見出し画像

ラガルドECB総裁、実質的なデビュー戦~第二のwhatever-it-takes~

IMFトップとは勝手が違う中銀総裁
ラガルドECB総裁にとって3回目の会合となりましたが、手腕を見る、という意味では実質的にはこれがデビュー会合となりました。既に報じられている通り、市場から失望を買ったという点では散々な結果に終わりました。しかし、最初に断っておきますと、私は市場が失望しているからといってECBが利下げすべきだったとは思いませんし、むしろこれだけの暴風が吹き荒れる中で「要らんものは要らん」という胆力を持って不要不急の利下げをしなかった判断は評価されるべきと思っています。どう考えても深掘りは無駄なのですから。

しかし、市場期待は必ずしも正しい政策運営を求めているわけではありません。過大であろうと、市場は「欲しいものは欲しい」と強欲に緩和カードをねだりに来ます。ドラギ総裁はこの辺をいなすのが非常に巧い総裁でしたが、ラガルド総裁はやはり実直さが仇になったな・・・という印象を持ちました。とはいえ、もう過去2回のように「気候変動に貢献したい」とか「デジタルユーロが~」など、眠たい理想論や大きな話を語る余裕はなくなり、それでも冷静さを失わず、微笑みながら会見をさばいていた姿は流石の百戦錬磨という印象も持ちました。欧州債務危機の最悪期でIMFのトップだったのは伊達ではないのだと思います。しかし、中銀総裁はIMFトップと違ってより短い時間軸で優れた反射神経で市場を飼い慣らす能力が必要であり、それは中長期的な目線に立つことが多いIMFとは似て非なるものだということでしょう。ラガルド総裁ならばすぐに学習して、今後同じ轍を踏むことはないと思います。

痛い失言も、迅速なリカバリーショット
社債を軸とする民間資産購入や▲75bpsの流動性供給など、それなり見どころはあったと思いますが、市場は「満額ではない」ということに不満を覚えるものなので、そこまで今回の包括緩和を酷評する必要はないでしょう。しかし、1つ、完全に失言がありました。そは以下の質疑です。

 【記者】現時点ではイタリアのように激しいアタックを受けている国(の国債)もあります。もし国債利回りが上昇した場合、ECBは何ができるのでしょうか?特定国を救済するためにOMTプログラム(無制限の国債購入プログラム)を稼働させる可能性も選択肢に入るのでしょうか?

【ラガルド総裁】(前略、※柔軟性を持って対応はするがという趣旨の後)我々は国債利回りを抑制するためにやるわけではない。それはECBの機能や使命ではない。そうした問題を処理するための別の政策や別の役者がいる(we are not here to close spreads[1]. This is not the function or the mission of the ECB. There are other tools for that, and there are other actors to actually deal with those issues)

ラガルド総裁は悪気があったわけではないでしょうし、そもそも言っていることは正しい訳です。しかし、このような局面ではやはり「言って良いこと」と「言って悪いこと」があります。「べき論」や「筋論」は危機時に悲観や失望、時に恨みしか買わないことは白川元日銀総裁時の日本銀行を思い返せばよく分かるでしょう。当然、この発言の後、イタリア国債の利回りは急騰しました。今、言うべき趣旨の発言ではなかったのは間違いありません。

その影響の大きさや失態としての認識がECBにもあるのでしょう。会見後の原稿には注釈がつけられ、直後のCNBCインタビューが掲載されております。これが以下です。わざわざ国債を購入対象とするPSPPを柔軟に利用するというメッセージが示唆されており、どう考えても火消しです:

この苦境において、ユーロ圏が抱えるあらゆる分断(fragmentation)を回避するように尽くします。国債利回りの上昇(≒スプレッドの拡大)は新型コロナウィルスの感染拡大が金融政策の波及経路を損なっていることによるものです。我々は公的部門購入プログラム(PSPP)を含めた拡大資産購入プログラム(APP)の中で柔軟性を活用していくつもりである。本日承認されたパッケージは国債市場の混乱を回避すべく柔軟に活用されるものであり、必要とされる決断や力強さを行使する用意があります。

早速の「なんでもやる(do-whatever-it-takes)」
 私が一番印象に残ったのはある記者が「これはラガルド総裁にとっての“your do-whatever-it-takes moment”ですか?これほど早くやってくると思っていましたか?」という質問をした場面でした。言うまでもなくドラギ元総裁の名言「なんでもやる(do-whatever-it-takes)」を引用したものです。これに対し、ラガルド総裁は就任前にドラギ元総裁と話した際、「なんでもやるという状況にならないことを祈る(I would hope that I would never have to do whatever it takes)」と自身が述べたことを述懐しています。面白いエピソードです。

これに対し、ラガルド総裁は「“第二のなんでもやる(whatever-it-takes number two)”となったことについて言いたいことはない」と述べた上で、財政当局も含めた一致協力体制の重要性を強調した。これはドラギ元体制において拡張財政路線が各国で取られないことによって、結果的にECBに皺寄せが来たことへの苦言を暗に呈しているのでしょう。恐らく、それがドラギ元総裁からの伝達事項であり教訓でもあったのではないかと察します。いずれにせよ今後、ラガルド総裁は同じような場面に遭遇することでしょうが、持ち前のキャラクターと聡明さで乗り切って貰いたいものです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?