新卒から複業させるべき3つのポイント【日経COMEMOテーマ企画_遅刻組】
複業の対象から外される新入社員
複業の解禁を推奨する組織が増えているが、運用上では制約を設けていることが多い。その中でもよく見かけるのが、新卒・第二新卒といった新入社員をはじめとした、入社年次の若い社員を対象外とすることだ。
入社年次の若い社員に複業を解禁しないのは、まだ社会人になったばかりであり、まずは本業の仕事を覚えるのに本腰を入れて欲しいと判断されるためだ。また、現状の複業は、本業で培った専門性を活かし、外に活躍の場を広げるケースが多い。ロート製薬の取り組みが代表的だ。
しかし、新卒は複業の対象から外すというのは、必ずしも正しい判断と言えるのだろうか。この疑問の背景には、「まずは本業に専念して欲しい」という発想が就職ではなく、就社の発想から抜け出ることができていない印象を受けるためだ。就社とは、企業に過剰適応してしまい、自分のキャリアと企業内キャリアを同一視している状態だ。入社してから3年も経つと、多くの新入社員が良くも悪くも会社のカラーに染まる。その結果、尖った人材を採用したのに丸くなってしまったと嘆く企業人事は多い。現状の多くの日本企業が採用している人材育成のシステムでは、入社後3年もすると、就社してしまう。
ジョブ型雇用のように、特定分野に専門特化したプロフェッショナル人材や自身のキャリア開発を自律的に考える人材を求めるのであれば、複業で社外の広い世界にも接点を持たせることは一考に値するだろう。新卒を対象から外すというのは、現在の複業における壁の1つと言える。
新卒に複業をさせる3つのポイント
新卒に複業をさせるにあたって、注意すべきポイントはどのようなものがあるだろうか。当然、「複業の範囲を広めて新卒にも拡充しました」とアナウンスしただけで、突然、新卒社員が複業に乗り出すことはないだろう。どちらかというと、若い社員は生み出す生産性よりも支払われる賃金のほうが低い割に合わない状態(専門用語で「人質/ホステージ」と呼ぶ)にある。そのため、自己実現や成長目的の複業よりも、金銭目的の副業にシフトしがちだ。そこで、ここでは「複業」を推進するための3つのポイントを紹介したい。
ポイント①:母校と関わりを持たせる
複業の大きなメリットは、会社人生だけだと視野狭窄に陥りがちな価値観を広げることができる点だ。会社の中だけにいると、いわゆる「会社の常識、非常識」状態になって世間とのズレが生まれる。世間とのズレは顧客や市場との乖離に発展しかねない癌の種のようなものだ。
このような問題に対して、伝統的な方法ではどのように対処してきたのか。その有効な手法の1つが、大学のOB/OG会やゼミ会の存在だった。慶応大学の三田会が有名だが、卒業後も母校のネットワークに所属することで、会社以外の人脈を得、自分の価値観の硬直を防いだ。
新入社員は、卒業したばかりなので母校とのつながりも強い。そこで、新入社員の複業として、大学のOB/OG会の事務局やゼミ会の幹事役をお勧めしたい。また、新入社員が大学と関係を持ち続けることができるので、リクルーターとして後輩の採用に繋げることができる。
ポイント②:希望職種に挑戦させて適性を確かめる
入社時に希望する職種や仕事に就ける新入社員は幸せだ。しかし、多くの新入社員が採用面接で希望した職種に就くことはできない。学生が志望することの多い、マーケティングや経営企画などの華やかな職種は限られたポストしかなく、すべての希望を叶えることは難しい。結果として、多くの新入社員が「今は興味のない職種を頑張って、将来的に希望する職種に就くことを祈る」状態となる。そうした時に、複業先で一先ず挑戦させることが可能だ。
似たような話を、某コンサルティング会社の出身者から聞いたことがある。そのコンサルティング会社は、中国進出の前段階として中国語が堪能な学生を採用したが、その学生に任せる仕事が入社直後にはなかった。そこで、本業として中国とは関係のない仕事に従事させながら、定期的に中国と関連のある他社のプロジェクトに参加させていたという。そして、学生が入社してから10年近くたち、本格的に中国進出するときに、プロジェクトの中心人物として活躍したという。
