中銀独立性とトランプ発言を考える
トランプの苦情をどう考えるか
たびたび報じられているように、トランプ米大統領が中央銀行であるFRBの政策運営に口先介入(簡単に言えば苦情)を申し立てています。端的には「利上げするな」という注文ですが、政治からの独立性が自明の前提とされている中銀に対してこれほど露骨かつストレートに意見を申し立てる国家元首は異例です。直近では、日本の10連休中の「例えば1ポイント程度の幾分かの利下げが実施され、幾分かの量的緩和が実施されれば、米経済はロケットのように上昇する可能性がある」とのツイートが記憶に新しいです。大統領としてFRBにやってほしいことは、利下げと量的緩和(QE)の再開なのです。こうした挙動を認めるかどうかというと、まだまだ議論と時間が必要かと思いますし、認めるにしてもここまで奔放な物言いはやはり危ういと言わざるを得ないでしょう。
今は「インフレにならないこと」が問題
しかし、です。そもそも「中央銀行の独立性」が重要とされるのは、(好景気が利下げなどの金融緩和に支えられて続くことを求めがちな)政治による介入を許せば野放図な金融緩和が容認され、それが制御不能な物価の上昇を招く可能性があるからです。極めてラフに言えば、インフレ予防ないしインフレ警戒が根底にあります。ですが、現在は世界的に物価の騰勢が抑えられており、むしろ「インフレにならないこと」が問題となっています。それはアメリカも例外ではありません。インフレ期待(5年・10年・30年)はいずれの年限もFRBの政策スタンスが軟化し始めた2018年秋以降、明確に屈折しており、株価が戻りを見せ始めた今年に入ってからも復調の兆しが全く見られません:
「教科書的な懸念」は発生していない
ここでトランプ大統領の金融緩和催促に目を戻しましょう。教科書的な懸念が正しければ、一国の元首がこれほど露骨に金融政策に口先介入すれば、「不適切な金融緩和の実施→景気過熱→インフレ高進→金利上昇」といったネガティブな連想につながりかねないものです。しかし、現実はトランプ大統領が口先介入すると米金利は下がり、ドルも売られることが多いです。本当にアメリカ経済にインフレ懸念が内在し、トランプ大統領の緩和催促が「失言」ならば、インフレ期待も米金利も上がり、通貨の信認が毀損することからドル安が進むのではないのでしょうか。ドル安が起きていることは共通していますが、単純に「米金利の低下に応じた売り」と「通貨信認の毀損に応じた売り」では、大きく意味が異なります。結局、大統領がこれだけ放言しても金利が下がり(米国債価格は上がり)、インフレ期待も低迷したままということは「インフレ懸念などない」ということであり、「利上げが正当化されるような環境ではない」と理解すべきでしょう。正否は別にして、トランプ大統領は自身の言動をもって主張の正しさを証明したようにも見えます。
「教科書的な懸念」は発生せず、中銀独立性の再考?
繰り返しになりますが、国家元首(政府)と中央銀行の間には適切な距離感というものがあって然るべきでしょう。しかしながら、現在のような「ディスインフレ(インフレではないがデフレにもなっていない状況)下での中央銀行の独立性」と、過去のような「インフレ懸念下での中央銀行の独立性」では考えるべき論点も若干変わってくるという視点はあっても良いはずです。トランプ大統領の一連の発言と市場の反応を見て、筆者はそのような印象を抱いた。リーマン・ショック後の約10年を振り返ってみても、金融政策ではなく財政政策を主軸に景気刺激策を展開していくべきだという論陣が多々見られるようになっています。詳しい解説は避けますが、財政ファイナンスやヘリコプターマネー、FTPL、最近では日米の政治論戦でも頻繁に登場する現代貨幣理論(MMT)などがその類です。これらは過去であれば、中銀の独立性毀損やこれに付随する通貨の暴落、そしてハイパーインフレの懸念などから、議論することすらタブーとされたものでしょう。結局、これは金融政策に対する伝統的な考え方が曲がり角を迎えていることの証左なのだと思います。トランプ大統領の「失言」は意外にも、考えさせられる論点を含んでいるように思えました。
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