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PT(perpetual traveler)から多拠点生活へ

そろそろ30年近く前になるが、まだ自分が社会人駆け出しだった頃、ある功成り名遂げた人から、その頃ようやく誰もが使える環境になったインターネットについて、どのように使うのか・どのように使えるのかを教えてほしい、と人づてに依頼され、お話をしたことがある。その時に、レクチャーした見返りとして、その人が教えてくれたのがパーペチュアルトラベラー(perpetual traveler)、いわゆる PT のことだった。

PTとは、もともとヨーロッパのお金持ちが考え出したことのようで、大きな目的は課税を回避するところにある暮らし方だ。

生活をする国や働く国、仕事をする国など、役割や目的ごとに国を使い分けることで、どの国に対しても非居住者となり、所得に関する課税を回避し、自分の豊かな生活を守ろうという発想である(あった)。

その後、ヨーロッパの主要国はユーロの統一通貨圏となり、また EU が様々に国境の垣根を壊し、また租税条約などで国をまたがる所得が把握されるなど、様々な要因によって PT という考え方は課税回避スキームとしては廃れてしまったように思う。最近では PT をあまり耳にしなくなった。

だが、その時に私が感じたことは、私は金持ちではないので、課税回避ということよりも、多くの国に自分の生活を拠点を持つことに魅力があるということで、日常的にいくつもの国を使い分ける発想に衝撃を受けた。そしてそれが、自分が将来いくつもの国にまたがって住む生活がしたい、という夢を持つきっかけになった。

当時はまだ「多拠点生活」などという言葉もなかったし、シェアリングサービスなども全くないと言っていい時代であったから、どうやって各国に家を持つか、あるいはどうやって車を持つかなどを叶えるPT向けのサービスについても、その人が口にしていたことを覚えている。

いまでは、自家用車まで便利かどうかは別としても、Uberなどを使えば少なくてもタクシーと同じような利便性を持ってその国の中を移動することは十分に可能なレベルになっているだろう。また車でなくても公共交通機関や飛行機などの予約は、手元のスマホひとつで簡単に出来るようになってしまったし、むしろ日本ではそれが遅れているが、ヨーロッパでは買ったその場でスマートフォンにチケット情報が記録できて、そのまま列車や飛行機に乗れるというところまで進んできている。

住むところにしても、Airbnbなどを使えば、長期滞在にふさわしい部屋を見つけることも容易になっている。この点でも、日本は良かれ悪しかれ、様々な規制があるが、一方でホテルを暮らす場所として位置づけようという取り組みも出てきている。

時を経て、課税回避はともかく、PT のような多拠点生活することは、格段に便利になったし、実現可能なものとなった。

私自身も、その後仕事で比較的多くの国を訪れることができ、この国であれば自分は生活したい、あるいは仕事をしたい、と思う国がいくつか出てきている。そういう国々で、自分のこれからの人生を過ごしていくことができないだろうか、ということは、言ってみれば30年来考えていることだ。

ファーストステップとして、会社を辞め独立することによって、いつどこで働くかの自由を手に入れるところまではきた。もちろん、お客様の都合があるので完全に自由というわけではないが、ある程度自分の裁量によってそれを実現することができる状況にはなった。

また、2018年には、仕事や余暇をかねて1か月の間、日常生活を海外で過ごすワーケーションの実験もやってみた。

残念ながら、コロナ禍の問題で、今現在は国境をまたぐ移動が難しくなっているという現実はあるが、もし今後、一定の制約は長引くであろうとは思うものの、国境をまたぐ移動ができるようになるのであれば、国をまたがる多拠点生活も、実現できなくはなさそうだ。コロナの感染拡大を防ぐために入国後に一定期間の自己隔離がもとめられるなら、なおさら短期出張よりも一定以上の期間留まることが前提の多拠点生活の方が、時代にあったものと言えるかもしれない。

むしろ問題になるのは、家族の理解であるとか、見知らぬ土地において生活をしていけるだけのスキル、具体的には地元の人と上手くやっていくことであるとか、非常に根源的なレベルで言えば言葉の問題などをクリアできるのかという問題が残されてはいる。これは、国内であっても、地方に行けば、その土地の言葉をしゃべらないと溶け込めない、多少しゃべっても受け入れてもらえない、という本質的には同じ問題に行き当たる。そうであるなら、同じ苦労をするなら海外に行ってしまう方が、自分の場合はあきらめがつくというか、納得できるような気が(私は)するのだが、それは甘い考えなのかもしれない。

ともあれ、こうした多拠点生活を実現してくれる様々なサービスは日々充実してきており必ずしも絵空事とは言えない状態になった。

特に若い世代の人は、生活圏を、都会か田舎かという国内に限らず、海外も視野に入れて考えてみてはどうかと思う。そのようにして、日本人も海外に行き、また外国人も日本に来てくれる、ということを実現することによって、日本人だけでは高齢社会で社会全体が停滞し、国ごと老いていく恐れが高いところに、少しでも歯止めをかけるようなきっかけになれば、日本全体とってもプラスがあると思う。

#日経COMEMO #ずっと都会で働きますか

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