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EnterPrise SaaSを考える③ 〜セールス編〜 採用できなくても、育ててつくるエンタープライズセールスチームのつくり方

「エンタープライズを攻めたいけど、どう始めたら良いかわからない」
「エンタープライズセールスの採用ができない」

こういった話を聞かない日はないくらい今スタートアップでは語られること。一社でも多くスタートアップが大企業と取引できるように、ライフワーク的に自身が持つノウハウやRightTouchでの取り組みを登壇などで発信する機会を最近多く持たせてもらっていました。

昔まとめたカスタマーセールス以来、時代も変われれば、自分の考えもだいぶ進化して、カスタマーセールス進化版としてもnoteに書き残す必要がでてきたな、と感じていたところでした。

創業初期からエンタープライズをターゲットに決め、事業を推進してきたRightTouch。エンタープライズSaaSのど真ん中を行く事例として発信していくと決めて、共同代表の長崎が全2回(ポジショニング、新規事業開発)を公開させていただき、嬉しいことに多くの反響をいただきました。

今回はこの続編でもあります。RightTouchで実施している内容は決して順風満帆ではありませんが、一社でも多くのスタートアップがエンタープライズとのビジネスを拡大できるようにノウハウを余すことなく共有する腹づもりでnoteを書きました。

それでは始めましょう。


1. 事業によって変わるセールスチームのかたち

同じSaaSビジネスであっても、ターゲットとなる企業規模やプロダクトの展開方法によってセールスチームの作り方や戦略は大きく異なります(下記の図を参照)。

まずはターゲット規模、SMB(中小企業)とエンタープライズ(大企業、以下EP)の違いを見てみましょう。

ターゲットとプロダクト展開によるセールスの違い

SMBとEPセールスの難易度の違い

SMBセールスは、ターゲットとなる企業数が多く、商談単価が低いため、目標達成に数多くの契約締結が必要になります。そのため、マーケティングによるリード獲得が成否を左右し、そのリードを短期間の商談日数で契約に結びつけることが鍵となります。

計画通りにリード獲得をし、セールスを採用し、契約締結を進めていく効率的な管理が肝要で、その点で難易度が高いといえます。

一方、EPセールスは、全く異なるチャレンジを伴います。EPセールスは、ターゲットとなる企業が少なく、商談単価が高いのが特徴です。

そのため、一つの契約が企業の大きな利益をもたらしますが、同時に決裁にあたってのステークホルダーが増え、会社として意思決定を行うまでのプロセスが非常に複雑です。

契約に至るまでの時間も長く、一つの契約を獲得する難易度は非常に高いのが特徴です。

さらに、EP向けSaaSはスタートアップでは少ないため、そもそもEPセールスを経験した人材が少なく、採用も困難です。

このため、EPセールスは、限られた経験者をいかに採用し、その経験者のノウハウを活用して、未経験者を育成していくかが重要になります。

プロダクトの展開方法によるセールス難易度の違い

次に、プロダクトの展開方法について見ていきます。ここでは、単品 / マルチプロダクトと、コンパウンド型プロダクトの違いがセールスの難易度に影響します。

単品 / マルチプロダクトモデルでは、特定のプロダクトに特化したセールスやマーケティングチームを編成します。それぞれのチームが自分たちの担当プロダクトに集中すればよく、専門知識を深めやすい環境が整っています。

このモデルでは、各プロダクトにおけるセールス活動が独立しており、マーケティングと営業の連携が効率的に行われやすい点が特徴です。

それに対して、コンパウンド型プロダクトモデルでは、複数のプロダクトを組み合わせて提供し、顧客に統合的な価値を提案します。

このモデルの利点は、初回の契約で顧客を成功に導ければ、次のプロダクトが自然と採用されやすくなること(Land-and-expand)です。

しかし、その反面、セールスチームには広範なプロダクト知識や顧客ニーズの理解が不可欠です。

このため、セールスイネーブルメント(セールスに必要な知識やスキルの提供)が極めて重要となり、個人としてではなくチーム全体の訓練や育成の戦略が不可欠です。

EP SaaSのセールスチームに求められていること

RightTouchは創業当初からエンタープライズ市場にターゲットを定め、コンパウンド型SaaSプロダクトを展開しています。弊社を事例にしてお話しをします。

事業初期においては、業界変革のために、最もカスタマーサポートの取り組みが進んでいる「次世代CS型」の顧客にターゲットをかなり意図的に絞り(約100社程度)、CSに変革の波をつくることに専念しました。

