社内ブックカフェと利他と企業の社会貢献
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社内ブックカフェと利他と企業の社会貢献

もう10年近く前。

筆者が西友でマーケティング責任者をしていた時の話です。

商品本部という、仕入れ・プライシング・棚割りなどを担当する、いわば流通の心臓部とも言える部門の若手4人が、ランチ面談を申し入れてきました。

普段は、直接はやり取りすることが少ないメンバーだったので、なんのことだろうと思いきや、何やら「商品本部の業務用キャビネットの一部を使って、小さな図書館的本棚を作りたい」

いわく

・本棚の名前はスタバをもじってStarbooksとしたい(結構ちゃんとしたロゴまでできていました)

・ユーザーは商品本部向けだけではなく、全社員としたい

・商品本部長の了解は取っているので、告知のやり方をアドバイスして欲しい

とのこと。

感じいった私は、協力することを約束し、その後時間を取り

・どんなタッチポイントを使ってコミュニケーションするのか/コミュケーションはどんな頻度で、どのように発信するのが良いか(スタブのコミュニケーションデザイン)

・スタブで本を借りることは、ユーザーに取ってどんな経験か、の言語化(スタブの価値)

・スタブがもし人であれば、どんな性格で、どのようなコミュニケーションをするのか(スタブのパーソナリティ)

・月替わりなどでスタブの商材(=本)をフィーチャーする仕組みがあると、ニュースが作りやすくなり、コミュニケーションに血が通う(フィーチャープラン)

といった考え方をレクチャーしました。若者たちは自身を「スタ部員」と命名し、これらの要素を自分で作り、実践し、スタブはスタートしました。本は社員などからの寄贈で集めたように思います。

程なくして、西友の本社をリノベーションする、という話が浮上しました。もともと銀行だった物件の2−4階部分を、ほとんどいじらずに社屋として使っていたのですが、大幅に手を入れて従業員に優しいオフィスにする由。

その話を聞きつけたスタ部員が、また私に相談を持ちかけてきました。

リノベーションに乗じて、スタブを単なる本棚から、ブックカフェ的なスペースにバージョンアップできないか、というのです。

乗りかかった船、貴重な本社スペースの一角をスタブのために確保すべく、筆者は同僚の役員たちにかけ合い、合意を取り付けて行きました。

当時の同僚たちは、皆リベラルで柔軟な考えの持ち主で、次々に快い賛成票が集まり、建物の中でもっとも日当たりの良い部屋がスタブに当てられることになりました。

改装担当役員の計らいで、使っていなかったソファやテーブルが持ち込まれ、いい感じの木製本棚もインストールされました。

本棚は小売り店舗の構造に倣って、定番棚とフィーチャー棚が設定され、フィーチャー棚では「役員のお薦め本」が紹介されました。

別のフィーチャープランとして、貸し出し人気ランキングがコミュニケーションされるようになりました。当時渋谷駅にあったRanking Ranqueenに着想を得たスタ部員のアイデアでした。

役員有志が自腹を切ってネスプレッソを設置しました。コーヒーカプセルは一個百円で販売し、利益は全て書籍の購入に当てました。

ネスプレッソマシンのメンテナンス、紙コップ・カプセルの補充、金銭管理などはスタ部員が持ち回りで担当しました。

本の並び方は、小売りでいえば棚割りに相当する重要な決め事です。スタ部員は腕によりをかけて、凝った陳列を創りました。例えばコンセプト(=物事の本質)を突き詰めることの重要さ、という観点でマーケティングの本と哲学の本が隣接していたり。そのこだわりに筆者は痺れました。

こうしてスタブは、オフィスの一角の本棚から、オアシス的なカフェスペースとしてバージョンアップしました。かくいう筆者も仕事で煮詰まるとよくスタブを訪れて、気分転換していたものです。

