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良い転勤、ダメな転勤 -私が転勤を廃止した本当の理由。

こんにちは、Funeash&みんなのCHRO志水です。こちらの記事は「#転勤は本当に必要ですか?」への寄稿となります。

約13年前に事業会社の人事をやっていたときに、転勤(会社の指示による)を廃止したということは以前のNoteにも書いたとおりです。当時は「転勤」という言葉ををググると一番上に私の名前がでるほどメディアで取り上げられました。また多くの会社からも問い合わせをいただきました。それほどセンセーショナル?レアな事例だったのだと思います。

人事制度の見直しの一環で、ここにきて転勤施策の見直しをする企業が少しずつ増えてきました。
先日も管理職を対象に転勤回避権の導入を発表した記事もありました。個人的には多くの企業がこの流れにのってほしいところです。

最初にお断りしておくと、私は決して転勤そのものを否定しているわけではありません。問題提起したいのは、社員の意思に反する、あるいは同意がない(つまり転勤したくない人を無理に)辞令により転勤させること。社員の事情をきかない、社員が拒否できない状態をつくることが問題なのです。

では、良い転勤というものはあるのでしょうか?
転勤の必要性やメリット、デメリットについては他の方が書いているようなのでここでは割愛します。私は個人と組織の両方の観点から「転勤」を考えたいと思います。
では最初に良い転勤の例として自分自身の体験を振り返ってみます。

自らの成長機会を求めて挑戦する「良い転勤」

人気の大企業からの内定を直前で辞退し私は日系のソフトウェア会社に入社しました。入社を決めた最大の理由は米国の大手通信会社と共同プロジェクトを進めていたからです。もしかしたら米国で働けるかもしれないという密かな期待があったんですね。

予想通り、新人研修が終わった3か月後にそのチャンスが巡ってきました。実際には、私ではなく同期のメンバーに声がかかったのですが(笑)
ところがハプニングが起こりました。恋人と離れたくない、結婚の準備がある、英語が苦手だ、アメリカが嫌い・・などの個人的な事情で、会社の期待に反して全員が首を縦に振らなかったのです。

会社のお金でアメリカに滞在して、仕事も教えてもらえるなんてめちゃめちゃラッキー!
自分の成長やキャリアに絶対にプラスになる。手を挙げるしかないでしょ。

好奇心旺盛で独身を謳歌していた私は(ミーハーな気持ちも)すぐに手を挙げました。右も左もわからない異国の地。社会人なりたてで使えない私は、日々仕事をこなすことで精いっぱいでした。言語の壁や文化の違いにも戸惑いました。成果がでなくて落ち込む毎日。それでもたくさんのことを吸収しました。自分の意思で決めたことなので何とかやり遂げることができたのだと思います。その達成感はささやかですが自信につながりました。

22歳の時の気持を思い出しながら、プラスとマイナスのリストを下にまとめてみました。(あくまで個人の感想です。全ての方にあてはまるとは限りません)

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マイナスな面もありましたが、あの3年間がなければ今の私は存在しないと思います。それくらい得難い経験をすることができました。

自分のキャリアは自分で創る
リスクを恐れずにやりたいことに挑戦する

これらの価値観・キャリア観の基盤が形成されたのもこの時期でした。その後のキャリア人生にも転勤は大きな影響を及ぼしました。

このように、転勤には新しい環境で変化を求める人、自分の成長に貪欲な人にとってはかなり良い点があります。自らの意思で決定したのかどうか。
これが一番重要なポイントだと思います。

転勤廃止を決断した理由

次に企業の視点から考えてみます。転勤を廃止した会社には、もともと社員の意思を尊重する素晴らしい社風がありました。それがいつしか「人材育成」を目的とした転勤が現場で運用されるようになっていました。
一つは、日本企業から来た事業部トップの『転勤を重ねることで人は成長する』という考え、二つ目の理由は、事業の急速な拡大に伴う人材の確保というのが背景にあります。
転勤の最大のメリットは、事業推進に必要な人材を配置できるという点です。都内から地方へ、地方から首都圏へ。年に二度ほど国内で大きな異動が起こりました。
一方で、転勤には課題もあります。膨大なコストがかかる、社員の離職やメンタル面での問題を引き起こしたり、女性社員の就業にマイナスな要因をもたらします。(リクルートワークスの調査からも明らかです)

そこでも会社の文化や理念にあわないのではないかという声が現場から聞こえてくるようになりました。転勤廃止を決断した理由はいくつかあります。

①本人のみならず配偶者・子供など家族への負担が増加(メンタルに起因する問題件数や家族の病気などが原因の離職が増加)
②女性管理職の退職や割合の減少(40%から20%以下へ)
③エンゲージメントスコアの低下(5ポイント以上)

女性管理職の割合が40%近く占めていたのが半分を切ってしまったこと、(スコアそのものは重視していなかったものの)エンゲージメント調査の結果が低下しはじめたこと。何らかの異変が起こっているサインを見逃しませんでした。