ポイント③:社内複業で尖った人材の切れ味を増す
大企業の新卒採用では、明示されていない隠された層分けがされていることがある。有名なところでは、尖った人材の採用枠だ。新入社員の全員には求めていないが、新規事業を創り出すような起業家精神にあふれ、突出した個性を持つ人材が欲しいと少人数を採用することがある。しかし、そうやって尖った人材は入社後に揉まれているうちに他の大勢の社員の中に埋もれてしまいがちだ。せっかく採用した尖った人材をどう活かすのか。企業人事のお決まりの悩みの種だ。
以前、従業員の8割以上が新卒採用で入社した社員だという欧州の大手製造業でヒアリングをしたときに、どうやって尖った人材を活かしているのかを尋ねた。そのときの回答は、「尖った人材なら入社したときから尖った仕事をやらせれば良い」というシンプルなものだった。その企業では、ヤングリーダーシップチームという、部門横断で優秀な若手社員が集まって、新規事業を創る業務がある。尖った人材は、新卒の頃から、このチームのお手伝いとして携わる。
ヤングリーダーシップチームは、いわゆる1つの社内複業と言えるだろう。本業となる所属部署の業務をこなしながら、業務時間の一部を使って新規事業を創り出す。そこで生み出された事業は稟議書がいらず、役員がメンターとしてサポートし、一気に社長承認となる。似たような制度は、ネスレ日本にもみられる。
新入社員の複業化で「確定的な未来の変化」に備える
ゼネラリストの育成でネックとなるのは、1~2年程度で習得できる専門性しか身に着けることができず、長年、特定の専門性を磨いてきた人材と張り合ったときに勝つことができない点だ。現代のビジネス環境では、求められる専門性が高度化している。
この問題はコロナ禍において、より顕著な問題として表出してきた。全世界でテレワークが急激に広がったが、デジタル・スキルの取得に消極的だった日本企業の姿勢が如実に表れた。主要先進国どころかG20と比べたときにも、日本企業のテレワーク実施率と満足度は著しく低い。OECDの4月中旬の調査によれば、在宅勤務している労働者の比率は、スウェーデン、カナダ、ポーランドで30%未満、オーストラリア、イギリス、アメリカで50%程度、ニュージーランドで60%だ。テレワークの導入でもたらされる致命的な影響は、生産性の差だ。テレワークが自由に選択できる企業とそうではない企業では、生産性に雲泥の差ができる。
しかし、テレワークの議論は急に出てきた話ではない。少なくとも、5年前にはリクルートがテレワーク制度を導入し、日本でも議論がなされてきた。そのとき、「まだ自社にはできないが、将来的には確定的に訪れる未来」として備えをしてこなかったツケが今来ているだけだ。
このような、「まだ自社にはできないが、将来的には確定的に訪れる未来」は世の中に数多くある。ビジネスの英語化、ジョブ型雇用、電気自動車シフト、脱炭素化など、遅かれ早かれ適応しなくてはならない確定的な未来だ。これらの変化が訪れない未来は、確率論的には「有意差が確認できない」としてゼロに近い。このような未来への対応のために、新卒社員の複業が活用できる。新入社員が活躍する社会には、このような「確定的に訪れる未来」が虎口を開けて待っているのだ。
例えば、2030年に、ガソリン車の販売禁止はおそらく達成されるだろう。欧米中の情勢からして、この予定を後ろ倒しにする理由がない。未来を見越して、今、新入社員に電気自動車関連の複業をさせることは10年後の変化に備えるのに有効な投資だろう。
新入社員の複業は、将来起こる大きな変化に適応するための投資である。ヤフーCSOの安宅氏が語るように、社会変革はゆっくり起こるのではなく。一気に劇的に起こる。変化を認知してから備えるのでは遅いのだ。