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どのような情報開示が企業価値を高めるのか。人的資本経営を考える上で抑えるべきポイント。

皆さん、こんにちは。今回は「人的資本経営」について書かせていただきます。

人材の価値を示す「人的資本」(社員のスキルや意欲、満足度など)を数字で開示する動きが広がっています。投資家は、社員が幸福かどうか、やりがいを持って働いているかどうかなどの情報までをも知りたがっているのです。

この流れを受けて、各企業ではどのような準備をしておけば良いのでしょうか。また、人的資本データはどのように活用していくのが良いのでしょうか。

企業が抱える人材の価値を示す「人的資本」の開示が世界で進んでいる。人材を企業価値向上に直結する資本ととらえ、育成方針や男女、雇用形態別の賃金水準などを開示することで人への投資に積極的な企業か投資家が判断しやすくするためだ。政府も今夏をメドに、共通・独自の項目に分けた参考指針をつくる。

■人的資本に関する情報開示のガイドライン

「人的資本の情報開示」は、2018年に国際標準化機構(ISO)が発表した、人的資本に関する情報開示のガイドライン(ISO30414)として11領域が示されています。

1、 コンプライアンスと倫理
2、 コスト
3、 ダイバーシティ
4、 リーダーシップ
5、 組織文化
6、 組織の健康・安全・福祉
7、 生産性
8、 採用・異動・離職
9、 スキルと能力
10、後継者育成
11、労働力確保

上記のうち、たとえば【ダイバーシティ】においては、「労働力とリーダーシップチームの特徴を示す指標(年齢/性別/障害の有無など労働力のダイバーシティや、リーダー層のダイバーシティ)」、【リーダーシップ】においては、「従業員の管理職への信頼等の指標(リーダーシップに対する信用/管理する従業員数/リーダーシップの開発)」を指します。

【組織文化】は、「エンゲージメント等従業員意識と従業員定着率の測定指標(エンゲージメント/満足度/コミットメント/リテンション比率など)」、【生産性】は、「人的資本の生産性と組織パフォーマンスに対する貢献をとらえる指標(EBIT/収益/売上高/1人当たり利益/人的資本ROIなど」、【後継者育成】は、「対象ポジションに対しどの程度承継候補者が育成されているかを示す指標(後継の効率/後継者のカバー率/後継者の準備率)」などを指します。
 
もともとは、2008年のリーマン・ショックを機に「財務諸表のみで企業価値を評価すること」がリスクとなり、ESG要素を投資評価に加える流れが生まれました。昨今では、企業経営のサステナビリティを評価するという概念が普及し、SDGsと合わせて注目されることになり、ISO30414への関心が高まったと言えます。
 
人的資本開示にあたっては、上記のような「ISO30414で規定されたデータが必要」とした場合、取得したい情報さえ整備できれば、データを蓄積し開示することは可能です。ですが、人的資本をもとに経営戦略に活かしていくには、従来の人事管理システムだけでは網羅されていない、人材に関する情報が多々必要になり、「目的」や「ゴール」をしっかり設定した上で、戦略的に全体を設計していく必要があります。

「対外的に開示義務があるから着手する」という発想ではなく、「経営戦略に紐づく人事戦略を実行していくために着手する」「タレントマネジメントに活かしていくために着手する」という発想を持つことが重要です。

また、ISO30414には含まれなくとも対外的に誇れる取り組みは積極的に公開していく必要もあると思います。たとえば社員の働きがいや働きやすさを追求する独自の施策や取り組みを発信していくことは、情報開示のためだけでなく、求職者への訴求を強め、採用ブランド強化にもつながります。人的資本の情報開示の潮流は各企業にとって、オリジナリティを追求し、競合優位性を高める絶好の機会になるかもしれません。


■投資家が見たいポイントとは

引用した記事には、

人的資本は企業の競争力を左右する要素として投資家の関心が高くなっている。資本である人材の価値を最大限引き出すことで中長期的な企業価値や競争力の向上につなげる狙いで、政府は開示で日本企業の人材戦略を後押しする。
指針づくりを担う内閣官房は①共通して開示が推奨される項目②企業が独自性や創造性を発揮すべき項目③先進的な開示項目――の3つに分けた指針を検討している。人材育成など人的資本の「価値向上」と、人材の獲得やつなぎ留めに影響する賃金体系といった「リスク管理」の観点を軸に具体的な内容を詰める。

とありました。さらに、こちらの記事には、

内閣官房は今夏にも、人的資本への投資を企業がどのように開示すべきかの指針を作る。6月中にまとめる骨子案では、投資家に伝えるべき情報を19項目に分けて整理する。主な項目は従業員のスキル向上などの人材育成や多様な背景を持つ人材の採用状況などだ。

とあります。

人材育成など人への投資に積極的で、有能な人材が多い企業にこそ投資したいと考える投資家が多いことは確かですが、全ての企業で統一された基準を策定するのは簡単ではありません「人材価値とは何か」をそれぞれの企業で定義し、その数値を算出し、情報開示していかなければならないのです。

人的資本への投資が遅れると、ただでさえ世界から遅れをとっている中、日本企業が競争力を失う一因にもなりかねません。

非財務情報開示が促進され、人材投資の見える化が進み、さらに開示を通じて人材への投資を促すことで無形資産を積み上げていけるかどうかが、日本企業の成長力に大きな影響を与えることは間違いないはずです。海外と同じように日本においても、「人への投資に積極的で、かつその情報開示に積極的な企業に、資金が集まる仕組みが促進される」という流れは確実に目の前まできています。