RightTouchのGTM

その結果、「次世代CS型」の顧客が獲得でき、事例となり、顧客が顧客を呼ぶ構造ができ、顧客基盤を強化できています。

今はターゲットを「王道CS型」に拡大し、さらにABM以外の顧客への価値提供も模索して、変革の波を広げようとしています(3兆円規模のCSマーケットの裾野はまだまだ広い!)。

現在提供するプロダクトは3つですが、今後1年でさらに新しいプロダクトを複数リリースする計画が進行中です。新しいプロダクトが常に拡大する状況下で、セールスチームとして意識し続けるべきことは二つあります。

セールスチームとして意識し続ける二つのこと

①一つ目は既存製品のターゲットを拡大し続けること(PMFは終わらない)です。

カスタマーサポートの内容は業界ごとに異なるため、単に未実績の業界にプロダクトを売るだけではなく、フィードバックをもとにプロダクト開発を進め、製品のケイパビリティを広げるビジネス開発(Business Development)が不可欠です。

ABM拡張ループ

こうしたSOM(Serviceable Obtainable Market:ある事業が実際にアプローチできる顧客の市場規模)に対するアプローチがABMを太らせる、ABMはリファレンスカスタマーが増え、顧客が顧客を呼ぶ構造になる、こうした顧客の事例ベースを基にした事業成長(Customer Case-driven Growth)を実現し続けることで市場変革の波及効果をつくる。これがPMFが終わらない理由です。

②二つ目は新しい実績のないプロダクトの契約獲得です。

日本の大企業は、実績のない / 少ないプロダクトを採用しない傾向が強いため、いかに迅速に新製品を採用してもらうかが課題となります。

そのため、契約したエンタープライズユーザーをリファレンスカスタマーに昇華し、新たなプロダクトがリリースされるたびにほぼ営業しなくても「ぜひ試してみたい」と思ってもらえるような強固な信頼関係を築き上げておくことが、事業成長の鍵となるのです。

2. エンタープライズセールスが採用できないに対する解

エンタープライズ(EP)セールスは市場にほぼいない、というのが現実です。これまでお伝えしたように、EPセールス経験者自体が非常に少なく、特にアーリーステージのスタートアップに合う要件を持った人材となると、ほぼ見つかりません。

例えば、外資系企業にはEPセールスの経験者がいるものの、給与水準が合わない、あるいは市場に対して実績のない新しい製品を大企業に売るという経験がなく、機能が不足している製品をどう顧客と交渉しながら、顧客に納得していただきつつ、社内のエンジニアの協力を得て、プロジェクトを始めてもトラブルなく売っていくのかという観点が足りず、私たちの求める人材ではないケースも多いのです。

RightTouchの事業開始以来、EPセールス人材を探し続けてきましたが、その数は極めて少なく、今後も探し続けるものの、いない人を探しても問題は解決しないということに早々に気づかされました。

そこで、私たちは経験者採用に頼らず、EPセールスを未経験であっても「育ててつくる」という戦略に転換しました。しかし、これには課題もありました。

育成には時間がかかり、事業の立ち上がりスピードを遅らせてしまう可能性があるのです。

EPセールスを育てる方針の背景

私が新卒で、EPセールスを学んだワークスアプリケーションズ(以下、ワークス)では、EPセールスを育てるための独自のアプローチがありました。

おそらくワークスも、経験者の採用は早々に諦め、新卒採用に集中し、そのメンバーを育成する方向に舵を切ったのでしょう。

ワークスではCOOがEPセールスを生み出すためのセールスイネーブルメントに徹底的に取り組んでおり、育成に多くのリソースを割いていたのです。

私はその現場で、EPセールスをメソッド化し、営業ノウハウを型化する手法を学びました(興味ある方は営業ノウハウのnoteを過去にいくつか出してますのでご覧下さい)。

RightTouchでも当初、この原体験を元に、同様の方法でセールスチームを育成してきました。セールスの手法を型化し、それを未経験メンバーに適用することで、初回商談の突破率は60-70%という高い成果を上げることができました。

しかし、思い返してみると、この方法では、ワークスと同様、新卒メンバーが一人前に売れるまでに約3年、中途採用の経験者でも2年はかかるという遅い立ち上がりが課題となるのが予想できました(経営していると2-3年の戦力化は待てないよな、となりますね)。

新しいアプローチへのシフト

共同代表の長崎と壁打ちをしていた際、長崎自身がセールス経験がなくても売れている理由を探る中で、下記のように「業界知識や提案力、事例コンテンツを強化することで、プロダクトや業界解像度を高めた方が、早く成果を出せるのではないか」という結論に至りました。

