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発信に際して安易に権威を頼らない。

今回は発信における「権威の頼り方」の是非をテーマにします。まずは、トルコのワインから話をはじめます。

トルコのワインの知名度をあげるにコンクールを使う

ワイン発祥の地にはジョージアやアルメニアなど諸説あります。黒海からカスピ海にいたるコーカサス山脈周辺地帯で、現在のジョージアとアルメニアにあたる、というわけです。両国はトルコと国境を接している国々です。

その接しているトルコでワインが生産されているとの日経新聞の記事に目が止まりました。それもかなり積極的に商売を仕掛けているようです。トルコはイスラム教徒が大半ですから、「おっ!アルコールが商売になるのか?」と思いますよね。オスマン帝国時代はマイナーな扱いだったのが、1924年の政教分離でワイン生産が再び活発化したとあります。

実は古代から続くワインの産地で、その歴史は7000年近いとされる。南東部には5世紀から続くキリスト教修道院のブドウ畑から造られるワインもある

たるが発明される以前の古代、ワインの発酵や貯蔵は温度が最も安定する地中に埋めた甕(かめ)の中で行われていた。トルコの一部では現在も、こうした古代製法によるワインを楽しむことができる。

ワインの生産・消費はローマ時代などを経て、イスラム教を国教としたオスマン帝国でも主にキリスト教徒などのマイノリティー集団を中心的な担い手として続いた。政教分離を掲げるトルコ共和国になり、ワイン生産が再び活発化した

知られざるトルコワイン 歴史7000年、多品種栽培で新風
知られざるトルコワイン 歴史7000年、多品種栽培で新風

この記事ではコーカサス地方ではなく黒海の反対端、エーゲ海沿岸、ギリシャ、ブルガリアに続く欧州大陸側のトラキア地方のワイナリーを紹介しています。バルカン半島は農産物が豊かなところなので、大いに頷けます。そしてビジネスの最前線の経験を経て、故郷でワイナリーをはじめたチャムルジャ氏のブランドがコンクールも活用しながらアピールをしています。

地元の農家出身のムスタファ・チャムルジャ氏が政府や欧米監査法人などを経て故郷に戻り、ワイン生産を始めたのは11年。今では年100万リットルを出荷し、23年の国際コンクール「AWCウィーン」ではカベルネソービニヨンとメルローの部で大賞を受賞したほか、国別の最優秀ワイナリーに選ばれた。

歴史上、様々な民族が行き交ったトルコではワインの作り手も代わったが、ワイン生産に適した土地なのは間違いない。国際ブドウ・ワイン機構(OIV)によると、2021年の生産量は6200万リットルと世界30位、輸出量では60位

知られざるトルコワイン 歴史7000年、多品種栽培で新風

「なるほど、知名度の低さをコンコールを使ってカバーしようとしているのね」と納得する流れです。主に国外PRに貢献するのでしょう。

「〇〇コレクションに参加する」の背景にあるもの

それから、上記とはまったく関係のない別の記事が目に入ります。「ミラノ、パリの「コレクション」と呼ぶのは日本だけ? 誤解の一因に」という朝日新聞の記事です。パリやミラノのファッションウィークの呼称を話題にしています。

「○○コレ」と略したりしているが、正式名称は「コレクション」ではなく「ファッションウィーク」。「○○(地名)コレクション」が通じるのは日本だけだ。

日本のファッション専門メディアや大手メディアの専門記者が「パリ・コレクション」「ミラノ・コレクション」と記述する際、一部の例外はあるが、基本的には各コレクションの「公式スケジュール」として認められているブランドのショーやプレゼンテーションを指している。
(中略)
もちろん、限られた枠の公式のショースケジュールに入るには主催者による厳しい審査があり、ゆえに商業的な反響も大きいのだ。

ミラノ、パリの「コレクション」と呼ぶのは日本だけ? 誤解の一因に

正式名称は「地名+ファッションウィーク」であり、そこで「参加した」と名乗れるのは、そのファッションウィークの主催者の審査を通ったブランドのショーやプレゼンテーションだけである、ということです。

しかしながら、いくつかのファッションブランドがファッションウィーク開催中に非公式のイベントを開催し(あるいは、非公式のイベントに参加し)、「〇〇コレに参加した」とPRに使っていることを、この記事の記者は以下のように問題視しています。

