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電通OBと現役社員が熊谷の百貨店のことを真剣に考えたら、スマホ教室をやることになった。

小島 雄一郎

2020年12月、230人の先輩たちが退職した。
いわゆる早期退職だが、普通の早期退職ではない。

僕の勤める電通という会社は、ちょっと変わった退職制度をはじめた。

それは退職後、個人事業主となった元社員と業務委託契約を結ぶ、というものだ。

制度の対象となったのは、主に40〜50代の社員たち。
会社は彼らに一定の業務委託を保証することで、独立を支援。個人事業主化を促した。

こうして昨年、230人の「元電通社員」が世に放たれた

今日はその1人をきっかけに、はじまった仕事の話をしてみる。

■中小企業と電通。そして熊谷の百貨店。

電通社員が個人事業主になる意味の1つに「クライアントの幅が増えること」が挙げられるだろう。

会社の中にいると「大企業」を相手に仕事をすることが多い。

電通は約6,000のクライアントと仕事をしているが、日本には382万の企業があり、99%は中小企業だ。大企業はわずか1.1万社しかない。

そこで世に放たれた230人の元電通社員たちは、この「中小企業」を相手に仕事をはじめた。

時を同じくして、昨年僕もある中小企業と深く関わることになった。
自宅の1階に、従業員数100人の酒屋企業を誘致したからだ。

この記事は当時そこそこ話題になり、これを読んだ元上司から電話がかかったきた。

「小島の酒屋のやつ、面白いね。それでなんかピンと来たんだけど、地方百貨店に興味ない?」

電話の主は、冒頭の制度で退職した40代の元電通社員。在籍中は相当な役職に就いていて、僕の上司でもあった。

その後詳しい経緯を聞くと、埼玉県熊谷市にある老舗百貨店の相談に乗っているという。

正直、熊谷には縁もゆかりもないのだが、

・電通を辞めた上司と
・電通に残っている僕で
・電通に居たら出会わなかったであろうクライアントの仕事をする。

という状況には少し興味があった。

彼は続けた。

「この手の話って、単なる一地方百貨店の話じゃなくて、日本の地方小売の普遍的な課題なんじゃないかな。だから元電通社員がコソコソやるより、電通としてやった方が意味があるんじゃない?」

