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昨年に引き続き過熱する麻疹報道をどう解釈するか?

 COVIDが5類に移行した昨年5月に麻疹の散発例がみられたことから、大々的に報道されたのを覚えていますか?
はしか感染、各地で相次ぐ 専門家「大人でも重い症状」 - 日本経済新聞 (nikkei.com)
 この時もメディアの過剰反応から不安を抱いた方が少なくなかったかもしれません。私は正しい情報発信を心がけて2023年6月10日に以下の記事を投稿しました。改めて読み直してみましたが、やはり今年も同じことを考え記事にしようと思いました。
麻しん報道に思うことー歴史的背景から紐解く冷静な判断ー|水野泰孝 Global Healthcare Clinic (nikkei.com)
 
国立感染症研究所が公開している感染症発生動向調査では昨年とほぼ同等の状況でCOVID前に比べればきわめて少ない訳で、また大騒ぎする必要があるのか思っており、日経新聞では今年の麻疹関連記事はみつかりませんでしたので昨年の記事を引用したところ本日(3/17)付で記事が出ていました。

 昨年とほぼ同様に現在の報道振りで目立つのは「麻疹ウイルスは空気感染するので感染力が非常に強い」「マスクをしていても同じ空間にいただけで感染してしまう」「合併症としての肺炎や脳症があり命の危険がある」「予防手段はワクチンしかない」「ワクチンは1回だけでは効果が低い」「高齢者はワクチンを接種していない」等々でしょうか。いずれも誤ってはいませんが「瞬く間に拡がる重症の感染症で予防手段はワクチンしかない」という不安を煽るような印象を持たれるのではないでしょうか。ただ多くの人が楽観視してしまえば状況が悪化してしまう恐れもあることから注意喚起を促すことは必要です。その一方で正しく豊富な知識や経験から安心感を与えるのも有識者の役割であると考えています。ただ有識者と言えども現場での経験がなければ教科書的な注意喚起しかできないと思いますが・・。
 そこで私見として上記の報道振りに補足してみました。
「麻疹ウイルスは空気感染するので感染力が非常に強い。但し、免疫があれば感染することはない」「マスクをしていても同じ空間にいただけで感染してしまう。但し、免疫があれば感染することはない」「合併症としての肺炎や脳症があり命の危険がある。但し、免疫があればそもそも発症はしないし発症しても軽症で済む」「予防手段はワクチンしかない(これは然りです)」「ワクチンは1回だけでは効果が低い。しかし1回でも発症予防レベルの免疫が獲得できていることもあり無効というわけではない」「高齢者はワクチンを接種していない。しかし高齢者が子どもの頃は麻疹の流行は年間を通じてあったので罹患している可能性が高く生涯免疫はほぼ獲得できていることが多い」といった感じです。
 では「免疫があるかどうかを知るためにはどうしたら良いか」ということになりますが、最も科学的で確かな方法は血液を採取して行う抗体検査になります。以下のグラフは国立感染症研究所が公開している麻疹ウイルス抗体保有状況です。ポイントは発症予防の目安とされるPA抗体価1:128以上の抗体保有率(黄色のライン)ですが全体で85.7%(4,442/5,185名)でした。

麻疹の抗体保有状況―2022年度感染症流行予測調査 IASR Vol. 44 p140-142: 2023年9月号

 一方で15%程度の方は発症する可能性があるということになり、特に抗体価が低い年代の方々(10~20歳代)の対策が求められることになります。またCOVID流行により本来定期接種をしなければならない世代(1歳児と就学前)が接種を回避した影響が現れていることがおわかりいただけると思います。抗体価が低くてもまっさらな状態ではないので重症化の回避は可能ですが、典型的な症状が現れない修飾麻疹として感染源になることはあり、罹患した若年者が軽度の症状でも出歩くことによって拡げている、感染する人は免疫の低い若年者が中心であることは例年と何ら変わりはありません。しかもそれはごく一部の事例であり、多くの方が防御する免疫をお持ちである状況であれば「感染力が強いので次々と発症し流行する」ことにはならないことが推測できます。最初の報告から数週間経過しても報告数が急増していないのは多くの人たちが免疫を持っているからです。
 したがってどうしても不安な方は「まずワクチン接種をする」のではなく「まず抗体検査をして確認をする」ことが先決で、ほぼ抗体を持っていない乳幼児の発症予防のために限られた資源を有効活用することが公衆衛生学的に求められることと考えます。このような状況であるにもかかわらず現在、国産のMR(麻しん+風しん混合)ワクチンの流通が滞っており入手が困難な状況ですので、本来必要とされる1歳児と就学前の幼児のために最優先に確保しなければなりません。
 したがって昨年に引き続き重要なポイントは、①多くの人が発症抑止レベルの抗体を保有しているので散発的な報告にとどまりインフルエンザなどのように流行を起こす可能性は低い。②散発的にみられている患者の多くは若年者でありワクチン接種をしていない。③有症状でありながら広域に移動していることによって二次感染を引き起こしている。特に③に関しては感染症すべてに言えることで、現在も高熱がありながら仕事を続けている方に限って検査をしてみるとCOVIDであることも少なくはなく、すでに飲食機会を持たれたりしているのです。
 このような確かな情報を多くの方に伝えなければならないはずなのに、上記のように「高齢者は接種していない」「1回しか接種していない成人は2回接種をするように」という単なる注意喚起ばかりが強調されている状況では、不安を抱いた方々がワクチン接種を求めて医療機関に殺到することは当然のことです。ただでさえ出荷制限の状態であるにもかかわらず、煽るような喚起をすればそれだけで医療逼迫につながることにもなりかねません。実際にワクチン接種を求めて受診した人たちのキャンセル待ち状況を報道したところで何の解決にもならず、さらなる不安を抱かせるだけではないでしょうか。はしか接種“キャンセル待ち”も 都内病院でワクチン予約急増(テレビ朝日系(ANN)) - Yahoo!ニュース
 ただこのような専門的な情報は背景に医療専門家の裏付けが必要であるわけで、その裏付けが曖昧であれば制作側の意向で視聴者の関心をそそるようなネタになっていくでしょうし、そのように発言する有識者が好まれるのも仕方がないのかもしれません。
 私の施設でも先週あたりから昨年以上に麻しんワクチンを接種したいという高齢者からの問い合わせが後を絶たなくなりました。ただ実際に抗体検査をしてみると多くの高齢者は基準値以上の抗体価を持たれていますし、1回接種でも十分な抗体が得られている方もおられます。当院では海外渡航者のためにMMR(麻しん+風しん+おたふくかぜ混合)ワクチンを常備していますので抗体価の低い方に接種を行うようにしています。キャンセル待ちなどはありませんのでご相談いただければ幸いです。
#日経COMEMO #NIKKEI

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