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「日本売り」と言いたい困った人々


「日本売り」の大合唱
2月、金融市場は新型コロナを巡る乱高下に支配されています。当初、ドル/円相場が9か月ぶりの112円台に突入すると、こぞって「日本売り」、「いよいよ安全資産としての円が見放され始めた」、「円相場の終わりの始まり」のような大合唱が始まりました。昨年10~12月期GDPの大幅悪化や新型コロナに対する日本政府の対応の不味さを理由にした「日本売り」の論陣は分かりやすさに訴えかける部分が大きいせいか耳目を集めました。

単なるドル高と日本売りの混同
しかし、こうした言説は全くもって無責任なものと断じて良いでしょう。既報の通り、欧米市場で新型コロナリスクが意識されると、円相場は急騰、直ぐにドル/円相場も反転しました。誰がどう見ても「安全資産としての円買い」です。ほんの数日前に「日本売り」を大合唱していた有識者(のような人々)はいずこへ・・・という印象です。


今回の110円突破からのドル/円相場の動きは、最初から「ドル高の一環」でしかありません。単なるドル高と日本売りを混同すべきではありません。年初来でみれば、ユーロを含め対ドルで円よりも下落している通貨はいくらでもあり、現状は「リスク回避のドル買い」が表出した状況と診断すべきものです。さらに言えばそのドルも金やプラチナ等の貴金属には負けています。

確かに円売りの度合いは大きかったことに意外感あり
もちろん、直近の円売りが相対的に大きかったことも事実です。これまでリスクオフ時にはドルよりも円が買われることの方が多かったので、「今回は円が買われなかったではないか。時代が変わったのだ」という論を振り回したくなる気持ちも分かります。しかし、長く為替市場に身を置く参加者は承知の通りかと思いますが、「そういうこともある」というだけの話でしょう。「リスクオフ時にはドルよりも円が買われることの方が“多かった”」だけであって、ドルの方が好まれる時間帯はこれまでもなかったわけではありません。たかだか1~2日、「リスクオフのドル買い」が「リスクオフの円買い」を勝っただけで構造変化や「日本売り」を囃し立てるのは派手ですが、中身はありません。2月は昨年10~12月期GDPが予想外に悪化したことや政府の新型コロナへの対応がまずかったこと(それも諸外国対比で本当に突出して不味かったのかは怪しいものです)から「日本売り」と円安をリンクさせるだけの空気感があったことが不幸でした。

都合の良過ぎる「日本売り」論
現段階では昨年10~12月期の前期比年率▲6.3%に続いて今期までマイナスになるのかどうかは確たることが言えないはずです。6.3%落ちてさらにマイナスとなればその震度は凄まじいものがありますが、それにしても疫病で凹んだ需要は疫病終息と共に復元されるはずです。「日本売り」をテーマに円売り戦略がワークするほど日本経済のリセッションシナリオは堅いものではないでしょう。


なにより、本当に「日本売り」ならば日本株や日本国債が買われるのは矛盾しています。当初、日本売りで円安と言われている中でも日経平均株価を筆頭とする日本株は円安に嬉々として上昇していました(足許ではリスクオフの円買いが炸裂する中、再び株は下げています)。また、こうした地合いの中でも日本国債は堅調、長期金利も歴史的低水準で安定しています。この相場のどこに日本から資本が逃げ出す「日本売り」の要素があるというのでしょうか。「日本売り」というのは円安と共に株も債券も手放される局面を言うはずです。とりわけ海外投資家が日本を見限る局面に入った場合、日本国債(の積み上がり)こそ「ダメな日本経済の象徴」として指摘されるはずですから、そのような動きが全く見られていないのも「日本売り」が口先だけの材料であることが分かります。「日本売り」で円安は進むが、株や債券は堅調。そんな都合の良い「日本売り」があるはずがありません。

「世界最大の対外債権国」は不変
最後に、「世界最大の対外債権国」というステータスが変わっていないことも思い返すべきです。そもそも低成長・低インフレで巨額の政府債務を積み上げ、世界最速ペースで少子高齢化が進むという悪材料を背負いながらも、円が長らく安全資産と呼ばれてきたのは「世界最大の対外債権国」という看板があったからです。2018年末時点で日本は28年連続で「世界最大の対外債権国」であり、恐らく2019年末時点(今年5月末発表予定)もそれは変わっていないことが予想されます。

確かに、近年はドイツからの猛追もあって「世界最大の対外債権国」というステータスを失う未来も視野に入っています。また、近年では対外債権の内訳が証券投資から直接投資主体になっているので「外貨(対外債権)のまま日本に戻って来ない部分」が拡大しており、それが円高を阻んでいるという新時代の変化もあります(この点は長くなるので今回は割愛する)

しかし、だからといって「巨大な対外債権国である」という通貨の信認を語る上での最も大事な事実が直ぐに変わるわけではないでしょう。そのような通貨を一方的に売る(いわゆる日本売りに賭ける)というのは理屈に合わないはずです。成長率の急減速や有事対応の不味さを理由に円相場急落を「日本売り」として解釈・喧伝したくなる気持ちは分からなくはありません。しかし、それは一過性の取引を正当化するだけの理屈です。現に3日もしないうちに「日本売り」を喧伝していた人々はコロナショックが欧米に波及したことを喧伝し、円高を所与の相場のように語っています。あまりにも勝手だと思います。


現在でも「安全資産としての円」の立ち位置(巨大な対外債権国)が崩れたとまでは言えず、ましてや「終わりの始まり」のように囃し立てるのはどう考えても行き過ぎです。冒頭述べたように、足許では法定通貨全体が対ドルで負けているのが現状であり、円安はその付随現象でしかないという大局観こそが現状に対して最も適切なものです。そして、他の通貨に比べれば、円の対ドルでの負け方はまだましな方だということも気づくはずです。

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