見出し画像

23年度上期経常収支の詳しい読み方

キャッシュフローベースでの黒字は10分の1

11月9日、財務省が発表した2023年度上期(4~9月)の国際収支統計(速報値)は経常収支が+12兆7064億円と黒字幅に関して「前年同期から3倍」となり、それが「年度の半期ベースで過去最大」であることがヘッドラインで取りざたされました:

「どうだ、昨年悲観論は間違っていたろ?!」と言わんばかりの論調も見られ、絶対値の変化幅に着目して楽観を強める雰囲気を感じます。ただ、もうちょっとだけ話は複雑なので腰を据えて統計見て頂きたいと思います。

2023年度上期の国際収支統計のポイントを3つ挙げるとすれば①貿易収支赤字の縮小、②旅行収支黒字の拡大、③その他サービス収支赤字の拡大であり、①と②の影響が、③の影響を上回る局面だったと言えそうです

まず①について言えば、貿易収支赤字は▲1兆4052億円と前年同期(▲9兆1814億円)から+7兆7762億円と大幅改善し、②も旅行収支黒字(+1兆6497億円)が前年同期(+1102億円)から+1兆5394億円と実に10倍以上の黒字に膨らんでいます(もっとも鎖国状態からの急回復を過大評価すべきではないでしょう)。片や、③については、その他サービス収支赤字が▲3兆7235億円と前年同期(▲2兆8887億円)から▲8348億円の拡大を見せています:

総合すると2023年度上期の経常収支黒字拡大は基本的に貿易赤字縮小と同義であり、その主因は言うまでもなく原油価格の下落(前年同期比▲25.3%の1バレル83.52ドル)でした。そうした市況要因は確かに大きなものですが、構造的な事実を含むわけではなく、過度に大騒ぎするのも違うと感じます。なお、経常収支黒字は実態としては第一次所得収支黒字であり、海外有価証券から発生する利子や配当金、もしくは日本企業の海外現地法人における内部留保(再投資収益)や配当金などから構成されています。この点は過去のnoteでも繰り返し議論している事実ですが、日本企業の海外現地法人における内部留保(再投資収益)はもちろん、海外有価証券から発生する利子や配当金は基本的に外貨のまま再投資されることが想定され、円買いフローには繋がらない黒字と言えます。詳しくは以下を参照下さい(※なお、本件を出してから全く同じことを違う名前を付けて対外的に発表する学者の方がいる、と連絡を受けました。一般情報を用いた計算ですし、公表しているので使っていただくのは私は構いませんが、もし本当に参照頂いたのであればその旨、言及して頂けると嬉しいと思います):

そこで筆者が試算するキャッシュフロー(CF)ベースの経常収支を参照にすると、2023年度上期の黒字は約+1.5兆円まで縮小します。もちろん、前年同期が▲5.6兆円だったことを考えると円相場の需給環境は間違いなく改善はしていると言えそうです。とはいえ、CFベースで見れば、統計上は約+12.7兆円あった経常黒字が10分の1程度に圧縮されてしまう事実はやはり円相場の中期見通しを検討する上では重要ではないかと思います:

ちなみに1~9月合計でCFベース経常収支を計算すると▲2兆2211億円と▲6兆8125億円からは大幅に改善しているものの、依然として赤字が確認され、年初来の円安地合いと平仄が合います。

その他サービス収支赤字は過去最大

引き続きサービス収支赤字が大きいことも注目に値します。インバウンド需要の猛烈な回復を背景に旅行収支黒字が拡大し、サービス収支赤字が縮小(▲3兆2884億円→▲2兆3347億円)していることに目が奪われがちですが、サービス収支全体を規定するその他サービス収支赤字も非常に大きな水準を記録しています:

上述したように経常収支黒字は「年度の半期ベースで過去最大」を記録していますが、その他サービス収支赤字も「年度の半期ベースで過去最大」でした。これまでその他サービス収支赤字は(年度半期ベースで)1度も▲3兆円台をつけたことがありませんでしたが、▲3兆7235億円と▲4兆円に迫っています。原油価格など商品市況に依存しやすい貿易収支や海外景気動向にも影響される旅行収支に比べて、巨大プラットフォーマーへの支払などに規定されるその他サービス収支赤字は基本的に今後も増勢が見込まれます。これは経常収支黒字の水準を切り下げる要因として、ひいては円安要因として懸念すべき動きでしょう。

なお、旅行収支黒字も過去最高ペースで積み上げられており、+1兆6497億円の黒字はやはり「年度の半期ベースで過去最大」でした。だが、日銀短観などから読み取れる宿泊・飲食サービス産業における強烈な人手不足を踏まえれば、もはや日本にはインバウンドの需要があっても供給を持続するのは難しい局面に入ってきているとも読めます:


まとめると旅行収支黒字が得られる外貨は天井が近い一方、デジタルサービスなどを中心として支払が増えているその他サービス収支赤字の拡大余地はまだ大きいというのが日本のサービス収支が直面する状況です。

分かりやすく言い換えますと、観光のような労働集約的な産業でいくら外貨をかき集めても、プラットフォームサービスのような資本集約的な産業から得られる外貨の払いが止まる目途が立っていないのが今の日本と言えるでしょう。これを調整する相場現象として中長期的な円安を不安視する、というのが筆者が抱いている懸念です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?