EPセールス力のつけ方

ワークス時代はオンプレミス商材を扱っていた(時代は古くクラウド誕生直後だった)ため、単価が高く、SaaSよりも導入が難しい面がありました。

システムの減価償却が5年というのもあり5年に1回の検討がサイクルで、商談日数は平気で2-3年ということもありました。

そのため、大型案件を長い期間かけて顧客内を説得して契約に導く営業ノウハウが、当時は顧客にとっても非常に重要でした。

しかし、現在はSaaSの導入ハードルが低くなり、商材の単価も当時と比べて低くなり、顧客は営業スキルだけでなく、顧客のニーズやマーケットの状況を深く理解していることが、信頼されるセールスの要件となってきました。

このような時代背景の変化もあって、RightTouchでやろうとしている新しい考え方がこれからのセールスチームのつくりかたに適合しているのではないかと感じ、従来の営業ノウハウだけを上げていくようなセールスチームの作り方を捨て、新しいチーム作りの方向に舵を切りました。

新しいEPチームの登り方

Business Designという構想

具体的には、セールスチームがサクセスも担当し、サクセスチームもセールスを経験するという役割のオーバーラップをさせるようにしました(わたしも人生初のカスタマーサクセス経験をしました)。

セールスとサクセスの両方の視点を持つメンバーが育ち、顧客に対してより深い理解を持つことがこの取り組みの意図です。

この新しいアプローチは、非常に良い成果をもたらしました。EPセールスのノウハウがなくても、プロダクトや業界解像度が上がることにより、顧客への提案が高度化し、信頼獲得ができるようになり、EPセールス、なんならセールス自体の未経験者でも契約につながるようになったのです。

こうしたセールスとサクセスの両方を担当できる役割として「Business Design」と名付け、このコンセプトに基づいた新人のオンボーディング体制を下記のように整えました。

business designのオンボーディング

3. 顧客が近くなったセールスチームに起きた変化

Business Designの取り組みの結果、立ち上がりの速さをつくれた以外にも、セールスチームに三つの大きな変化をもたらしました。

まず、セールスとサクセスの垣根がなくなり、チームセリングが一層進展しました。

セールスチームがサクセスも兼任するようになり、顧客の成功を共に追求する体制が整いました。これにより、個々のメンバーが単に契約を取るだけでなく、契約後の顧客の成功を意識し、さらに深い関係を築くことができるようになりました。

二つ目に、カスタマーサクセスを経験したセールスは売り方がプロジェクトに大きく影響することを肌身で感じセールスが「美しく売ること」にこだわるようになり、一方カスタマーサクセスが営業を経験することで顧客獲得コストの高さを肌で感じたサクセスは、各顧客に丁寧に接し、リファレンスカスタマーになってもらえるよう努力するようになりました。

これは、1社ごとの成功をしっかり支援し、追加提案やアップセル、クロスセルを積極的に行う姿勢につながっています。

その結果、当初想定していたよりも多くの顧客がリファレンスカスタマーとなり、二つ返事で事例記事やカンファレンスでの登壇などに協力してもらえる体制を築くことができました。

エンタープライズにおいて、顧客が他の顧客を呼び、ビジネスの成長を促進するという非常に貴重な構造を作り上げたのです。

三つ目、これが大きかった。新規プロダクトの開発段階から、これらのリファレンスカスタマーが壁打ちや調査に協力し、モック段階での意見交換も行ってもらうなど、プロダクト開発にも顧客が深く関わるようになりました

これにより、新しいプロダクトが出る前から顧客の関心を引き、発売後にはすでに契約が進むという、エンタープライズセールスの世界では非常に稀な状況を作り出せたのです。

これこそ、私たちが掲げてきた「顧客と共に成長する」という理念が体現された結果であり、この点に興味がある方は、ぜひ私の下記のnoteもご参照ください。

おまけ:顧客の解像度をさらに上げるための活動のススメ

Business Designという役割を設けただけではなく、顧客の解像度をさらに上げるため、売上に直接関わらない一見非効率とされるような活動も積極的に実施しています。

以下にその代表的な取り組みをいくつか紹介します(セールスに限らず全社でやっている取り組みでもあります)。

  • CAB(Customer Advisory Board)
    顧客の意思決定層を集め、交流の場を提供するイベントを開催しています。顧客同士のネットワークを強化し、特定の顧客に講演していただくなどして、勉強会も兼ねた場を作り上げています。ここで得られる情報には、業界トレンドや、セールストークに応用できる貴重な内容が多く含まれています。

(CABについて知りたい方は下記の記事がおすすめです)

  • コールセンター見学
    顧客のコールセンターを実際に見学し、オペレーターの業務や使用システムを横に座って観察しながら、オペレーション上の課題を直接把握しています。

