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リスク高まる若者の鬱

9月10日は世界自殺予防デー、10月10日は世界メンタルヘルスデー。世界保健機関(WHO)が設定する二つの記念日に挟まれた一ヵ月は、不安、鬱、精神疾患といった、普段目を背けがちな話題に思いを巡らす良いきっかけになる。

さまざまな個人の悩みを受け止める「いのちの電話」の英語版とも言えるNPOサービス、TELL JapanのディレクターVickie Skorjiさんによると、特に最近、日本人も外国人も、若年層からの相談が増えているという。30歳以上は依然電話の相談が多いのに対し、特に18-25歳の世代には彼らが馴染むチャットで応対を始めたそうだ。

若者の鬱はもちろん現代に始まったことではない。しかし、昨今は、世の中の成長が停滞し、明日は今日より良くなるという希望が持てないこと、変化が速く、仮に職を得ても一生安泰ではないこと、さらにコミュニケーションがデジタル化して個の孤立が進んだことから、世界的に若者の不安が高まり、鬱の増加につながっているという。

この構造は、日本にもそのまま当てはまる。そもそも日本は幸福度が低く、同質性が高いゆえに異質なものを受け入れる寛容性に乏しい。OECD統計によると、自殺率はG7の中でもっとも高く、G20諸国の中でも3番目である。この素地があるうえ、日本の若年層は、さらに時代背景から不安に駆られていると言える。

確かに、会社で面接を受け持つと、若い候補者の質問がワークライフバランスや福利厚生に集中することがある。それは一人前に仕事をしてから言ってくれ・・・と苦々しく思いがちな我々ミドル世代だが、彼らの事情を考えると、当然の質問なのかもしれない。

一方、職場にとって、従業員のメンタルヘルスは大きな課題であり、コストである。OECDによると、失われる生産性の代償はGDPの4%, 日本の場合20兆円以上にも見積もられる。苦しい本人のみならず、周囲の生産性にも大きく影響する。

特に若い時に心の問題を抱えると、年月を経て再発するリスクが高まるので、鬱の若年化は尾を引く問題となる。20年前の不況期に就職活動を余儀なくされた「氷河期世代」の就労がいまになって重くのしかかるように、若年層のメンタルヘルス問題は、いま真正面から向かい合わなければ、将来につけを残すことが容易に予想される。

では、どうすればいいのか?

日々の雰囲気を作る主役は現場だから、職場が出来ることは大きい。メンタルヘルスに対する経営のコミットメントは言うまでもなく大切だが、日々の細やかなコミュニケーションが鬱の予防と救いとなるのならば、決してトップダウンの指示だけでは解決しないだろう。裏を返せば、職場のメンタルヘルス向上は、誰でも貢献できる課題だ。

適度なワークライフバランスを保ち、オフラインを含めたコミュニケーションの場を作る。そのうえで、被害者の鬱を引き起こしがちなハラスメントや差別の芽を早く摘むことが大切だ。何気ない一言がひとを傷つけることは十分にある。

例えば、私自身、女性蔑視がにじむコメントをその場の「空気を読んで」見てみぬふりをしてしまったことは一度ならずある。このような発言をその場で呼び止めるのには勇気がいるが、それがからっと出来るような職場の雰囲気を心掛けたい。特に若年層スタッフは、組織がどこに許容の境界線を引くのかをよく観察している。

それでもメンタルヘルス問題が起こることはあるだろう。どのような兆候を捉え、どう対処するのか、現場の監督者に心得があれば、スタッフのメンタル課題が大きくなる前に防ぐことができる。このようなトレーニングを会社が提供することも良い考えだ。

さらに、治療が必要になった場合、メンタルヘルスも体のヘルスと同列に捉え、会社が治癒を支援する姿勢が大切だ。職場復帰のプランを一緒に作ることも、不安を減らす一助となるだろう。経営にできることは、心の問題を人事任せにせず、これらの対処レシピをすべての従業員に分かりやすく、透明性をもって示すことだ。

「働き方改革」の負の作用もあって、この頃の職場には余裕がない。自分の仕事を時間内にこなすのが精いっぱいで、後輩の面倒を見たくても見られないというひとが多いだろう。しかし、職場の心の問題は正面から向き合うべき問題だ。少しの思いやりや一言で救われることもある。

人口縮小、多様化が進む日本は、ますます「包摂社会(Inclusive Society)」を目指す必要がある。その最小単位のひとつが、職場である。

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