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震災と万博......みんなおちつけ

本日の結論
・「経済効果」を喧伝しすぎると(こういう)痛い目を見るよ
・万博を目の敵にしても土木建設業のリソース不足は解決しないよ
・大阪の人少し怒ったほうがいいよ

 震災と万博について,発災直後の1/5に経済同友会の新浪剛史氏の中止への提言が注目を集めました.その後の続報がないため・・・何となく思い付きで発言して(わりと新浪氏はこの手のポロリ多いです),後から落ち着いて考えてみたら筋悪なことに気づいたのではないでしょうか.

 なお,COMECOでの投稿にしようと...日経新聞の記事を探したのですが,万博中止orその後の自見万博相の否定などについて取り上げていません.経済新聞だけあって上の新浪発言がそれほど真剣な提言ではないことが分かっているのかなぁと.関西の経済団体は万博成功に向けて前のめりです.

 その一方で,ネット等では「こんなときに万博やっている場合じゃないだろ」といった自粛系「復興のために,建設産業の供給能力を万博で使うべきではない」という供給能力系「経済同友会代表幹事さえ万博には見切りをつけた」「費用がかさみすぎている万博をあきらめるきっかけになる」という万博反対系とさまざまな万博中止論が活発に発信されてます.

みんなちょっと落ち着け!

供給制約はあるよ

 まず,建設業界の供給能力が限界にきていることは確かです.万博中止論に対して「日本の財政に制約はない」「まだまだ財政を出せる」という立場で反論するのは意味がありません.日本の財政になんら問題がなかったとしても,建設業界のキャパはすでにいっぱいいっぱいです.
 昨年(2024年)11月の一般職業紹介状況で「建設・採掘従事者」の有効求人倍率は5.57倍(新規8.22倍)です.全職業平均で有効求人倍率が1.2倍(新規2.3倍)にくらべていかに建設関連の人手が足りていないかがわかるでしょう.なかでも躯体工事と土木の人手不足は深刻です.

※求人倍率は「求人件数÷求職者数」なので,求職者1人に対して何件の募集があるかを示しています.「新規求人倍率」はその月の新たな求人・給食を,「有効」は前月からの継続者・継続案件を含む数字です.

 このような供給制約がある産業では,「誰かが財・サービスを使う」と「誰かが財・サービスを使えなく」なります.財政状況は関係がありません.これは一般的な経済理論だろうが,MMT(現代金融理論)だろうが共通の理解です.
 MMTの財政論の基礎(先祖?)である機能的財政論や新正統派の公債負担論の要諦は「財政支出の負担は(将来世代ではなく)”今”生じる」ところにあります.このあたりの詳細は拙著『財政・金融政策の転換点』を参照ください.

 そのため,復興のために土木・建設需要が増加するのだから万博は中止しよう……という提案は一瞬納得しかけてしまいますが,ダメです.

規模を数字でとらえよう

 まず,万博関連でこれから発生する土木・建設需要は会場整備やパビリオン建設関連です.昨年10月時点の推計で会場建設費は2350億円(→日経新聞2024/10/6.その後の建設関連の工賃上昇によってもう一段階増加しているのではないかといわれます.
 このほか関連事業費(地下鉄の延伸・道路改良・埋め立て)などが1800億円ほどです(→参考).もっともこちらはすでに完成or進捗しているので今から万博を中止しても「復興のために人手に余裕を持たせる」ことにはあまり寄与しないでしょう.

 ここから,今後の1年間に万博関連で費消される土木・建設関連のリソースは2500億円前後と予想されます.相次ぐ増額もありまして,もっと増えるだろ!と思われるかもしれませんが,以下の話にはあまり影響しないのでひとまずこの数字を念頭に置いておいてください.

 一方の,復旧と復興のために必要となる土木・建設関連のリソースはどのくらいになるのでしょう.正直現在時点では未知数です.そこで,直近で比較的規模の似ている2016年4月熊本地震のケースから類推してみましょう.
 2016年8月に熊本県が試算した物的被害額は1.6兆円.うち,住宅関連が1.2兆円,インフラに関するものが0.3兆円です.復旧・復興に必要な関連事業規模は2.5兆円以上となりました.
 能登半島地震の被害額は現時点では明らかになっていません.しかし,復興・復旧に必要な事業規模は,土木建設関連の資材・人件費の高騰もあり,熊本よりも多くなることが確実視されています.もちろん1年間で完了する事業ではありませんが,今年一年間で少なくとも2兆は土木・建設への新規需要が生じることが予想されます.