    これにより、今後のプロダクト開発に役立つフィードバックや新規事業を考える上での示唆を得ることができます。ビジネスメンバーだけでなく、エンジニアやデザイナーも参加する取り組みです。

  • クライアントトーク
    RightTouchの製品を導入し成果を上げている顧客にご来社いただき、契約の理由や導入前後の変化、期待することなどを話していただく機会を設けています。この場で得られたフィードバックは、製品の改善や新規プロダクト開発の方向性を探る重要な場となっています。これも全社の取り組みです。

クライアントトークの一場面

こうした活動を通じて、RightTouchのセールスチームは単なる営業チームではなく、顧客と共に成長し、信頼を築くパートナーとして進化を遂げています。

4. セールスチームの未来

冒頭にも書きましたが、以前「カスタマーセールス」という考え方を提唱していましたが、時代の変化に伴い、私たちのアプローチも少しずつ変わってきています。

これからの未来では、SalesやSuccessという職種の境界がますます低くなり、新たな役割が生まれてくると考えています。その先駆けとして、RightTouchではBusiness Designという役割を作り、新しいビジネスの形を模索しています。

RightTouchを経営するなかで、顧客解像度を上げる取り組みが、セールスのキャリアにおけるケーパビリティを広げることができるということが明らかになってきました。

顧客に深く関わり、彼らのニーズや課題を正確に理解することが、セールスパーソンの力をより強力にし、幅広い領域での活躍を可能にするのです。

また、カスタマーサクセスは、これまで培ってきた高い顧客解像度を活用し、セールス力を磨くことで、顧客への貢献度を自ら切り開く力を強化しています。

このような取り組みによって、RightTouchがプロダクトをコンパウンドに展開していく段階で、0→0.1、0.1→1、1→10のそれぞれのフェーズで必要となる強力なBusiness Developmentやプロダクトマネジメント(PdM)を担える人材を育成しやすくなっています

business designのキャリアパス

私たちは、セールスチームの未来を、事業を推進する原動力としてのBusiness Designと位置づけています。SalesやSuccessの枠にとらわれず、顧客と密接に向き合い、ビジネス全体をデザインし推進していく力が、これからのビジネスの成功に不可欠であると確信しています。

5. ビジネスチーム全体が事業開発として駆動するサイクル

未来にむけて事業を推進する中で、今RightTouchのビジネスチームが今作り上げているのは、下記のような顧客との共創サイクルではないかと考えています。

Co-Creation Cycle

私たちのプロダクトを活用して成果を出している企業が、その価値に満足し、さらなるエクスパンション(拡大)を進めることで、ビジネスへの影響が広がり、最終的には顧客の業務にとって不可欠な存在になっていきます。

この過程で、顧客にとって私たちのプロダクトが経営的にも重要な役割を果たし、顧客との関係はさらに深まります。結果として、顧客は自社の未来構想や中期経営計画を議論する際、RightTouchを頼りにする存在となり、私たちはその計画の一部として協力し、強固なリファレンスカスタマー関係が築かれていくのです。

中期経営計画は3〜5年先を見据えたものです。そのため、私たちのプロダクト構想や未来のビジョンに基づいて顧客と緊密に協議することができ、顧客は私たちのプロダクトやサービスに未来の期待を込めるようになります。

これにより、実績のない新プロダクトでも、先進的な大手企業が率先して契約・活用する流れが自然と生まれるのです。

この共創サイクル(Co-creation cycle)が形成されることで、顧客が単なるパートナーではなく、共に未来を創り上げる「共犯者」として事業に参画してもらい、事業の成長に貢献してくれるのです。

このようなチームだけではなく、顧客やステークホルダーが共犯者となり、市場に変革をもたらす動きに一体感が生まれる瞬間こそが、私たちが事業を続ける理由であり、これからもやめられないと感じる最大の魅力です。

エンタープライズセールス、いやサクセスを含めたBusiness Designという役割が事業開発を促進していく大事な燃料をつくっていく欠かせない存在なのです。

6. 終わりに

「EnterPrise SaaSを考える」第三弾となった「セールス編」は以上となります。エンタープライズセールスにおける理解が少しでも深まっていただけたのなら幸いです。

ここからはお願いです。

少しでも良いと思っていただいた方は、なるべく多くのスタートアップで働く方々に届けたいので、ぜひ拡散をお願いします。

また、RightTouchはエンタープライズ市場中心に急速に事業成長しており、一緒に働ける仲間を熱烈募集しています。

Enterprise SaaSおもしろそうと思った方、RightTouch自体に興味を持ってくれた方、ざっくばらんな雑談やカジュアル面談からでも大歓迎です。


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