もはやエンゲル係数は歴史的使命を終えたのではなかろうか
今朝、日経ビジネスにて「不思議な動きをするエンゲル係数 今後も生活水準の指標たり得るか」を公開しました。もはやエンゲル係数って歴史的使命を終えたんじゃないか、という所感を書いております。
家計調査については定期的にウォッチしており、以前にも私が刊行した「データサイエンス超入門」でその"扱いづらさ"を取り上げています。
今回は、日経ビジネスの連載に掲載しなかったため、行き場を失った数字たちを供養するnoteを書きます。
収入によるエンゲル係数の違い
家計調査は、およそ9000世帯を抽出した標本調査です。その標本の中で「収入が下位20%層」「収入が中間20%層」「収入が上位20%層」のエンゲル係数は以下のように推移します。
家計調査(二人以上の世帯)「エンゲル係数」
12カ月移動平均法を使い加工
約20年分の長期時系列で推移を眺めると、2013年~2016年にかけて、どの層もエンゲル係数が上昇していると分かります。
一方で、2018年後半から「収入が中間20%層」「収入が上位20%層」は下降傾向にありますが「収入が下位20%層」は横ばいのままだと分かります。
このデータを見て一番驚いたのは「収入が上位20%層」と「収入が下位20%層」のエンゲル係数の差が、たった約6〜8ポイントしかない点です。「収入が上位20%層」のエンゲル係数が想定より高い。
そこで消費支出、飲食費の推移を見てみましょう。
家計調査(二人以上の世帯)「飲食費」
12カ月移動平均法を使い加工
家計調査(二人以上の世帯)「消費支出」
12カ月移動平均法を使い加工
「収入が上位20%層」の飲食費が約9万強! 道理で、エンゲル係数が低くないわけです。近所の高級スーパーの客足が減らないわけだ。良い肉、良い魚、良い野菜食ってんだろうなぁ…。
ちなみに経済学者の飯田泰之さんは、以下のように述べておられます。
しかし日本では、金持ちになっても食費が占める割合が下がらないんですよ。最も貧しい20%の人口は支出の約25%を食費に当てていて、最も豊かな20%は支出の22%ぐらいを食費にあてている。この程度しか差がないんですね。ついでに言いますと、中間層の方が食費にあてる割合が高かったりします。
これは日本の場合食べることが生存のために必要な活動であるだけでなく、「食べることが趣味」という人の割合がかなり高いんですね。そう言うと「金持ちは外食でお金を使っているんじゃないか」と思われるかもしれませんが、実は比較的高所得者層のほうが専業主婦の方と結婚されていることもあり、意外と外食が多いのは中の下(と言ったら失礼ですが)の層なんです。
こうなると、もうエンゲル係数高い低いの議論って、どこまで有用なんでしょう…と思う次第です。
送別に見ないとよく分からない問題
各層の傾向を図にすると、こんな感じ。送別に実態を見ないと、何が原因でエンゲル係数が上がっている・下がっているがよく分かりませんね。
家計調査約9000世帯の平均が、特定の層の傾向を表すとは限りません。あくまで平均という「実際には存在しない値」で表現しているからです。
シンプトンのパラドクスに近しい匂いを感じますね。
母集団での相関と、母集団を分割した集団での相関は、異なっている場合がある。つまり集団を2つに分けた場合にある仮説が成立しても、集団全体では正反対の仮説が成立することがある。
そこで層別に見ようと考えると、約9000世帯を分割することになるので、一気に標準誤差が高まります。
なんだか家計調査って、帯に短し襷に長しなんですよね。
エンゲル係数は、消費支出が少ない層ほど飲食費が占める割合が高い指数です。いわば「世帯の生活水準を示す指数」です。
そう考えると、特に貧困層・困窮世帯が増税の影響をどれくらい受けたのかを知るのに適した指標だとも言えます。
しかし母子家庭や高齢者世帯など層を細かく切り刻めば、今度は標本数が一気に減ってしまう。そうなると「抽出した標本がたまたまそうなっているだけで母集団は違うんじゃない?」という反論が当然出てきます。
たぶん、貧困層・困窮世帯の実態を把握するのに、エンゲル係数を使うのは良いけど、エンゲル係数だけに寄り掛かるのは危険なんでしょうね。
とはいえ「変動調整値」
日経ビジネスの連載の後半に記載しましたが、全ては2018年標本改訂で全ての送別分析が2017年12月で断絶するのです。
実際の「変動調整値」自体は微々たるものかもしれませんが、コンマ何%の経済成長を競っている日本において、この差は大きい。
余談ですが…
エンゲル係数に関して、国会会議録を調べていたら「第196回国会参議院 国民生活・経済に関する調査会(平成30年4月18日)」にて、こんな発言がありました。
049 藤巻健史
…先ほども元榮議員の話を聞いてちょっと思ったんですけど、昔、私の小さい頃は、絶対的貧困の基準としてエンゲル係数というのがあったんですけど、あれで大体貧困かどうかという議論をしたんですけど、今エンゲル係数というのはどうなっちゃったんでしょうか。全く学者の先生方は興味ないんでしょうか。
「全く学者の先生方は興味ないんでしょうか。」という余計な発言に、何を偉そうに!と感じた次第です。大阪の血が流れているので、与党だろうが野党だろうがお上のうえから発言は瞬発的に拒否反応を示します。
あと、絶対的貧困の基準がエンゲル係数だったなんて話まったく聞いた試しが無いので、調べてみましょう。
以上、お手数ですがよろしくお願いいたします。