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ECBプレビュー~勝利宣言はまだ~

ドル/円相場に注目が集まりがちですが、今週25日にはECB政策理事会がありますので簡単にプレビューしておきたいと思います。今回、ECBが「将来の金利軌道(the future rate trajectory)」について何らか踏み込んだヒント(具体的にはハト派的な情報発信)を出してくるという期待も一部あるようですが、筆者はそう考えていません。政策運営は現状維持で、近々に利下げを検討しているような素振りを示すことも考えにくいと思っています。

昨年12月14日の政策理事会後、ラガルドECB総裁は会見で金融政策に関し、「固体、液体そして気体のようなもので、固体から液体を経ずに気体になることはない。だから今回議論はしていない」と物質の三態を用いて現状説明を試みました。固体が「利上げ」、液体が「現状維持」、気体が「利下げ」とすれば、固体から液体への変化が進んでいる今、一気に気体の話が出てこないのは当然という訴えでした。

恐らく今回も固体から液体への変化を見守る段階にあることを強調しつつ、無風での通過を試みると予想します。市場が待ち望む気体(≒「利下げ」)への変化は春先以降の本題でしょう:

これは最近の情報発信からもはっきりしています。1月18日に公表された12月の政策理事会議事要旨では「市場の急激なリプライシングが金融環境を過度に緩める恐れがあり、インフレ抑制のプロセスを頓挫させかねない」との懸念が表明されています:

現状、金融市場では預金ファシリティ金利に関して4月からの利下げ開始を織り込んでいるが(▲10bpならば1月や3月も視野に入る)、政策理事会の胸中とはかなり距離がありそうな状況です。

ECBが重視する雇用・賃金市場に対する最終的な評価は3月末のイースター明けが1つの目途になり、これを受けて実際の政策運営が修正に至るのは年央(恐らく6月のスタッフ見通し改定時)ではないかと思います。議事要旨で「基調的インフレ圧力についてのシグナルは明瞭ではない」と記述されていたのは、イースター明けまではまだ時間があることを言外に含んでいます

こうした情報発信は足許のユーロ圏消費者物価指数(HICP)がコアベースで依然+4%にある以上、妥当な判断と言えるでしょう。また、議事要旨では金融市場の金利見通しについても「かなりの楽観を反映しており、専門的な仮定に採用されている金利軌道およびインフレ見通しの両方に関して、ECBのスタッフ見通しとは食い違っているとの感触を多くの当局者が抱いている」とハト派期待を退けるような記述がみられています。

その上で1月17日にはラガルド総裁が「インフレはECBが望む水準にない」、「過度に楽観的な市場はECBのインフレとの闘いを支援しない」などと述べています。こうした発言はこうした現状を踏まえる限り、ECBが12月政策理事会以上の情報を与えてくれるとは思えません。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR11EA20R10C24A1000000/

 ハードランディング回避と紅海トラブル
なお、実体経済に関し、 議事要旨では「利上げの影響の重要な部分はまだ浸透していない。経済活動への全体的な影響は2024年序盤にピークを迎える」と記述され、「インフレを除くユーロ圏のマクロ経済データは予想を上回り、経済の『ハードランディング』懸念は緩和された」との評価が下されています。

実際、直近データとなる7~9月期実質GDP成長率は僅かなマイナス成長に陥ったものの、家計消費はプラス寄与を維持しており、ここに雇用・賃金環境の堅調さを見出せます。「ハードランディング無し」を前提に据える以上、雇用・賃金情勢が再び熱を持ってくる展開には余計、警戒感が抱かれるでしょう。当然、利下げを決め打ちするような情報発信は難しいはずで:

ちなみにインフレに関して言えば、上振れリスクはまだあります。

それは紅海における治安悪化を理由として海上輸送に障害が出ていることをどう評価するかという点です。既報の通り、紅海ではイエメンの反政府勢力・フーシ派がイスラム組織ハマスとの連帯を掲げた上で航行する船舶への攻撃を繰り返しています。国際貿易における海上輸送の要衝が機能不全を起こす中、世界の石油供給に支障が出るとの論点があります。このテーマ自体はちょうど前回の政策理事会辺りで浮上したもので、少なくとも12月改定のスタッフ見通しに織り込まれているものではないでしょう。

最短航路が使えない以上、海上輸送の運賃の値上げや輸送時間の延長は必然的に起きるでしょう。例えば海上輸送のルートをアフリカの喜望峰経由に切り替えると輸送にかかる時間は最大で3週間伸びるという見方もあります。現状、原油価格が跳ね上がるような展開にはなっていないものの、この話があるからこそ欧米そして中国の経済失速が重なっても下げ止まっているという見方もあります。

以上を踏まえる限り、域内におけるインフレ圧力はECBが勝利宣言を出せるほどの状況にはなっていないと思います。筆者は、イースター休暇明けの4月に雇用・賃金情勢の落ち着きが確認されるということを前提にした上で、ECBの利下げは最速でも6月、順当に考えれば9月以降と考えています。市場予想通り、FRBの利下げが年央に始まるとすれば、ユーロ相場への下げ圧力も限定されると思われます。しかし、FRBよりも利上げ着手が遅かったECBの方が早く利下げに転じてしまうという展開になった場合、下抜けてしまうリスクも払しょくできないでしょう。


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