岸田政権に期待したい「新規感染者主義からの脱却」
「再分配」はグローバルスタンダード
岸田新内閣が発足しました。人事に関する評価、経済・金融政策の方向性への評価、既に様々な論説が飛び交っています。とりわけ経済政策については再分配というキーフレーズの押し出しが強く、金融資産課税引き上げを中心として、株式市場では相当警戒されています。日経平均株価が8日続落になってもその旗を降ろす気配はありませんので本気と見受けられます:
総裁選の頃から岸田総理は「成長と分配の好循環」を経済政策の柱に掲げていました。再分配機能の強化を通じて格差拡大を是正しようという主張は今やどこの国でも見かける論調であり、ある意味でグローバルスタンダードです。しかし、近年の日本経済は「パイが小さい(成長率が非常に低い)こと」が問題になってきました。既存のパイを分け合う(分配)視点も重要ながら、パイ自体を大きく(成長)することが喫緊求められている論点ではないかと思います。
要するに、「成長と分配の好循環」という看板は良いとしても、重要なのは成長と分配の因果関係です。立憲民主党の枝野代表は次期衆院選公約として「分配なくして成長なし!みんなを幸せにする経済政策」とのスローガンを発表しましたが、これは因果関係が逆でしょう。コロナ以前から国内市場の縮小が懸念されていたことを思えば、「分配なくして成長なし」ではなく「成長なくして分配なし」が通常の発想ではないかと思います。つまり、成長が原因、分配が結果です。再分配、格差是正、新自由主義からの脱却etc、その是非はさておきますが、株式市場からはあまり好かれないフレーズであることは間違いないでしょう。それが中長期的に岸田政権で「やりたいこと」だとしても、それ以前に優先した方が良いことがあると思います。
「新規感染者主義からの脱却」が必要
それは何でしょうか。言うまでもなくコロナ対策、具体的には「新規感染者主義からの脱却」だと筆者は考えています。日本は今やワクチン接種率において世界の先頭集団に食い込むようになりました。とてつもないスピードであり、間違いなく菅政権の遺産です。しかし、この高いワクチン接種率という「手段」を経済正常化という「目的」にリンクさせることに失敗した結果、日米欧三極において日本の成長率は著しく出遅れたままであり、物価に目をやれば欧米がインフレ高進を警戒する傍ら、日本は物価が下がるという体たらくです:
いつの間にか「ワクチン接種率を高める」ということが目的化し、本当にやるべきことが蔑ろにされてきたように思えてなりません。8月末まで日本株が圧倒的に出遅れていたのもこうした背景があると筆者は思っています。よって、この帰趨が明らかになっていない以上、日本株が9月の上昇を吐き出し、元戻ってきたのもまた、納得感があります(その意味で私は再分配政策というテーマで下がったというのはちょっと違うと思っています)。
この「手段の目的化」とも言える状態から脱却し、欧米のような成長軌道に乗せられるのかどうかが岸田政権に課せられた最初のハードルだと思います。まずは10月1日から(法的には)完全に解除された行動規制をどこまで持続できるか(というよりももう2度と行動規制をかけずに済むか)が政権安定の試金石になるでしょう。そのために必要なことが「新規感染者主義からの脱却」だと思います。
新規感染者数と支持率がリンクするような従前のような状況では誰が首相でも政権運営は安定しません。大袈裟ではなく、退陣表明が2週間遅ければ感染者数の激減を受け菅政権は持続していた可能性もあります。よく感染者数が減ってしばらくすると「減少傾向が鈍化してきた」と言って脅しをかける論調を見かけますが、そもそも傾向は鈍化するものです。「増えたら減るし、減ったら増える」というだけの話です。ゼロになることはない。それでも「第〇波」という脅しに意味があったのは、ワクチンが無く重症者や死亡者に抑制が効かない局面だったからですが、日本の100万人当たりの死亡者数は先進国でも極めて低いものです。これ以上何を求めるのでしょうか。
「政府と分科会の距離感」は修正すべき
