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退職金をもらった経験から、その今日的あり方を考える

私自身は3年半ほど前に会社を退職して退職金をもらった。その経験から退職金制度の意義と今後どうあるべきかについて、考えてみたいと思う。昨今では早期退職の募集も多くの企業が実施しているので、今後早期退職をする人・早期退職を考えている人の参考にもなるなら幸いだ。

自分の場合、約25年の勤続を経て退職し、また早期退職制度を利用したため積み増しもあったので、ある程度まとまった金額の退職金を得ることが出来た。

退職金については、従来は定年退職の時に受け取り、会社の企業年金等ともあわせて老後の生活資金にするという考え方が一般的だったと思う。しかし、改めて申し上げるまでもなく平均寿命が延び、老後と言ってもかつて考えられてきたような過ごし方や年数ではなくなってきている。定年後に別な会社に入り直す人も出てくるだろうし、また独立起業する人も出てくるだろう。少数かもしれないが、そういう人がすでに出てきている。こうした中で、定年退職金は、もはや老後資金という側面だけでは捉えきれず、新たな生活を始めるための準備資金という一面も持ちはじめている。

私自身、もらった退職金は主として老後のために残しておくという選択をしたが、家族と話し合ったうえで、自分自身の会社を起こす時の資本金を含む開業資金と、事業が軌道に乗るまでの生活資金としてもその一部を使った。また、自分自身が深く関わっているスタートアップ企業のニーズにこたえ、資金を拠出する形で株主になり、会社の成長を資金面からも応援することにも使った。これは老後に向けての資産運用の一環と考えることもできるのかもしれないが、資産運用としてはハイリスクであり、むしろ今の社会を活性化していくための資金と考えての使い方だった。

もし、退職金制度がなくて、会社を辞めて自分の会社を起こす時にまとまった開業資金が必要だとなった場合どうしただろうかと思うと、在職時に給料の一部をきちんと貯蓄・資産運用しておくか、借入をしてまかなうかだろうと思うが、給与から一定の額や割合を長年にわたって貯蓄・資産運用に回すことにせよ、借り入れにせよ、面倒がともなうだろうな、というのが実感だ。

給料の天引きによって自動的にお金を貯めるという仕組みは非常に簡単で貯めやすいものだと思う。これまでの退職金というのは働いたぶんの給与の後払い的な性格があると言われているが、そうした「後払い」がなくなっていく可能性がある今後の給与体系においても、給料の一定額を会社との取り決めで会社内で積み立てておき、場合よっては会社がそれに一定の利子を上乗せして(ゼロ金利時代には現実的ではないとしても)、会社を辞める時にこれまでとは別な性格・位置づけでの「退職金」として受け取れるような仕組みがあればよいのではないか。定年退職であれ早期退職であれ、自分が次の一歩を踏み出すための資金として活用できることは非常に選択肢の幅をひろげてくれる、と振り返って思う。いまでも一般財形貯蓄の制度がこの目的に使えそうだが、いったん自分の所得となるため、税制面でのメリットが少ないように感じる。

また、老後資金という意味合いでの退職金については、企業年金と合わせて考えておく必要がある。私自身も所属していた企業の企業年金が確定給付年金から確定拠出年金に変わることによって早期退職の決断をしやすくなったという事実がある。確定拠出年金になることによって自分が在職した年月数に比例して拠出額に反映されるため、在職期間の長さともらえる年金拠出額が比例することになったのだ。それまでの確定給付年金の場合、私が在職していた企業であれば50代の後半まで勤めないと、ほとんど企業年金が受けられないような仕組みになっていた。こうした点も、退職金について考えるときにはセットで検討する必要があると思う。

この記事にもある通り、税制上もこれまでは長期に同じ会社に勤めていることを優遇する仕組みがあったが、企業年金制度にせよあるいは退職金制度にせよ、働いた年数に比例して遇されるという形になっていかないと、企業の新陳代謝を促すという意味でのお金の使われ方が難しくなっていくと思う。

新型コロナウイルスの影響もあって世界的に経済の状況が大きく変わり企業の新陳代謝が一層強く求められるであろうと思われる中、意思がある人は企業を辞めて独自に会社を起こすことを容易にしていくことが、日本経済全体の活性化につながることは間違いがないだろう。そうであるなら、独立する意思のある人が会社を辞めやすい退職金ないしは企業年金の制度や税制は、より一層整備を進めていかなければならない。

また退職金とはやや意味合いが異なる話かもしれないが、ある企業を辞めて独立し起業する人の場合、その人の新たな事業はもともと所属していた企業と親和性が高い可能性がある。そうであるなら、退職予定者が希望すれば、会社が例えば開業時の資本金の数%をほぼ無条件に出資して株主になる(ただし上限額は決めておく)といった、いってみれば企業がエンジェル投資をするような仕組みというのも、考えられないだろうか。これも、独立起業を後押しする形での広い意味での新たな「退職金」制度と位置づけうるのではないかと思うし、企業にとっては新規事業開発の一環、オープンイノベーションのタネを確保する施策とも考えることが出来る。

もちろん、株主になることの是非はあるだろうから、退職予定者が希望しない場合は会社は出資できず、また一定以上の比率で出資をする場合は、会社と退職者が双方合意した場合にこの制度が適用されることにしておく必要があるだろう。また数限りない退職者=起業に対して分散投資をすることになるので、その管理事務的な煩雑さもあるだろうから、一定の期間が経過した場合に、会社がその株式を経営者に買戻しを求められるといった規定の整備も必要になるだろう。

いずれにしても、会社に長く勤める、別な言い方をすれば従業員を縛った結果として、老後の生活資金という形で退職金を給付するという考え方を脱却し、ある一定の期間会社にいた従業員の在職中の福利厚生に留まらず生涯にわたる人生のサポートをし、同時に会社自身も将来の事業のタネを確保するための新しい「退職金」制度を新たに模索していくことが出来たら素晴らしいと思う。こうした従業員や元従業員との関係の作り方は、一部の企業が取り組み始めているアルムナイとの関係構築の趣旨にも沿うものだろう。


従業員を会社に縛る退職金ではなく、むしろ人材の流動化・活性化を促し、もって産業の新陳代謝を図ることで、巡り巡ってその会社にとってもプラスがある、といった目的の新しい「退職金」制度に変えていかなければいけないのではないだろうか。古いタイプの退職金制度の存在意義は今の時代には微妙なところがあるが、このような新しい「退職金」制度なら、ぜひ継続、というよりも創設してもらいたいと思う。


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