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米雇用統計の読み方~報道されない部分を見る必要~

米12月雇用統計の読み方
12月雇用統計は非農業部門雇用者数が前月比▲14万人減少し、8か月ぶりに前月比減に転じました。若干の増勢を見込んでいた市場予想の中心(同+0.5万人)を下回りましたが、10月分が同+61.0万人から同+65.4万人へ、11月分が同+24.5万人から同+33.6万人へ、2か月分で合計+58.1万人上方修正されているため、過去3か月の雇用変化の「量」という意味では大きなダメージはないように見えます:


しかし、この期に及んでまだ雇用が減るという事実は重いと言わざるを得ません。また、平均時給は同+0.8%と前月の同+0.3%から急伸しているのですが、時給の伸び幅が単月で3倍弱になるのは普通ではありません。外食産業などを中心として相対的に低賃金の労働者が労働市場から退出したことが影響していると考えるべきでしょう。嬉しいニュースではありません。さらに、失業率は6.7%で横ばいでしたが、労働参加率も61.5%と史上最低圏で推移しており、労働市場から退場する層が増えることで見かけ上、失業率が上昇していないのだと考えられます(雇用統計では過去4週間、求職活動をしていなければ失業者とは定義されません)。

もっと高い「真の失業率」
今回の雇用統計にはBOX欄に「Coronavirus (COVID-19) Impact on December 2020 Establishment and Household Survey Data」と題し、同統計に対する雇用統計への影響が議論されています。昨年3月以降、雇用統計で失業率などを計算する際のデータを集める家計調査ではコロナによる一時的な閉店や縮小によって休職中の就業者を一時的なレイオフに基づく失業者としてカウントしています。しかし、米労働省によれば、コロナ初期においては一時的なレイオフに基づく失業者が「働いていないが、就業している者」として誤分類されているケースが多かったそうです。つまり、実態よりも就業者を多く、失業者を少なくカウントしていることになるので、その分、公表値としての失業率は下がることになるわけです。3~11月までの間で現状に近づくほど誤分類は少なくなったとされていますが、それでも公表値の「歪み」は放置されていることになります。この「歪み」を是正した場合の12月失業率は公表値よりも0.6%ポイントも高い7.3%だという分析も披露されています。もはや、雇用統計はヘッドライン(見出し)で流れる雇用者数の変化幅や失業率、平均時給だけを見ていれば良いものではなくなったと言えます。

特定業種に集中する負担
12月雇用統計に敢えて薄日を見出すとすれば、全体的に悪化したわけではなく、あくまで特定業種に引きずられた格好での悪化という理解は可能です。12月、民間部門全体では前月比▲9.5万人と昨年4月以来の減少でした。ちなみに前月は同+41.7万人なので様変わりです。この中身を紐解くと、業種ごとのコントラストが目を引きます。まず、財生産部門全体では同+6.7万人から同+9.3万人にむしろ増勢が強まっています。建設は同+2.9万人から同+5.1万人へ増え、製造業も同+3.8万人と前月の同+3.5万人から横ばいでした。

片や、サービス部門全体では同+35.0万人が同▲+18.8万人と急減しています。小売業は同▲2.1万人から同+12.1万人と年末商戦の勢いを背に急増していますが、余暇・娯楽が同+7.5万人から同▲49.8万人へ急減しており、これがサービス部門全体、いや12月雇用統計自体を規定したことが分かります。この余暇・娯楽をさらに掘り下げると、宿泊・外食が同▲39.6万人で、そのほぼ全て(同▲37.2万人)が外食でした。12月雇用統計のヘッドラインの弱さは外食産業に起因するものであると言って差し支えないでしょう。日本でも外食産業への負担集中が注目されていますが、米国でも同様のことが起きていると言えます

20年の雇用喪失は過去最大
2020年通年の雇用喪失は▲937.4万人となり、もちろん過去最悪でした。景気の「山」から何か月後にどれほどの雇用増減があったのかという視点から、過去の景気後退局面を比較すると今回の深手が鮮明です。

今回の「山」は2020年2月ゆえ、今のところ、3月から12月までの10か月間が今回の不況で失われた雇用となります。これは▲983.9万人に達しており、リーマンショックを伴う2007年12月を「山」とする景気後退局面で記録した最悪期である▲869.4万人(2010年2月)を優に上回っています。しかも、「山」である2007年12月から、最悪期である2010年2月までは26か月間あったわけです。今回はその半分以下の10か月間でさらに多くの雇用が失われており、実体経済が被ったショックは当時の比ではないことが推測されます。

なお、▲869.4万人が完全に復元されたのが2014年5月、すなわち「山」から77か月目の出来事でした。現在、「山」から10か月経過しても▲983.9万人失われていることを踏まえると、一体元に戻るのにどれほどの時間が必要になるのか・・・暗澹たる気持ちになります。

完全に捻じれている金融市場と実体経済の現状
今回は詳述しませんが、中長期的に考えれば、労働参加率の低下や、その遠因となっている長期失業者割合の上昇に着目すべきでしょう。例えば12月の長期失業者割合は36.6%から36.8%に上昇しており、1年前(2019年12月末)の20.1%からは15%ポイント以上も上昇しています。※長期失業者とは27週間以上、失業している層を指します。

上述した誤分類や労働参加率の低下に応じてヘッドライン上の失業率は一見して改善傾向にあるものの、その傍らで長期失業者割合は上昇傾向にあることは忘れてはなりません。失業期間が長期化すれば労働意欲は低下し、求職活動自体を投げ出してしまう層が出てきます(労働参加率低下はその結果です)。こうしてマクロ経済に対する労働投入量が低下する結果、潜在成長率は低下し、そしてその経済に相応しい政策金利も低下する話になる。なお、不況要因もさることながら、コロナ禍で物理的な求職活動が遮られているという層もいるでしょう。そのため、本来は長期的に失業しなくて良い層もそうなってしまっているという可能性は考えられます。

金融市場の目線はバイデン新政権の追加刺激策に注がれており、雇用統計の悲惨な実勢は殆ど材料視されず、株や金利は威勢が良いです。むしろ、「悲惨だから財政・金融緩和が続くので株買い」という解釈がまかり通っているのが現状です。もちろん雇用は遅行系列ゆえ、金融市場がその改善を待つ必要はありませんが、それに目を奪われて裏で起きている実体経済の悪化から目を背けることは慢心を招きます。実体経済の改善は金融市場ほどジャンプするものではなく、必然的に金融政策運営も遅々たる歩みが前提になることは留意しておきたいものです。

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