しかし、世界でトップクラスの「ミラノ」の公式と非公式の違いをあいまいにしたPRは、たとえその仕組みの詳細を知らなかったとしても消費者に誤解を与える可能性が高く、適切ではないだろう。

ミラノ、パリの「コレクション」と呼ぶのは日本だけ? 誤解の一因に

「参加した」とPRする会社自体がファッションウィークの仕組みをよく知らないことも情けないですが、そもそも、こうした「公式」を全面的に祭り上げるというか、頼るメディアも事業者も、そして消費者も反省すべきことじゃないの?とぼくは思います。

記事の最後にある以下の提案はもっともなことですが、ある知られた目安を「すべて」と過大評価するからこそ、その性格を見抜いた非公式イベントのオーガナイザーがブランドに営業してくるのでしょう。そして、それが「凱旋的な意味」をもつと思い込むブランドが、よく知らずに話にのるに過ぎない。

権威とされるものに弱い、かつそこでビジネスが成立してしまう性格が問題ではないかと思います。あるいは、日本のファッションブランドはすべからく、ワインにおけるトルコのような地位にあるのか?ということです。

問題の根源の一つは、日本独特の呼称でもある。日本メディアは「パリ・ファッションウィーク」を「パリ・コレクション」、「ミラノ・ファッションウィーク」を「ミラノ・コレクション」と表記してきたが、正式に「ファッションウィークの公式スケジュール」などと改めるべきではないか。

ミラノ、パリの「コレクション」と呼ぶのは日本だけ? 誤解の一因に

残念ながら、「なぜ「生地の生産地表示」が一歩前進になるのか?ーLVMHの方針が指し示すもの」で紹介した以下のグラフが、その疑問に答えているわけですが・・・。

経産省「ファッションの未来に関する報告書」のP147

似たような例は「ミラノサローネ」や「ヴェネツィアビエンナーレ」にも

「○○に参加しました」と日本の企業や人が喧伝するのは、ファッションの世界だけではないです。ぼくがよく見聞するケースだと、毎年春に開催されるデザイン分野のミラノサローネです。

サローネは郊外の会場で開催される「サローネ国際家具見本市」のみを指しますが、市内での勝手イベントの「フオーリサローネ」に参加しても、「サローネに参加しました!」と言う例は多いです。企業、デザイナー共に、です。そこで、今や両方を総称して「ミラノデザインウィーク」もよく使われます(この経緯の一端は、ダイヤモンドオンラインに書いた「国や行政主導ではない、ミラノデザインウィークが世界的イベントに発展した本当の理由」を参照ください)。

もちろん、サローネ国際家具見本市の広報は口すっぱく区別をアピールします。しかしながら、商標を毀損するのは問題ですが、多くの人々の意識がその点(区別に厳密になる)に向かうと期待するのも無理があります。

アートや建築分野の「ヴェネツィアビエンナーレ」も同様で、規定の会場の外で勝手に開催されるイベントが多数あり、今やそれらを含めてヴェネツィアビエンナーレであることに主催者が寛容な風があります(ぼくの印象ですが)。

その背景にあるのは、公式か非公式かによって商品なり作品の評価の差が出ない、少なくても消費者や鑑賞者は自分の目でみることを第一とする、という姿勢が主催者側にあるからではないかと推察します。

また、これは音楽などのコンクール入賞に対する日欧温度差にも適用でき、欧州の人もコンクールに入賞することは栄誉ですが、皆が皆、コンクールに参加することを至上命題にしていない。コンクールに出なくても、自ら道は拓けると思っているから、参加にそう熱心にならない実力ある人もいる。仮にそういう人がいても、周囲の反応として「どうして出ないの?」とならない。不参加に不思議がられたりしないのですね。

つまり、主催者も企業も表現者も、自分たちが自分たちの存在を世に伝えるアプローチはさまざまにあり、いかにオープンに自分たちの知名度をあげたり領域を広げるかが第一の関心事にある。

逆の言い方をすれば、ある規定のもの、どこかの組織が設定した指標、それらを絶対的なものとして見ない。やや批判的にいえば、そこまでそれらを信用していないのですね。そういうことを欧州で生活していて感じます。

・・・ということで、やっぱり、発信に安易な権威頼みは危ないです。最近よく言及している記事を再掲しておきます。

冒頭の写真©Ken Anzai


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