本来、そうした冷静な理解を促すために新型コロナウイルス感染症対策分科会(以下分科会)の助言はあるです。しかし、分科会は「人流が減ってないので感染者数も減るはずがない」というロジックに拘泥し、提示される解決案は常に行動規制だけです。本当に「人流抑制が感染終息ひいては経済復活の鍵」だというのであれば、半年前から日常を取り戻し、潜在成長率の2~3倍のスピードで走っている欧米経済の背景には何があり、何故日本で同じことをできないのかを仔細に説明する必要・義務・責任があると思います。
明示的には認めないでしょうが、結局、感染者数の増減要因は良く分かっていないのではないでしょうか。もちろん、分からないことが悪いわけではありません。しかし、「分からないものは分からない」と認めた上で、人流に帰責した経済犠牲を強いる基本姿勢を改めなければ、分科会の提示する戦略と一緒に日本経済が沈んでしまいます。いや、実際に相当沈んできたと言っても良いでしょう。戦略の失敗は戦術では取り返せません。いくら「世界最速のワクチン接種率」という現状考え得る最高の戦術があっても「人流が元凶なので行動規制強化」という従前全く奏功していない戦略思想に固執し、出口に向けたロードマップも検討しないのでは成長率や物価の復元は絶望的です。英国は2月、米国は3月の時点でロードマップを描いていました。ここまでワクチン接種率が高まっても日本で同じことはできないのでしょうか。
かかる経緯を踏まえ、岸田政権の初動においてはコロナ対策に関して「政府と分科会の距離感」を如何に修正してくるのかを注目しています。その修正如何によっては従前のコロナ対策が良い方向に旋回していると評価され、株式市場を筆頭に金融市場から好意的な評価を得られる可能性があるでしょう。もちろん、分科会が従前の方法論に固執せずに医療資源の拡張に本腰を入れ、行動制限を脇に置いた上で出口戦略まで描けるようになれば、それはそれで望ましい話です。
期待したい「岸田4本柱」
では、岸田政権のコロナ対策は実際どうなりそうでしょうか。岸田総理はコロナ対策に関し「岸田4本柱」を打ち出しています。これは①医療難民ゼロ、②ステイホーム可能な経済対策、③電子ワクチン接種証明(ワクチンパスポート)活用および検査の無料化拡充、④感染症有事対応の抜本的強化です。これに付随して健康危機管理庁の設置も主張され、野戦病院のような臨時医療施設の開設の話も出ています。
結局、行動規制の必要性は医療逼迫を招く病床不足に起因しています。だとすれば、臨時医療施設の開設は直接的かつ有効なアプローチです。その上、ワクチンパスポートを活用し行動制限一本鎗の防疫政策から抜け出せるとしたら、「日本だけコロナが終わらない」という閉塞状況にも終止符が打てる期待が持てるのではないでしょうか。
緊急事態宣言の乱発により実体経済のスイッチのオン/オフを頻繁に切り替えるようなコストの大きい政策は家計・企業部門における予測可能性を著しく低下させ、消費・投資意欲を抑制します。実際、貯蓄・投資(IS)バランスを見れば、家計・企業部門の貯蓄過剰は年初来から蓄積傾向にあります:
日本は元々そうした傾向が成長率や物価を抑制している経済構造だと指摘されて久しいですが、過去1年でその傷はさらに深まりました。岸田4本柱の着実な遂行を経て、新規感染者主義からの脱却を図ることができれば、高いワクチン接種率も相まって、岸田政権下の経済正常化は順調に進み、コロナ対策自体も高い支持を得ると思います。コロナ対策が高い支持率を得られれば、政権全体の支持率も恐らく上がるでしょう。
行動制限一本鎗の戦略から距離を置き、短期的にはより成長を重視する姿勢を前面に押し出しておけば、中長期的には「やりたいこと」である再分配政策にも着手しやすくなるはずです。少なくとも再分配や新自由主義からの脱却など、是非はさておき、初っ端から株式市場を敵に回す情報発信は控え、まずは控えた方が後々の政策運営がやりやすくなるように思います。
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