今回のCOMEMOのお題を拝見し、私が想起した自分の経験はこのスタブに関わることでした。

この経験は、社会貢献というにはインパクトが足りず、必ずしも題意にあっていないかもしれません。

その上で社内=狭い範囲での公共に対する貢献として私がこれを想起したのは、この仕事はマーケティング本部長としてのスコアカードには全然関係ない、利他的なものだったから、だと思います。自分のためでなく、他者や全体のために動くのが「貢献」である、という感覚に基づいて思い出した、ということですね。

利他的なことだったから、筆者に見返りがなかったか、という決してそんなことはなく、例えば

・スタ部員やその他社員から寄せられた感謝、それによる温かい気持ち

・一連の折衝を通じて得られた各役員との良好な関係・信頼

など、直接的に筆者のメンタルを上げてくれたり、観察的に仕事を円滑に進めてくれたりする資産ができました。情けは人のためならず、とはよくいったものです。

組織の中で、より多くの人が、常時この原則で行動していれば、組織はより多くの感謝やスムーズな関係性で満たされ、心理的安全性の高いポジティブな風土・文化で満たされ、組織が一つの方向を向いて仕事を進めていくのに強い力を発揮するでしょう。(自戒をこめていえば、当時の筆者は、残念ながらスタブ以外ではそんなに利他的ではありませんでした)

企業でなく、社会を単位に考えても、同じ理屈で、より多くの市民が利他の原則で行動することが社会全体の幸福を増幅するように思われます。こうして考えると「他社のために率先して貢献する」ことを是とするような啓蒙や実践を進めることは、住みやすく幸せな社会を作っていくポイントになるような気がします。

最後に2点ほど。

この種のアジェンダで議論がされると、北欧型の高福祉社会が礼賛されて、アメリカ型の自由競争社会が批判されがちになります。つまり高福祉社会は税制などによる所得移転を、富裕層からの利他と経済的に不幸な人の存在を解消すること仕組み化として制度化しており、自由競争社会はその逆という次第。

しかしこの啓蒙や実践、というのは一人ひとりのマインドセットにかかる部分が大きく、制度設計の話ではない、と思います。(データはありません。直感的に記しています。)

何が言いたいかいうと、マインドセットは親や学校による教育や、その後の学習による部分が主であり、税制などの社会制度とは、直接的には関係ないのではないか、ということです。利他のマインドがなければ、高福祉社会の富裕層は搾取されている感覚が残ると思いますし、非富裕層は漁夫の利に預かるフリーライダーとなり、おトクな感覚こそ残れどそれが幸福かと言われるといかがなものかと。

もう一つ。個人ではなく法人、つまり企業が利他行動を行い、そのためにキャッシュを拠出することは、これが「もはや企業の義務だ」的な説明により推進されることが多く、個人のケースと比べていまひとつ腹落ちが足りないように感じられます。(こちらもデータはありません。直感的に記しています。)

これは、企業に対する感謝や信頼は、個人に対するそれと比べて作用が限定的(企業は幸福感を感じないし、信頼による営業の円滑化も社会貢献以外のパスで作る方がより強力なので)になり、株主の長期的な利益と整合するのかが不明瞭である、ということによると考えます。

そうであれば企業の社会貢献は、そのミッション・ヴィジョンや最近流行りのパーパスに整合させ、本来の業の一部に組み込んでいくことが肝要になるのではないかと思います。例えば「木を植える」という利他行動を自社がすべきかどうかは、他の企業との横並びで判断するのではなく、自社のミッションやパーパスに照らし合わせて考えるべきだ、ということですね。

そういう社会貢献であれば、売り上げに反映しやすそうですし、それによって社会に励起される感謝はブランド資産として蓄積され、株主の利益と両立できるのではないか、という次第。

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富永朋信(プロフェッショナルマーケター・「幸せをつかむ戦略」著者)
9つの事業会社でマーケティングやってきました。うち、西友、ドミノ・ピザなど4社でCMO。現在は株式会社Preferred Networksの執行役員CMO、イトーヨーカ堂・セルム顧問、日経XTrendアドバイザリーボード、厚生労働省年金局広報検討委員、内閣政府広報アドバイザー等。