従来のように人材(人件費)を「コスト」と捉えるか、または投資の対象である「人的資本」と捉えるかの違いは、これから大きな差につながっていくでしょう。従業員をあらゆる面で「管理・マネジメント」していく対象として捉えるのではなく、良い環境や機会を提供していくことで、自律的に価値を高められる「人的資本」とみなし、そのために必要な取り組みを実行していくことが求められているのです。

■データ活用が失敗してしまう理由

これまで述べてきたように、人的資本に関するデータ活用の必要性が高まる中、採用・育成・適材適所だけでなく、働き方や企業文化、エンゲージメント向上施策なども含めた人事施策の進捗把握や課題把握は、人事部門や関係する部署だけで共有し合っていれば良いわけではありません。

人的資本データは、経営層から現場の管理職に至るまで、実務に必要な情報を常に提供し、そのデータを“活用”していかなければならないのです。

概念的には理解している人が多くても、各企業でデータ活用が進まないのは、以下のようなケースではないかと思います。

①     データ活用の目的が明確ではないケース
→上司に「データを出せ」と言われてデータを出してみたものの、それが何に活用されるのかが分からないというケースは少なくないと思います。データ出しを指示した側の上司も、そのまた上司に「報告」するためだけであって、せっかくアウトプットしたデータを「活用」しきれていないという状況はどの企業にもあるのではないでしょうか。データ活用で解決したい課題は何なのか、実現したいことは何なのかをまずは明確にする必要があります。

②     データを活用する体制が社内にないケース
→社内でデータ活用のプロジェクトチームを発足させた場合、データを利用してどんなことを実現したいかが明確でない場合に、データを出すことだけ、またはシステムを導入することだけがゴールになってしまいがちです。プロジェクトを推進する中で、データをもとにした意思決定や経営判断が行われない状態だと、本来の意味の「データ活用」は難しいでしょう。外部の会社にデータ活用を丸投げしてしまったり、社内に「DX推進室」のような部署を新設したことで満足してしまっていたり、上司から指示されたデータだけ提出して終わっているような体制では、それ以上の発展は望めません。

③     人事データが不足・散在・標準化されていないケース
→「人材情報」とヒトコトで言ってもその範囲は広いです。採用情報、給与・評価情報、異動や組織変更情報、勤怠情報、目標とその進捗、リスク情報、健康情報など、あらゆるデータが一つのデータベースではなく様々な場所に散在しています。また、属人的に管理しているものもあり、そもそもデータが不足している、またはデータベース化されていない情報も多く存在するはずです。さらに、部署によってデータの定義がバラバラで、全社的に同じデータを出す時に、その定義を揃えるところからスタートしなければいけない、といった状況もよく起こると思います。


当社では、「人事データ統括室」という部署を人事付けで設置し、数年前から人事データの「①整備」「②可視化」「③分析/活用」を行っていますが、データ分析が日常的になされ、それが人事戦略、及び経営戦略と連動する形で、経営の意思決定に活かすという状況を構築しようとしています。(まだまだ道半ばです。)

経営戦略に基づく人事上のゴールや目指す姿を決め、現時点の理想と実態のギャップを定量的に明らかにし、さらにそのギャップを埋めるために必要な施策を講じながら、その効果を継続的にモニタリングしていく
この繰り返しが必要です。


■各社の事例

つい先日、経済産業省から人的資本経営に関するレポートが発表されました。実践事例集の中に、各社の取り組みが紹介されています。

経営陣の業績連動報酬にエンゲージメントスコアを連動させる会社もあれば、「労働生産性」を開示して他社より良いということを発信する会社もあります。

当社の事例も掲載いただきましたが、「若手の成長機会の多さ」を数字で提示したり、役員と社員が一緒になって経営課題を討議する機会があるなど、性別によるダイバーシティだけでなく、「年齢」や「経験」、「役職」、「部署」、「ポジション」や「役割」、「才能」におけるダイバーシティの推進事例を開示しています。

また、GEPPO(ゲッポウ)というエンゲージメントサーベイツールを使い、社員一人ひとりのコンディションやパフォーマンス、チャレンジ意欲、スキルや能力などを定量的に把握しながら、社員の抜擢や異動などによる能力開花を組織的にも文化的にも支援しています。

これらのデータを毎月蓄積していきながら、社員と定期的にコミュニケーションを取ることで(GEPPOへのコメントは基本的に全返信する運用をしています)、エンゲージメントを高めることにつながったり、一つ一つのデータや社員の声が経営判断につながったりしているのです。


■どのような情報開示が企業価値を高めるのか

人的資本を企業価値の向上に結びつけるために情報開示していく項目は、リーダーシップや採用、エンゲージメントなどの人材育成、ダイバーシティの確保やワークライフバランス、コンプライアンスの遵守や労務管理など多岐にわたります。
一方で、どのような取り組みが企業価値向上に結びつくかは、各企業の事業内容や経営戦略によって当然異なります情報開示の仕方一つとっても、気候変動に関する情報開示とは違い、企業ごとの個別要素が非常に強いです。

「出せるデータからとりあえず出す」のではなく、「自社の人材戦略に沿ってストーリーのあるデータ開示を行う」ことが重要で、それと同時に中長期的な戦略の実現に十分な人的資本が備わっているか、先を見据えて人材のどの部分に投資していくべきかを改めて考え、作戦を練っていく必要があるのではないかと思います。



最後に、

・情報開示のために人事データを蓄積し始める
・人的資本を開示しなければいけなくなったから人に投資し始める

というのは、本来は順番が誤っています。

企業の競争力である、“人”に投資をしていくという考えが前提にあり、その状態を見える化することで、さらに何に投資していくべきかのヒントを得ることができます。
投資家やステークホルダーに対する「情報開示」が本来のゴールではないのです。



#日経COMEMO #NIKKEI

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