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23年上半期の貿易収支を受けて~黒字転換をどう読むのか~

上半期の赤字は▲7兆円に
7月20日、財務省から発表された6月の貿易統計は+430億円と実に23か月ぶりの黒字に転じました:

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA199XE0Z10C23A7000000/


自動車輸出の伸びも指摘されるが、やはり原油を筆頭とする資源価格の急落を受けた輸入減少(前年比▲12.9%)に起因する部分は大きいと言えます。2022年に資源高と円安を受けた輸入急増が見られ始めたのは下半期であるため、ここから先の貿易収支は前年比での改善がクローズアップされやすくなるでしょうし、季節調整済みの貿易収支も黒字が視野に入ります(6月はまだ約▲5500億円の赤字)。

もっとも、上半期を終えたところでの貿易赤字は約▲7兆円で、前年同期の約▲8兆円を1兆円程度下回る程度とも言えます。7月以降も輸出の伸びが堅調かどうかは欧米経済の堅調さに依存する部分もあり、黒字転化が常態化するかどうかは不透明でしょう。

ちないに残り6か月で3兆円の貿易赤字を記録すると年間▲10兆円の大台を2年連続で超えることになります。現在、史上最大の貿易赤字は2022年(約▲20兆円)ですが、その次は2014年(約▲12.8兆円)、2013年(約▲11.5兆円)と続いてきました。2023年がここに割り込んでくる可能性は未だ払しょくできないでしょう。ちなみにドル/円相場の変化率と照らし合わせると、2022年は+12%、2014年は+12%、2013年は+18%となっており、いずれの年も大幅な円安が進みました。2023年に関しては、米国の利上げ停止(と利下げ観測の高まり)という金利面からの円高圧力があるとしても、「需給構造が崩れる中で思ったほど円高にはいかない」というのが従前より筆者が繰り返してきた主張です。

日本の貿易収支構造の変化は明らか
史上最大の貿易赤字となった2022年に関し、歴史的な円安と資源高を受けた一時的な現象と整理する向きは多く、6月の貿易黒字を受けてその声はさらに強くなるかもしれません。実際、「歴史的な円安と資源高を受けた一時的な現象」という理解は間違いではありません。

しかし鉱物性燃料を抜いた上でドル換算にしても日本の貿易収支が悪化傾向にあることは否定しようがない事実です:

鉱物性燃料を控除すれば辛うじて赤字転落が免れるのも事実ですが、大きな黒字に戻るわけでもなく、概ね均衡というイメージにとどまります(そもそも「鉱物性燃料を除外する」という前提に本質的な意味は無いので赤字体質は直視すべきです)。

こうした状況を踏まえれば、「鉱物性燃料以外の部分でも収支が悪化する背景がある」という事実が推測されます。その理由も1つではないでしょうが、例えば史上最大の貿易黒字(約14兆円)を誇った1998年と史上最大の貿易赤字(約▲20兆円)を記録した2022年を比較した場合、輸入は鉱物性燃料のほか、化学製品の伸びが著しいと言えます:

この中身を主導するのが医薬品であることは良く知られた事実ですが、海外の製薬会社の日本への輸出のほか、日本の製薬会社が海外製造を増やしていることから、日本企業が海外販売した医薬品が輸出には算入されていないという側面もあると言われます。

輸出側に目をやると、機械及び輸送用機器は相変わらず主要な黒字品目であるものの、この中身も詳しく見る必要があります。具体的には半導体等製造装置、原動機などを含む一般機械や乗用車を含む輸送用機器は黒字を拡大させている一方、かつて日本が主導的な地位を誇った冷蔵庫やテレビなど電気機器の黒字消滅しかかっています:

2022年下半期(7~12月)に限って言えば、電気機器が統計開始以来、初の赤字転落となったことも大々的に報じられました。これは日常生活に目をやれば良く分かるでしょう。2000年前後、日本製の薄型テレビが世界を席巻し、日本製の携帯電話も相応の存在感を持っていたはずですが、今や見る影もありません。そのような民生家電を巡る環境の激変は電気機器の収支を見れば明白ということです。これらは資源高や円安で輸入が拡大するという論点とは別に起きているものであり、構造変化の一端と言えます。

「モノを売って外貨を稼ぐ」時代は終わっている
まとめれば、鉱物性燃料や化学製品の輸入が増える一方で、電気機器の凋落を埋め合わせるほどの輸出項目が生まれなかったというのが過去四半世紀の日本の貿易収支に起きたことです。結果として直面するようになった貿易黒字の消滅やこれに伴う円安地合い、それを活かすための対内直接投資促進や研究開発拠点誘致に力点を置き始めたのが今の日本の現状です。骨太の方針で国内投資促進を念頭に各種施策が検討され始めたのは前向きな話です。

非常に長い目で見れば日本の貿易収支が趨勢的に黒字を稼げなくなった2012~13年頃を境に円相場は大きな上昇を経験しなくなっています:

こうした状況は日本が「モノを売って外貨を稼ぐ」という「未成熟な債権国」が「過去の投資の“あがり”で外貨を稼ぐ」という「成熟した債権国」にシフトしたという事実を意味します。「過去の投資の“あがり”」である第一次所得収支黒字は受取の7割弱が日本に戻ってきません。前回のnoteでCFベースの経常収支イメージを議論させて頂いた通りです:

こうした事情から「会計上は経常黒字でも実務上は経常赤字なのではないか」というのが筆者の仮説であり、円相場の大局観を読む土台となっています。単月の経常収支や貿易収支の動向に右往左往するのではなく、潮流の変化を見極めた上で円相場のイメージを引き続き作っていきたいと思います。

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