価値の流通を促す「つなぐ人」の重要性
オンライン診療の社会実装が遅々として進まず、というニュース。新たな技術/技能/環境の社会実装による崩壊と再構成を推進する重要な存在は、使う人とつなぐ人。そして、つなぐ人の重要性が今後、増してくると考えています。
オンライン診療進まず
オンライン診療が進んでいない、という記事がありました。COVID-19パンデミックによる医療資源の圧迫、緊急事態宣言などによる行動抑制など、対面機会の抑制措置がさまざまな領域で推奨されました。テレワークなどは、そのわかりやすい事例でしょう。ZoomやTeamsなどのオンラインミーティングツールの伸びは、それまで数年にわたって進めようとしてきても進まなかったものが、パンデミックによって一気に社会の要請が高まったことで実装が進んだ好例と言われています。GIGAスクール構想の実施による、小学生らへのスマートデバイス配布もまた加速しました。もちろん、現場での対応についての種々の課題が、さまざまなところで噴出しています。
しかし、オンライン診療については、ほぼ、まったくと言っていいくらい、実装が進んでいないようです。
規制の壁
医療機器導入に対するさまざまな規制があります。安全性の確認。効果の確認。リスクの確認。効果とリスクのバランスの確認。全く新しいものであれば、それを医療機器として承認していく。選考類似品があるものであれば、種々の確認を簡素化し、スピーディに認証していく。とはいえ、それを製造する組織が、安全性と正確性を担保できる体制にあるかどうかを確認する必要があります。それは、多くの時間と手間がかかり、体制を維持するための組織側に求められる責任と体制構築のコストがかかります。
さらに、医療機器となってからは、広告規制の壁もあります。その医療機器がもたらす価値の訴求について、言葉の選び方や伝え方にいたるまで、細かい取り決めがあります。本来の効果効能を超えて、資本主義の欲望のままに闇雲に市場を席巻することのないように、人の生命を左右する可能性のある社会的影響の大きなものだからこその、慎重な販売方法が求められるからです。安全性の高いものを市場に出し、導入に対する公正な判断を促すことを目的としています。それは、規制をしなければ、公正な判断がゆらいでしまうという過去の状況の裏返しでもあります。
もちろん、規制とあわせて、目指すべき方向性を推進するために、診療報酬の見直しによってインセンティブ設計が行われています。
ゲーミフィケーションの基本のひとつでもある、報酬設計による行動誘導と似ています。インセンティブを増減させることで、行動の強化と抑制をコントロールするものです。
導入者の壁
新しいものの導入によって、現場の運用に対する教育的および実務的負荷は増えることでしょう。導入が浸透すれば、結果として負荷が軽減されるものだとしても、導入時の負荷が大きく見えます。冒頭に書いた、教育領域におけるスマートデバイス導入などは、その代表的な例かもしれません。
また、これまでやってこられた現場があるという事実。これも、大きなものがあります。いままで、それがなくても十分にやってこられた。現状の体制も、これまでのやり方を最大効率で最大効果をうむために積み上げてきたものだ。評価の定まっていない新しい取り組みを導入することで、それらが壊れてしまうかもしれない。そうした、新しいものを既存の枠組みに組み込むことへのリスク。さらに、その導入を推進することで背負うことになるかもしれない責任。
新しいものを導入するには、そうした現場側の大きな抵抗があります。
転職という環境を変えることでも、似たような抵抗を覚えることがあるかもしれません。僕個人の体験では、ものすごく小さなことで恐縮なのですが、30年ほど前にPCのキーボードのタッチタイピングを覚えたときのことを思い出します。マーケティング&コンサルティングの会社でアルバイトをしていた頃のこと。最初はキーボードを見ながら入力していました。それなりの速度で打てるようになり、仕事にも支障がなく、スムーズにやっていました。ある時、タッチタイピングを覚えた方が、もっとスムーズにやれるようになるよとアドバイスをもらいました。やってみようとすると、これが、まったく入力できないのです。イライラするくらい。体感としては、10秒で入力できる文字列が、1分かかるような感じです。しかし、一度習得してしまえば、単に見ずに入力できるようになっただけではなく、速度の向上とともに、思考しながら、その思考の流れのスピードに合わせて文字列を可視化できるような感覚までも手に入れることができるようになったことを覚えています。
新しい技術/技能/環境は、それまでの自分の状況を一度壊すことにつながります。その崩壊の過程は、強いストレスを生みます。しかし、再構成された後には、それまでとは格段に違う世界が待っています。
使う人がいて、はじめて未来が実現する
ベンチャーへの支援。とても大切だと思います。新しいことへの取り組み。それを支える社会的なしくみ。それを応援する空気感の醸成。そういったものに支えられて、新しい世界への挑戦を試みることができるようになります。
それと同じくらい。もしかすると、それよりも、もっともっと大切で、その動きを支援し、応援する対象に、「使うこと」があると思うのです。
使う人がいなければ、つくられたものは、価値を失います。食べてくれる人がいなければ、つくられた料理が腐敗し、ゴミになって、捨てられてしまうように。
つなぐ人の重要性
ここ数年、ずっと、この使う人の大切さを繰り返し繰り返し、機会があるたびに語ってきました。
もうひとつ、つなぐ人の重要性にも、より強く光を当てる必要があるように思えます。
以前、正客について書いたことがあります。
魅力を解きほぐす探偵のような、存分に味わいつくすための攻略本のような、価値を咀嚼して翻訳してくれる存在。作り手と使い手という異なる視座の間に、価値の流通を生み出す、価値の貿易を実現するような存在。
フィルターバブルやエコーチェンバーが当たり前のようになってくる時代。今後、ますます、価値の解釈と流通を促す存在が求められるのかもしれません。