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【レポート①】デザイン・マネジメントの国際学会に初めて参加してみた:欧州で独自進化するデザイン・マネジメント


2000年代初頭にデザイン思考という言葉が米国から輸入され、ビジネス界に大きなインパクトを与えてから、早くも20年程が経とうとしている。ビジネス用語としてのデザイン思考のブームは落ち着きを見せ、近年ではビジネスに有益なスキルやテクニックの1つとして一般化してきた。

このような実務上の動向とは異なり、デザイン思考をはじめとしたデザイン工学と経営学を組み合わせた「デザイン・マネジメント」という新しい学問領域は、多くの研究者の知的好奇心を刺激してきた。新しい研究理論と学術的発見が世界中で産み出され、まさに日進月歩の発展を見せている。特に、欧州におけるデザイン・マネジメントの進化が興味深い。米国から生まれたデザイン・マネジメントの潮流だが、欧州では米国とは異なった学術的進化を遂げている。

本稿では、10月21日~23日の3日間にかけて開催されたデザイン・マネジメントの国際学会『4D conference』の内容をレポートしていきたい。筆者は、人材マネジメント領域の研究者であり、デザイン・マネジメントの専門家ではない。そのため、専門家からすると理解の浅さや間違いがあるかもしれない。しかし、日本のビジネス・パーソンに是非、知って欲しい概念や理論について、多くの学びや気付きを得ることができた。これらの気づきや学びを紹介していきたい。

なお、筆者が今回参加した国際学会『4D conference』は、欧州のデザイン・マネジメントの研究者が中心となって隔年で開催している研究成果発表会だ。日本では立命館大学のDML(Design Management Lab)が中心的役割を担っており、本年度は立命館大学が主催となって大阪にて実施された。

米国と欧州におけるデザイン思考の発展

デザイン思考やデザイン・マネジメントというと、どのようなイメージを持っているだろうか。問題解決のための思考法だと言う人もいれば、ユーザ-からの聞き取りが特徴的な問題解決プロセスのことだ、プロトタイプの作成と市場からのフィードバック・ループを迅速に回していくアジャイル型の開発プロセスだと言う人もいるだろう。

デザインを科学や問題解決のための思考方法として捉える考え方は、古くは1960年代末から注目されてきた。当時は、科学的アプローチにおける1つの手法として、デザインや視覚的効果の及ぼす影響に焦点が当てられてきた。

デザイン思考という言葉が世に広まったのは、ピーター・ロウによる『Design Thinking』(1987年、MIT Press)が最初期の文献として知られている。ロウの文献では、建築家と都市計画者が用いる思考方法とプロセスが記述された。このように、建築家や都市計画者などの創造的な業務に携わる専門家(デザイナー)の発想や思考方法は、他の分野にも応用可能であると考えられてきた。

デザインが経営学やビジネスの現場に応用されるようになったのは、1980年~90年代にかけてスタンフォード大学で教壇に立ってきたロルフ・ファステ教授による影響が大きい。ファステ教授は、工学部の学生を対象として、創造性を高めるための教育方法として、デザイン教育を行った。その教育では、異質なものを組み合わせることで新たな発想を生み、頭の中で考えている言葉にならないものを言語化や視覚化していくプロセスを通じて、教育が行われた。具体的には、ファステ教授は1992年の論文にて、即興演劇を取り入れた教育方法によって、工業デザイン教育の効果を高めることができたと発表している。ファステ教授の行ってきた教育や研究によって、デザイン思考とは、エンジニアの創造性を高める思考プロセスとして普及してきた。

その後、ファステ教授のスタンフォード大学の同僚であったデイビッド・ケリー教授によって、デザイン思考はプロダクト開発における方法論として世界中から注目を集めることになる。ケリー教授はスタンフォード大学で教鞭に立ちながら、自身でデザインコンサルタント会社を立ち上げ、1991年に3つの他のデザイン会社と合併して、デザインコンサルティング会社のIDEO社が設立された。

IDEO社で推進してきたデザイン思考を用いたプロダクト開発の手法は、SAP社の創業者の一人であるハッソ・プラットナー氏に衝撃を与え、2004年よりSAP社の企業文化とすべく取り入れられた。SAP社では、プロダクト・デザインだけではなく、顧客や社内の抱える問題の発見・解決手法としてもデザイン思考の手法を取り入れ、同社の競争優位の源泉としてきた。また、プラットナー氏はスタンフォード大学に出資し、ケリー教授と共に “d.school” の設立にも多大な貢献を果たしている。

現在では、研究がすすめられると共にデザイン思考のプロセスも様々なバリエーションが提示されている。デイビッド・ケリーの提唱した5段階モデルのほかにも、同じIDEO社のティム・ブラウンによる3要因モデル、d.schoolの教授陣による6段階モデルが良く知られる。日本では、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 奥出直人教授が、デザイン思考の創造プロセスとして7ステップのモデルを提唱している。

このように、デザイン思考は米国で生まれ、世界中に広まっていった。その理論は、実践的な思考プロセスとして提示されることが多く、そのプロセスに沿って発想していくことで問題解決やプロダクト開発において有益であると考えられてきた。ブレーンストーミングのような、思考ツールと似たような発展を遂げてきたと言えるだろう。

米国を中心としたデザイン思考の発展に対して、欧州では独自のアプローチがとられてきた。代表的な理論が、ミラノ工科大学経営工学研究所のロベルト・ベルガンティ教授が提唱する「デザイン・ドリブン・イノベーション」理論だ。デザイン・ドリブン・イノベーションとは、製品の機能ではなく意味を変え、斬新的な改良ではなく急進的な変化を探求し、既存のニーズを満足させるのではなく、ビジョンを提案することでイノベーションを追求することであるとされている。

例えば、ウィキペディアは「辞書」の持つ意味を再定義し、新たなビジョンを提示することでイノベーションを起こしている。辞書の持つ伝統的な意味は、文化的なエリートによって保障された静的(不変的)な情報を得たいというニーズに立脚している。それに対し、ウィキペディアは、数多くの普通の人びとが閲覧し、情報を信頼することで保証された動的(ダイナミック)な情報を得たいという、辞書の新たな意味を創造している。このようなニーズは、市場調査や顧客へのヒアリングでは出てくることはない。ビジョンが先行することでイノベーションをけん引している。

デザイン・ドリブン・イノベーションに代表される欧州におけるデザイン思考は、プロセスよりもコンセプトやイノベーションとの関連で語られることが多い。それは、顧客ニーズや問題解決に立脚した発想法では限界があるためだ。特にビジネス状況を想定したイノベーションや創造性の研究の多くが、問題解決に焦点をあててきた。しかし、問題解決を前提とした発想法では、そもそも顧客や市場が認識していない事象に対してはカバーすることが難しい。そして、テレビやインターネット、ロボット掃除機など、私たちの生活に大きな影響を及ぼしてきたイノベーションはビジョン先行型で産み出されてきたものが多い。ロボット掃除機がiRobot社から紹介される以前の世界では、誰もロボット掃除機が世に存在しないから困窮し、「なぜ世の中にはロボット掃除機がないのか」課題感を持っている消費者はいなかったのだ。

欧州におけるデザイン思考の潮流は、問題解決をベースとしたアプローチに疑義を呈している。問題解決ではない、意味の変革を目指すビジョン先行型のデザイン思考の可能性についても、私たちは真剣に考えるべきだろう。


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