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表現活動を左右する「クリエイティブの土台」

ぼくは24歳から30歳までをアーティストとフリーランスデザイナーという二足のわらじを履き、32歳で初めて起業するまではフリーランスのデザイナーとして活動した。そのような経験があるからこそ、アーティストやクリエイターがクリエイティビティ(創造性)を発揮し、活動を継続するためには、クリエイティブを支える土台をつくることが表現活動と同じくらい大切なものだと思っている。今回はそのことについて綴っていきたい。


クリエイティブを支える非クリエイティブ

大前提として、アーティストやクリエイターにはクリエイティビティが求められる。当たり前の話ではあるが、アーティストやクリエイターとして活躍し、お金を稼いでいる人たちは当然のようにクリエイティビティを細部まで追求し、磨き込み、素晴らしい表現活動をされている。

しかし、アーティストやクリエイターが自身のクリエイティブで食べていくことの裏側には、クリエイティブを支えるしっかりとした「土台」がなければ成り立たない。その土台とは、ビジネススキルを含む「お金」のことや、何より体が資本、「健康」「精神」、そして「つながり」も大事な要素だ。

アーティストやクリエイターが一人でやっていくということは、フリーランスとしてすべてを担っていくことを意味する。それには、営業活動から、ビジネスとしての交渉や契約の仕方を学んで、見積もり、請求、着金確認、お礼まで。次の仕事につなげていかなければならない。

これは決して他人事ではなくて、アーティストとして6年、フリーランスのデザイナーだった時期を含めれば8年間活動した、ぼく自身の実体験から身を持って学んだことだ。

特にアーティストとして過ごしていた頃はただでさえ売れない駆け出しの若手アーティスト、収入はない。

フリーランスのデザイナーとしてかろうじて成り立っていた当時を振り返ってみても、すべて一人でやる必要があるだけでなく、メールなどのテキストコミュニケーションでは誤字脱字がないか?誤解を招いてないだろうか?慎重に返信するのはもちろん、締切は絶対に守るものだし、新しい仕事を断ると次の仕事につながらないという恐怖心から、絶対に断らない(れない)。案件が重なると、徹夜なんて当たり前だった。自律神経は乱れ、手に嫌な脂汗が滲み出る状態が続いた。

そんな経験があるからこそ、今アーティストやクリエイターとしての道を歩み始めた人たちには、ぜひクリエイティビティを磨くとともに、土台のひとつであるビジネススキルも学んでいってほしい。もちろん、信頼できるプロデューサーやエージェントというパートナーが見つかれば、必ずしも一人ですべての業務をやる必要はない。プロデューサーやエージェントの方々の力は、契約交渉などの事務仕事は当然だが、それよりも「メンタルケア」が大きいだろう。収益は不安定、表現上の悩みなど、孤独なアーティスト、クリエイターひとりでは乗り越えられない。

土台で大事な要素は「お金」もそうなのだが、「応援」してくれる人が何よりも大事であることを身を以て経験した。

「クリエイティブの土台」には再現性のある型が存在する

しかし、「クリエイティブの土台」は、自身のクリエイティビティを磨くことと相反することもあるかもしれない。クリエイティブは着想、閃きが幾千とスパークし、それらが点と点でつながり面となることで原石が生まれ、さらに磨き上げていくことで光るアイデアになっていく。さらにそういった面同士がつながり立体的になっていくことで、世の中に一閃の光を与える作品となっていく。ぼくはそんなプロセスだと考えているし、そこに集中していくことこそ重要だと思っている。こうしたアイデアを「積み上げ」ていく行為、そしてそれらをつなげ、磨き上げていくことこそが、クリエイティブの醍醐味だといえる

その一方で、土台となる部分には、むしろ「逆算」の思考が求められることの方が多い。例えば自分が今、年間でどれほどの生活費や固定費が必要で、クリエイティブを行うための資料・資材やスタジオ代などの経費がいくら掛かるのかを計算し、そのためにいくらお金を稼いでいくら経費として使えるのか。また、そのお金を稼いでいくためにはどのように売り出していけばいいのか、表現活動を永く続けていくには、今何を準備しておく必要があるのか......等々。

とてもクリエイティビティが養われるようなことではないのだが、それらはアーティストやクリエイターとして一人で食べていくために、活動を続けていくために絶対考えなければならないことだ。

しかし、幸いなことに、「クリエイティブの土台」には明確にクリエイティビティとは異なることがある。クリエイティビティは個性と感性、素質により世界唯一のものを生み出す再現性がない要素が多いのに対して、土台の部分にはある程度再現性のある「型」のようなものがあると思っている。

例えば、ビジネス的なことの多くには業界独特のお作法のようなものもあるし、事務的な手続きなども然り。土台のひとつ「つながり」もかかせない。応援者が応援団となり活動を持続するための土台の一部にもなりえる。土台にはいくつかの要素があり、一度体系立ててしっかりと学び、実践し、そこから自分の型をつくってしまえばクリエイティブ以外で悩む時間は大幅に削減される。そうすることで、自分自身のクリエイティビティを養い、より豊かで多彩な閃きを生む時間を確保することができる。

「クリエイティブの土台」を学べる機会をつくりたい

しかし、ぼくが今課題だと感じているのは、駆け出しのアーティストやクリエイターに向けて、そのような「クリエイティブの土台」を学び、培う機会が少ないことだ。特に美術大学に通う学生たち、または卒業を待たずにアーティストやクリエイターとしての活動を始める人もいると思う。しかし、土台を持たないままでは持続的な活動は難しいし、お金や税金、法律の知識のないままクライアントと対峙していくことはリスクも伴う

2024年11月1日から施行された「フリーランス新法」は、立場の弱いフリーランスを保護することを目的としている。しかし、フリーランス新法や下請法の知識がなければ、企業側からあまりにも不利で割に合わない仕事を発注されてしまったり、ハラスメントの被害にあうリスクもあるだろう。

そうしたリスクを可能な限り回避し、活動を継続していくためにも、若手アーティストやクリエイターには非クリエイティブの領域を学べる機会や場を増やしていくべきだと考えている。

最近読んでとてもいいなと思ったのが、2024年5月に発売された坂口恭平さんの著書『生きのびるための事務』(マガジンハウス)だ。本書は事務作業にフォーカスした話になっているものの、その大切さを坂口恭平さんの原作をベースに、道草晴子さんによるマンガでとてもわかりやすく描かれている。

ぼくとしても、やっぱり事務仕事を後回しにしてしまうところがあったけど、本書のようにとてもわかりやすく、素敵なイラストで頭に入ってきやすい本や教材から学び始めるのがいいと思う。

加えて、自分自身が全身全霊を込めて行っているオシロ社として、なにかできることはないかと考えている。上述の通り、ぼくはアーティスト、クリエイターの両方を経験し、創作活動の孤独や非創作活動での孤独も経験した。だからこそ、オシロ社はアーティストやクリエイターが継続的に活動できるよう、「お金とエール」の両方を受け取れる仕組みづくりに注力してきた。

現在、「OSIRO」を活用して、アーティストやクリエイターへ、こうした「クリエイティブの土台」を学べる場をつくれないか、実現に向けて動き出している。


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