サル痘って何?
サル痘(Monkeypox)はアフリカの一部地域で散発的に感染が起きていた人獣共通感染症(動物からヒトへ・ヒトから動物へ伝播可能な感染症:Zoonosis)ですが、2022年5月以降、英国や米国などで相次いで報告され、100件を超える感染や感染の疑いが確認されたことで、世界保健機関(WHO)は20日に緊急会合を開きました。サル痘、欧州で100件超か WHOが緊急会合: 日本経済新聞 (nikkei.com)。
疫学的背景・輸入症例
サル痘は1970年にザイール(現在のコンゴ民主共和国)で初めて報告されて以降アフリカ中央部から西部にかけて主に発生してきました。2022年4月24日現在ではアフリカ大陸では中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、ナイジェリアで発生が持続しています。(WHO AFRO, 2022)
アフリカ以外でも、過去に流行地域からの帰国者で散発的に発生報告があり、2018年の英国からの報告ではナイジェリアからの帰国者2例と、患者に対応した医療従事者1例が報告され、患者の使用したリネン類からの感染が疑われています(UK HSA, 2022)。アフリカ以外での最大の発生は2003年の米国テキサス州でガーナから輸入されたサル痘に感染したげっ歯類を原因とする事例で、これらのげっ歯類の輸入動物は動物販売業者でプレーリードッグと接し、その後ペットとして販売されたプレーリードッグを介して47例のヒト症例が報告されています。本事例において死亡例やヒトーヒト感染の報告はありませんでした(CDC, 2022)。
日本の感染症法では4類感染症に指定されていますが、感染症発生動向調査において集計の開始された2003年以降、輸入例を含め報告はありません。
感染経路・潜伏期間・臨床症状
病原体は既に根絶された天然痘ウイルスに類似するサル痘ウイルスで、ヒトへの感染経路は感染動物に咬まれること、あるいは感染動物の血液・体液・皮膚病変との接触による感染といわれています。自然界ではげっ歯類が宿主と考えられていますが、自然界におけるサイクルは不明です。
ヒトからヒトへの感染は稀ですが、上記のように濃厚接触者の感染やリネン類を介した医療従事者の感染の報告があり、患者の飛沫・体液・皮膚病変を介した飛沫感染や接触感染があると考えられています。
潜伏期間は5~21日(通常6-13日)とされており、潜伏期間の後、発熱、頭痛、リンパ節腫脹、筋肉痛などが1~5日続き、その後発疹が出現します。発疹は典型的には顔面から始まり、体幹部へと広がり、初期は平坦ですが、水疱、膿疱化し痂皮化した後2~4週間で治癒します。発疹は皮膚だけではなく、口腔、陰部の粘膜、結膜や角膜にも生じることがありますが、初期においては水痘、麻疹、梅毒などの発疹症との鑑別が困難なことがあります。リンパ節腫脹を呈する頻度が高く、類似した皮膚病変を示す天然痘との鑑別に有用とされています。致命率は0~11%と報告され、特に小児において高い傾向にありますが、先進国では死亡例は報告されていません(WHO, 2022)。
感染対策
現時点で国内での発生はなく輸入感染症としての位置づけであることから、海外渡航歴のない人、輸入動物との接触のない人における感染リスクはほぼないと考えられます。もし渡航歴や輸入動物との接触歴があり、疑われる症状が出現した場合には、直ちに感染症を専門とする医療機関への相談および受診が必要とされます。主たる感染経路は接触感染や飛沫感染ですのでこれまでと同様、手指衛生とマスクの着用で対策は可能です。天然痘のワクチンである痘そうワクチンがサル痘予防にも有効ですが、日本では1976年以降は行われていません。
私たちが取るべき対応
感染症は突発的に発生、急速に拡散し、時に私たちの身を脅かす可能性があることから、正確な知識と迅速な対応が要求される疾病です。その一方で感染症は「熱しやすく冷めやすい」「メディアインパクトは高いが長くは続かない」など揶揄されることもありましたが、新型コロナウイルス感染症は、感染症分野のこれまでの知見や経験を次々と覆しながら世界的流行を引き起こし、社会経済活動の制限や私たちの日常生活をも大きく変えざるを得ない今世紀最大の脅威となってしまいました。
私は日本に存在しない輸入感染症や渡航関連感染症を専門としますが、サル痘に関しては正直に申し上げて実際の症例を診たこともないし、知識もほとんどありません。ただ輸入感染症のリスク判断基準として、海外で発生した感染症がどのくらいのスピードで拡がっているのか(感染経路や伝播力)、致死率がどの程度なのか、治療薬や予防薬があるのか等が重要なポイントとなると考えます。珍しい感染症かつ短期間に増えるほどメディアインパクトが強いことからすぐに報道で騒がれますが、確かな状況を見極めるためにはある程度の時間を要します。少なくともサル痘に関しては国内での感染拡大の可能性はきわめて低いと考えられますが、しばらくは正しい知識の習得と情報のアップデートが望まれます。