この説明で自宅の1階にある酒屋企業のことも思い出し、妙に納得した。

「どうなるかわかりませんが、、、やります」

こうして僕は、八木橋百貨店を担当することになった。

■デジタルに取り残された百貨店

八木橋百貨店は明治30年創業の百貨店で、熊谷市民であれば誰もが知る存在だ。中小企業と呼ぶには値しないかもしれない。

ただそんな老舗でも、悩みがないわけではない。

悩みのキーワードは「EC」「若者」「コロナ」の3つ。

これらを組み合わせて一文にすれば「ECの台頭で若者が百貨店から離れ、そこにコロナの外出制限が追い討ちをかけた」となる。

この状況に、八木橋百貨店の経営陣は頭を抱えていた。

明らかに状況は苦しい。
そんな百貨店に、何を提案できるだろうか。
同じように僕も頭を抱えた。

順当に考えれば、真っ先に思い浮かぶキーワードは「デジタルシフト」だ。

百貨店業界は、兼ねてからデジタル化の遅れを指摘されており、八木橋百貨店も例外ではなかった。

オンラインショップもないし、顧客との接点は紙のダイレクトメールだけ。顧客のメールアドレスも把握できていない状況だった。

デジタルシフトと言っても、どこから手をつけたらいいものか。半ば途方に暮れていた時、もう1人の「元電通社員」と出会った。

■スマホで広がるシニアの世界

もう1人の元電通社員は、30代の元同期だ。

彼は3年前、起業のために電通を辞めた。その後、企業と就活生を動画でつなぐプラットフォームを立ち上げた。

しかしその事業もコロナで採用ニーズが減り、撤退。

そんな彼と数年ぶりに話す機会があり「今、何をやっているの?」と聞いたところ、意外な答えが返ってきた。

彼は新たに、シニア向けスマホ教室事業を立ち上げていた。

就活生からシニアへ。ターゲットは180度変わったが、元々デジタルに強くて、電通時代は地方新聞社を担当していた彼らしい事業転換だった。

そんな彼の言葉が、悩める僕の突破口になる。

「シニア世代がスマホに強くなることって、色んな意味があるんだ。家族や友人とのつながりが増えれば、孤独感も軽減される。シニアがスマホで買い物するようになれば、EC市場だってもっと盛り上がるだろう。

あっ、これだ。

モヤモヤのパズルが組み合わさった。

帰ってすぐ、パワーポイントを起動した。

■百貨店の変わらない価値

ここからは実際のプレゼン資料で説明する。
まずはこちら。

八木橋百貨店の顧客層は70代がボリュームゾーンで、圧倒的に高齢化が進んでいた。そして両者共通の課題が「デジタルシフト」だ。

だから百貨店だけがデジタルシフトをしても、顧客が取り残されるだけになる。おそらくこれが、地方百貨店によるデジタルシフトの障壁になっていたはずだ。

だったら先にやるべきことは何か。それは顧客のデジタルシフトを促すこと

「皆さんが講師になって、スマホ教室を開きませんか?」

僕たちはそう提案した。

まず、従業員が講師になることで、会社全体にデジタルへの意識が芽生える。そして従業員が自らの顧客のデジタル化を導くことで、顧客を取り残さない。

そうすれれば、自分たち(八木橋百貨店)も安心してデジタルシフトできるだろう。将来的には、八木橋オンラインが当たり前になるかもしれない。

この提案で大事にしたのは、百貨店が原体験を提供する場であり続けることだ。

少しだけ自分の話をする。

思えば僕にとっても、百貨店は原体験をくれた場所だった。

僕の地元は神奈川県の大船という場所で、近くにはスーパーしかない。だから、ちょっといい買い物をする時は電車で15分。横浜駅の高島屋まで行っていた。

母に連れられ電車に揺られ、小一時間の買い物に付き合えば、最上階のレストランで鉄火丼が食べられる。

鉄火丼のマグロは高島屋のモチーフだった薔薇の形をしていて、それが僕にとっては「豪華な食事」の原体験だった。

おそらく熊谷の人たちにとって、八木橋百貨店もそんな場所だったに違いない。

ちょっと背伸びができる、新しい世界を見せてくれる、そんな体験を提供してくれる場所が百貨店。

だったら、今の顧客であるシニア層に「スマホ」という新しい世界を提供することも、百貨店の仕事ではないか。

悩みに悩んで、辿り着いた考え方だった。

■鉄火丼とスマホは、同じかもしれない

最初の提案から3ヶ月、第1回のスマホ教室が開催された。

「本当に人が集まるのか…」

そんな不安をよそに、講座はすぐに満席になった。

チラシはパワポでつくった

参加者は70〜90代で、1時間半かけて「Wi-Fiとはなにか?」「スマホとは何か?」を(僕の元同期が)懇切丁寧に説明し、最後には八木橋百貨店のLINE@とお友達になって終了した。

顧客とクライアントがデジタルでつながった瞬間を見届けて、なんだか暖かい気持ちになった。

参加者たちは、新しい機能を覚える度に目をキラキラさせ、その眼差しは僕が高島屋の鉄火丼に対して向けていたものと同じ気がした。


こうして、元上司からの急なお誘いではじまった仕事は、元同期の協力を経て、小さなスタートラインを切った。


困った時は同僚が助けてくれる。たとえ会社を辞めても、人としてちゃんと付き合っていれば、また一緒に仕事をする日がくる。

これはこれで、仕事の本質なのかもしれない。

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小島 雄一郎

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