 この規模間の違いに注目してください.万博はせいぜい数千億円,復興・復旧は数億円と一桁違う規模間です.万博を中止してもたいして人材に余裕は生まれません.

経済効果という誤解

 万博を中止すれば,復興・復旧に関する土木・建設業界のリソースを確保できるのではないかという誤解はこれらのビッグイベントの経済効果試算からミスリードされていると感じます.
 アジア太平洋研究所アジア太平洋と関西~関西経済白書2022では大阪・関西万博の経済効果を約3兆円と推計しています.これだけを見ると,万博を中止すれば復興・復旧のリソースを確保できるように感じるかもしれません…が誤りです.

 この種のイベントの経済効果推計はモリモリ・特盛・メガ盛りで行われます.土木建設とは関係のない支出(イベント来客者による観光支出),少々「たら・れば」すぎるのでは?という需要増加,そもそも万博がなくても行われていたであろう公共事業まで含め,さらにイベントから誘発される事業をも含めての規模なのです.

 この手の経済効果推計の中で,私が今まで見た中で一番大胆...ってか無茶だったのが「東京 2020 大会開催に伴う経済波及効果」です.設備関連3500億,運営費1兆円....くらいまでは許せるのですが,オリンピックに誘発されて(????)中小企業の振興・ロボット産業の拡大・水素社会の実現などが生じて12兆円の追加需要が生まれるという振り切り方で,正直初見で爆笑しました.

 東京オリ・パラほど酷くはないのですが,大阪・関西万博の経済効果も現実の経済効果=リソースの費消よりもかなり大きな規模であろうことは想像に難くありません.
 あまりにも経済効果を喧伝しすぎたから,そんなに人手や財を使うイベントならば中止すれば人手・資材に大幅な余裕ができるのでは?と勘違いされてしまう.盛りすぎるのも考え物です.

参考

 経済効果推計の問題点や,賢い利用方法については下記のエントリが参考になると思うよ.

そして万博中止論

 さて,ここまでをまとめると...

・万博を中止しても,土木建設関連のリソースは2500億円くらいしか出てこないよ
・復興・復旧に必要な土木建設関連のリソースは最低でも今年中だけで2兆円以上にはなると思われるよ

となります.両者の規模間の違いをしっかり押さえましょう.その一方で,「2兆円の土木・建設事業が必要になるんだから,なおさら万博なんてやってる場合じゃねーだろ」という意見もあるでしょう.

 しかしですね...

 近年の土木・建設業の年間規模(土木建設関連投資額)は55兆円ほど.うち公的需要が22兆円です(国土交通省「最近の建設業を巡る状況について」).仮に2兆円/年ほどの復旧・復興関連土木建設事業が必要になるとすると……全国の土木建設事業の4%ほどを復旧・復興事業にまわす必要が生じます(急に業界の生産力を向上させることが出来ないならば).

 ここで万博への賛否,維新の会への支持・不支持は少し置いといてください.

 全国すべてに広く伸ばすならば4%ほどの負担・・・であるのに万博関連だけ100%の縮小を行うべきだというのはずいぶん無茶な話ではないでしょうか.なんで万博だけ,なんで関西・大阪の土木建設や関連事業者やだけ特別に大きな負担(計画変更による利益の逸失)を負わなきゃならないのですか? 関西・大阪のみなさんはそれでよいんですか?(ちなみに東京都の年間の公共事業発注は1.6兆円です←煽り^^公共事業のすべてが土木建設ではないです).

 おそらく今回の万博中止論は,

・盛りすぎた経済効果推計のせいで,万博を中止すれば土木・建設関連のリソース不足を大きく改善できると誤解した
・これをうけて万博を中止すれば,関西・大阪だけの負担で復旧・復興を進められる……ので他の地域のインフラ整備を遅らせずに済むんじゃないかという考えが頭をよぎった

のような誤解と甘えから生まれた主張なのではないかと思うのです.大阪の経済界が他地域よりも大きな負担を負うべきだ!という主張に賛同するかどうかについては落ち着いて考えたほうが良いでしょう.ってか万博開催の賛否,維新の会への支持はさておき・・・「なんで大阪だけなの?」と少し怒っておいたほうが良いと思いますよ.


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