トランプ氏と為替の考え方~前回教訓を踏まえ~
ドル/円相場は遂に155円を突破し、156円到達を窺う地合いにあります。直接的な原因があったわけではありませんが、日銀会合前ということを踏まえると利上げを催促するような投機的な円売りという可能性もあります。昨年8月のnoteで心配した通りの展開になっているように感じます:
なお、止まらない円安相場に関し、約34年ぶりとなっている円の対ドル相場を取り上げたトランプ氏がSNS上に「アメリカにとって大惨事(a total disaster)」と投稿したことが大きく報じられています。今後この手の話題は注目されるでしょうから、取り上げてみたいと思います。今回の記事も時間軸が短いものなので、どなたでもお読み頂けるようにしておきます。:
同氏はドル高に関し、「愚かな人々にとっては聞こえがいいが、米国内の製造業はドル高で競争できなくなっており、ビジネスの多くを失ったり、外国に工場を建設したりすることになる」と立場を明示した上で、バイデン大統領が円安・ドル高を放置しているとの批判を展開している。
こうした言動は 前回のトランプ政権(2017~20年)を知る市場参加者にとってさほど違和感が無いものでしょう。トランプ氏の脳内は「円安はドル高の裏返しであり、米国の製造業が煮え湯を飲まされている」という価値観が根付いており、それは自身の政治戦略も相まって半永久的に変わらないと思います。当選しようとしまいと同種の発言は今後も繰り返されるはずです。
しかし、米国の対日貿易赤字は「34年ぶりの円安」に呼応して拡大しているわけではありません。確かに、過去3年間、拡大基調にあるものの、トランプ氏の在任期間と概ね同程度(約700億ドル)です:
しかも、過去2年間のnoteでも繰り返し論じているように、今年に入ってからのドル高相場はともかく、過去2年間かけて辿り着いた約34年ぶりの円安・ドル高は明らかに「ドル高の裏返し」ではなく、日本固有の要因に根差しています。事実、実効ベースで見れば2023年のドル相場は下落して越年しており、まだ今のドル高は「局面」と言えるほどのトレンドになっていません。しかも、円安によって日本の輸出数量は増えず、だからこそ貿易収支赤字が拡大し、円高への揺り戻しが生じないという構造的な問題も日本は直面しています。2022年に過去最大、2023年に過去4番目の赤字を記録した貿易赤字大国である日本の通貨が下がっていること自体、理論的に何もおかしなことは無いでしょう。円安を理由に日本の米国に対する不公正貿易を訴えてもあまりに虚しい状況です。
既に大きい日本企業の貢献
振り返ってみれば、2016年11月の当選前後から2020年1月の任期満了に至るまで、トランプ氏は執拗に対米黒字を抱える国を攻撃し続けました。これは前回の就任当初からずっとそうでした:
その最大の矛先は米国の貿易赤字の半分を占める中国でしたが、メキシコや日本、ドイツなど外交的に近しい国にも執拗な批判が重ねられました。
例えば、日本に対しては貿易不均衡の是正を念頭に、日本の自動車企業が米国での現地生産を増やすよう繰り返し要望を口にしていました。しかし、日本企業の貢献は既にかなり大きいものでこれはトランプ氏による壮大な誤解です。下表は2021年時点のG7および中国、韓国の米国進出企業に関し、雇用者数と雇用者報酬のシェアを大きな順に並べたものです:
賃金で見ても、雇用者数で見ても、日本企業による米国の雇用・賃金情勢への貢献は非常に大きいものです。米国に感謝されることはあっても批判される筋合いはないでしょう。このように真っ当な正論があっても、トランプ政権には通じないことがままあります。
結局、何も考えていない?
前回政権の記憶を持たない市場参加者はトランプ再選後の為替市場に大きな懸念を抱いているかもしれません。しかし、筆者はあまり心配していません。トランプ氏は「弱いドル」への執着を常時口にしているかと思えば、突然「最終的には私は強いドルを望む」と述べるなど、為替への定見はかなり怪しいものがあるからです。ある時は深夜に大統領補佐官へ電話して「強いドルと弱いドル、米国経済にはどっちがいいんだっけ」とたたき起こした逸話も報じられました。ゴシップ記事ではなく日経新聞が報じています:
なお、同政権時代はムニューシン財務長官(当時)の発言も右往左往しており、恐らくはトランプ氏の定まらない為替への定見が反映されているように思われました。そうした政権の定まらない為替への思いは在任期間中のドル相場の動きにも反映されており、ドルの名目実効為替相場(NEER)に関し、トランプ氏当選から退任までの変化率を見ると実は横ばい(▲0.01%)である。言動が派手だった割にはドル相場が明確な方向感を伴っていたわけではない:
先に述べたように、トランプ氏がドル安への志向を露わにするのは、自信の票田である米北東部の工業地帯(通称:ラストベルト)へのアピールという政治的意図からであり、経済・金融情勢を慮って情報発信しているわけではないというのが前政権を踏まえた上での筆者の理解です。一言で言えば、トランプ氏は通貨・金融政策に関して「何も考えていない」という可能性も十分考えられるでしょう。
構造変化の議論はまた別
以上のような比較的時間軸が短い話題はどなたでもお読み頂ける公開記事でやらせて頂いておりますが、最近花盛りとなっている国際収支の構造変化(例えばデジタル赤字や戻らぬ黒字問題、インバウンド黒字等)は下記メンバーシップで色々な議論を重ねております。掲示板などを通じて皆様の意見をお聞きして、勉強させて頂いております。ご関心のある方は覗いて行ってやってくださいませ。ハードルはとても低くしてあります: