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植田初会合の読み方とドル円相場への影響~円安という大勢は不変~

やや理解の難しい声明文の方向性
4月27~28日に開かれた植田日銀総裁にとって初回となる金融政策決定会合は現状維持を決定しました。今回の展望レポートにおける物価見通しの上方修正や今後想定される海外情勢の変化などを踏まえれば、初会合とはいえイールドカーブコントロール(YCC)撤廃が決定されても不思議ではないと筆者は考えていました。同様の思惑を抱く向きは市場の一部にもあったかと思います。しかし、声明文や総裁会見を通じて行われた情報発信は総じてハト派色の強いものでした。やはり初っ端から派手な政策修正を行うことは後々のコミュニケーションに支障をきたすと判断したのかもしれません:

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB282IM0Y3A420C2000000/


今回の注目点は2点ありました。1つは過去25年にわたる金融緩和(非伝統的金融緩和)について「1年から1年半程度の時間をかけて、多角的にレビューを行うこととした」とのアナウンスがあったこと、もう1つが政策金利に関するフォワード・ガイダンスの記述が撤廃されたことです。

後者は、新型コロナウイルス感染症に絡めて「躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」と約束していたパラグラフならびに「政策金利については、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」と利下げバイアスを示唆していたパラグラフがともにカットされています。5月8日をもって新型コロナウイルス感染症が季節性インフルエンザと同等の5類に引き下げられる以上、該当する部分が不要になったのは合理的な話です。

しかし、利下げバイアスを示唆する文言がカットされたことに関しては全体的にハト派色の強かった会合のトーンとやや齟齬があり、分かりにくさがあるように思えました。実際、声明文には「引き続き企業等の資金繰りと金融市場の安定維持に努めるとともに、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」との文言が残されており、「コロナ関連に限定せずとも緩和姿勢は不変」と読むのが正しく、利下げバイアスのカットをタカ派的だと騒ぐこと自体は恐らく正しくないでしょう。会合を通じ円売り優勢だったことからもそのような読み筋は大勢とは言えません。

しかし、植田新体制の目指す方向性について、やや理解に難渋した市場参加者も多かったのではないかと推察します。
 
「長期的なレビュー」と「短期的な政策運営」の関係性
今回の会合を受け、殆どの市場参加者が感じたことはこれから最大1年半にわたって実施される「長期的なレビュー」と、目先の「短期的な政策運営」の関係性でしょう。端的に言えば、「レビューの最中、政策運営は大きく変わらないのか」という疑問です。

この点、植田総裁は会見においてレビュー中であっても「その時々に必要な政策変更は(中略)必要があれば実行していく」と述べており、最大1年半にわたって正常化が封印されたわけではないことを強調しています。黒田体制以降、日銀は2016年に総括的検証を経てYCCを導入、2021年にも点検という格好で自身を振り返っています。しかし、それらは全て当時の体制が行っていた政策を対象とする短・中期的なレビューであって、「過去25年を振り返る」という壮大な話ではありませんでした。今回、植田体制が着手するのは「次の一手」に影響を与えるようなレビューではなく、FRBやECBがまさに1~1.5年をかけて行った金融政策運営の土台となる考え方の戦略の見直し(strategy reviewと訳されることが多い)に近そうです。

FRBを例に取れば、1年程度の戦略見直しの結果として平均インフレ目標(FAIT)が2020年8月から導入されるに至りました。それが今回の利上げ遅延に結び付いたという批判はあるものの、そうした見方が市場の大勢になっているわけではないと思います。「戦略見直し→現在の政策運営」とストレートに連想する向きは多くなかったはずです。

ECBも1年半をかけた戦略見直しが2021年7月に完了し、2%以上のインフレを容認するようになったという意味で「ハト派に傾斜した」という評価が目立ちましたが、そもそもパンデミックの最中にあって、その影響がどこまであったのかは読みづらいものでした。

少なくとも1~1.5年をかけて行う作業が手前の経済・物価情勢を制御すべき金融政策の運営を縛るということは考えられません。「次の一手」に対する観測は別途進めるべきでしょう
 
年内YCC撤廃の可能性は依然残る
引き続きYCCが「ある日突然に無くなる」というリスクを抱えたままであることは変わらないと思います。それが年内である可能性も十分あるでしょう。本来、展望レポートの物価見通しが引き上げられ、欧米中銀のタカ派色が薄らいでいる今回は好機だったようには思えました。

しかし、展望レポートとは無関係にYCCの副作用が大きいと判断すれば撤廃も辞さないというのが植田総裁の基本姿勢と考えられます。望むらくは、その時には欧米金利に連れて円金利が低下し、「YCC撤廃→円金利上昇」とならないようなタイミングが好ましいでしょう。展望レポートの上方修正が無い時こそ「これは利上げではない」と言い訳する必要があるため、「YCC撤廃→円金利横ばいor低下」となる状況を選ぶ必要があります。その意味では欧米がハト派色を強めそうな年後半、YCC撤廃の目は残るかと感じます。

ちなみに今回は『賃金の上昇を伴う形で、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することを目指していく』と賃金上昇の必要性を明記しています。そのため春闘を含めた仕上がりを大方確認できる7月を待ってという読み筋もあるかもしれません。声明文の表記が賃金上昇を条件付けしているようにも見えるため、「賃金ターゲット導入か」という声もありますが、雇用・賃金情勢を絡めた好循環は前体制から緩和解除の必要条件として言及されており、新味のある話ではないでしょう。金融政策だけで名目賃金が上がるという安直な発想を植田総裁が支持するはずもなく、単に「コストプッシュ型の物価上昇では緩和を止める理由にはならない」ということを強調したに過ぎないと思います。
 
ドル/円相場への影響
ドル/円相場は植田体制への過剰な正常化期待が剥落したことで137円台まで急騰しました。筆者は円安相場はあくまで需給環境が構造的な円売り超過に傾斜している事実に依拠しており、こうした植田体制に対する思惑主導での円安地合いは反転する可能性が高いと考えます。しかし、金融市場は思ったよりも長期レビューをハト派的に解釈しており、その円売り効果が持続しそうな雰囲気もありそうです。植田総裁は真正面から長期レビュー中でも緩和修正はあり得ると言っている以上、長期レビューの存在を理由とした円売りは危ういと筆者は考えますが、少なくとも次回合のある6月まで釈明の機会はなく、円の軟調は続くと考えた方が良さそうではあります。そもそも、金利情勢とは無関係にドル/円相場の水準が切り上がっているというのは4月以降、起きている現実です:

昨年来、noteを通じても円安シナリオの妥当性を繰り返し議論していますが、その基本認識には殆ど影響はありません:


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