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スロー・イノベーション〜「スローと経済成長」の矛盾を超える視点

「スロー」を掲げて仕事をしていると、忙しい毎日を送りながらも、実は整った生活をしたいと願っている人が、実に大勢いることがわかる。みんな、「スロー」にすることを感覚は求めているのだけど、頭は「ファスト」を手放すことを恐れているのだ。しかし語義矛盾的ではあるが、「スロー」にすればするほど儲かる(つまりイノベーションが起こせる)ならば、「ファスト」でいることに何のメリットもないのではないか。「スローで経済成長する」という矛盾を超えるための視点を考えたい。

経営をスローにはできないのか

先日、複数の大企業の京都支店長さんたちの集まりで、講演をさせていただく機会があった。その時にも、「ファスト」と「スロー」の概念を次のように紹介し、それぞれの仕事とくらしはどうか、という議論をしてもらった。

  • ファスト:ゴールを決めて、そこに向かって最短距離で到達しようとするアプローチ

  • スロー;自分自身の心の声、周りの人の心の声に耳を傾け、結果よりもつながりの質やプロセスを大切にすることで、長期的成果を得ようとするアプローチ

面白いくらい、皆さん口を揃えて「個人のくらしはスローに向いているが、仕事はどうしてもファストになっている」であるとか、「会社の理念はスローを志向しているはずだが、現実の経営はファストだ」と主張する。どの方も京都のトップなのだから、もっと自由に方針を出せるのかと思いきや、「本社に管理されている」と漏らした。

これからの時代、持続不可能なファストを脱却し、持続可能なスローへと転換するためには、具体的なアイデアが必要になる。

スロー商品の可能性:「盛る」から「すっぴん」へ

そんな中、スローの時代にあった商品が記事になっている。「『盛る』から『すっぴん』へ」というコンセプトの化粧品だ。「make(メーク)ではなく、『nake』(ネイク)と銘打った化粧品ブランド。マツキヨココカラ&カンパニーのプライベートブランド(PB)で、新型コロナウイルス禍で生まれた欲求を狙っている」という。

さらにこの記事では、「きっかけはコロナ禍の変化にある。在宅勤務が急速に広がり、ナチュラル感覚のメーク志向が高まった。厚く化粧を施す『盛る』系に対し、何もしない『すっぴん』系の存在感がぐっと増した」と続ける。面白いのは、「すっぴんの現実と理想の間を埋める『ととのえメイク』という新たな中間領域を設けた」というところだ。つまり、スローに生きたいが、現実と理想にはギャップがあるので、「ファストの要素を最低限取り込んだスロー」によって、それを実現しようということだ。

ファスト商品は、次々と新しいものが必要だ、欲しい、という煩悩を刺激しようとする。スロー商品は、今まで使っていた複数の商品を不要にするので、家のものを減らし、気持ちを整える可能性を示している。その一方で、新しいものは買うわけだから、経済的には成立する。さらに、スロー商品は売り切りでは終わらず、その後も家の中での気持ちを整えるためのサービス事業を生み出していくに違いない。

スロー流通の可能性:「赤字立地に商品供給」

次の記事は、人口減少による過疎化からインフラをいかに守るか、という流通の取り組みだ。儲かるところに出店し、儲からなければ撤退するというファストな考えに基づく流通では、過疎化に対応できない。これに対して、ビジネスと行政の協働の力で、赤字立地に商品供給するという、まさにスロー流通と呼べるような試みである。

ビジネスがすべてファストに効率性を追求し、行政は福祉と公平の精神に基づき補助金などで補完する、という合理性追求が成り立っていたのは、人口が増え、市場が広がり続けていた人口ボーナス期だけだ。これからは、行政は「市民の幸せを優先したスローな事業」をするスロー流通の事業者と最初から協働し、ビジネスの力を政策で後押ししていくことを考えるべきだ。

スロー都市の可能性:「EV版F1」を機会に東京をEV都市に

そして、スロー商品、スロー流通に続き、そういったスロー産業を面として実現するための決定版が、「スロー都市」への移行だ。たとえば「東京をEV専用都市にする」ということを想像してみてほしい。短期的利益を取りに行くファスト思考は、「それではビジネスが回らなくなる」と即座に無理だと結論づけるだろう。しかし、「もし東京の街からガソリン車がいなくなったら?」と思うと、日本のカーメーカーは、思い切ったEVシフトをしやすいことは想像に難くない。同時に、東京のあらゆるサービスを(最近この言葉をあまり聞かなくなったが)MaaSにつなげていけば、新サービスもどんどん生まれるはずだ。

EV版F1が東京の公道にやってくる、という史上初の出来事をスロー・イノベーションにつなげてみる発想が必要だ。

私たちは、ファストでなければビジネスは回らないという思い込みを手放すことで、「100年後のもっと美しい日本」を創るための「スローなビジネス」で超長期的な経済成長を実現していくことができるはずだ。


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