでしょう。

業務に対して適切な期待値があり、自分がもっている能力と、少し背伸びして学ばなければならない目標があり、どうすればもっとうまく、よい仕事ができるのか、職場にはめんどうな葛藤が必要なのだ。加えて、その葛藤を分かち合い、「説明モデル」を与えてくれる上司、お互いに与え合う仲間の存在が重要です。

ぼくは、職場とはこうした「めんどくささ」を許容するものであったほしいし、そこに集まった人が友達のように悩みを分かち合う存在であって欲しいと思っています。

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