社員の声を集めるために実施したアンケートやフォーカスグループ(*定性的研究の一種。ある製品/サービス/コンセプトなどについて集団に質問するマーケティング手法)で聞こえてきたのは私たちが意図していることとは全く異なるものでした。

・転勤を重ねて成果を出した人だけが重要なポストに登用される
・望まない転勤を受け入れなければ昇進できない
・女性が管理職になることが困難である
・キャリアアップするには家族や自分の生活を犠牲にしなくてはならない

耳の痛いフィードバックをたくさんもらいました。
事業拡大そして会社の業績を上げるために、社員の自律や自由を奪っていると社員が受け取っていると感じていたのです。
最大の懸念は、会社が大事にして理念に反していると社員が感じていたことです。

性別や年齢などに関わらず採用や昇進において公平な機会を与える


社員とのエモーショナル・コネクション(感情的なつながり)を取り戻さなければこのままではエンゲージメントが下がり、いずれ業績に悪影響がでるだろうと予測しました。こういった背景から廃止に踏み切りました。

社員が自分と家族のことを心配せずに、安心して仕事に打ち込める職場環境を整備することは会社の責任であり、成果を発揮するための阻害要因は排除しなくては業績が上がるはずがない。

転勤に伴うデメリットを説明し、転勤費用を大事な経営資源である人材に再投資することで経営陣の理解を得ることができました。(この経緯については、やや古い情報ですが、こちらに。ご興味がある方はご覧ください)

正直に言うと、転勤廃止は人事の仕事が増えます。転勤を命令できないということは、空席を埋めることに人事はコミットしなくてはいけなくなるからです。ヒントになればよいのですが、実際に行った例をいくつかあげます。

・空ポジションを公募にして手を挙げた人から選抜(非正規社員にも拡大)
・挑戦する人を後押しする手厚い手当の支給
・どうしても埋まらない場合は「期限付き転勤」(後任を発掘・育成という任務を与えて)
・人材データを整備して人材レビューで事前に活用(キャリア目標や転勤可否など)

わーーこれは仕事がすごい大変になるじゃん!と
心配されるかもしれませんが、工夫すれば打つ手はいろいろ考えられます。むしろ人事のクリエイティビティを発揮して事業に価値をもたらすチャンスなんです。人事への評価が高まります。

転勤もキャリアも働き方も会社まかせにしない

数年前、あるイベントで大企業の人事部長の方にお叱りを受けました。初対面でしたが、いきなり次のようなことを言われました。

あなたのような人事責任者がいるから困るんですよ。会社に甘えて、わがままを言うモンスター社員が増えるんです。会社から異動・転勤を命じられたら、それに従う。これが社員の責任なんですよ。「いつでも、どこでも、どんな仕事でも」やる。それが日本の正社員なんです。

かなりモヤモヤしましたが聞き流しました(笑)
最近、その会社が早期退職プログラムを実施して大幅な人員削減をしていることをニュースで知りました。長い間、懸命に働いて組織に貢献したくれた社員の心情を想像すると胸が痛みます。
皆さんはこのような会社に自分の大切な時間を捧げたいですか?私はNoです。どんなに報酬が良くても自分の家族や友人に紹介したいとさえ思いません。

社員が思考停止している、キャリアを主体的に考えない・・経営者からそんな言葉を聞くことがあります。そういう会社ほど、公募制度などもなく(社員が望まない)転勤が普通に行われていたりします。ここに私は大きな矛盾を感じます。

そういう環境を作っているのは経営なのではないでしょうか?

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私が人材戦略の基盤を考えるときには「自律」をテーマに重視し、人事施策の導入・運用はもちろん、社員とのタッチポイントにおいてどうしたらそれをやれるのかというのを考えぬきました。

社員が自ら考えて、自らの意思で行動する

社員へコミュニケーションを行うときには上記のメッセージを社員が読み取れるか、「自律」というテーマがぶれてないか。一貫性にこだわりました。
特にキャリア形成については、キャリア実現に関する責任は会社が49% vs 社員51%であると明確に伝えました。

社員が自らの成長にむかって挑戦できる機会を提供し、キャリアの実現が可能な環境を整えます。
一方、1%だけ社員が多いのは、実現に向けて行動を起こすのはあなたです。そんな意味あいを込めていたのです。

Control Your life, Otherwise they are going to control it
あなたの人生をコントロールしなさい、さもなければ他の人からコントロールされる。

転勤もキャリアも働き方も自分が主役であることを忘れたくないものです。

最後に・・

コロナ過をへて、働き方の変化が急激に加速しています。テレワークやワーケーションも徐々に拡大し(まだ定着はしていませんが)日本全国のみならず海外でも働けるようになる日も近いのではないでしょうか。

「いつでも・どこでも・どんな仕事でも」社員が自ら考えて選択できる

「キャリア」を決定するバトンが会社から個人へ。パンデミックが終息した後の新しい世界では、これが当たり前になると思います。

さあ、皆さん準備はできていますか?

変化