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名古屋自動車事件から見えた「同一労働同一賃金」に対する社会の認識

先月20日、いわゆる「同一労働同一賃金」に関し、定年後再雇用の有期雇用労働者と正社員との基本給、賞与の待遇差の不合理性についての最高裁の判断が示されました。

世の中の反応は

この名古屋自動車事件の最高裁は、世の中での関心も高く、当日の夜のニュースでも取り上げられていました。

判決が出る前の街頭インタビューですが、「定年後再雇用に同じ仕事をしているのに賃金が下がることはどう思うか?」というインタビューが放送されており、
「まあ年金もあるし、退職金ももらっているししょうがいないかな」
という意見もある一方で、
「同じ仕事なら同じ賃金をもらわないと」
という意見もありました。

また、あるニュースの解説員の方は、
・「同じ仕事をしているなら同じ賃金というのは当たり前で、それが同一労働同一賃金だ!」
・「これから人口減少していくのだから高齢者の働く意欲を削ぐべきではない!」
・「名古屋高裁は差戻後も同じ判断をすればよいのだ!」
となかなか熱く語っている方もおりました。

やはり根強い「同一労働同一賃金」への誤解

さて、法律家目線からすると、上記のような世の中の意見を聞くと、「やはり『同一労働同一賃金』への誤解は根強いな」という感想を持ちます。

とういうのは、おかしなことを言うようですが、日本の「同一労働同一賃金」は、「同一労働同一賃金」ではないからです。

法律の条文には「同一労働同一賃金」という言葉はない

どういうことかというと、まず、日本の労働法には「同一労働同一賃金」という言葉はなく、実際にこれに該当するのは、かつては労働契約法20条であり、名古屋自動車事件でも当該条文の適用の問題になっています。
労働契約法20条では、以下のとおり規定されています。

「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者との期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」

現在では、労契法20条は削除されており、現在のパート有期労働法8条に以下のような規定が置かれています。

「事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。」

実際には「仕事内容」だけを見ているのではない

上記のとおり、法律の条文では、待遇差の不合理性を見るにあたっては、「仕事内容」(業務の内容)だけを見ているのではなく、それに加えて、
・責任の程度
・「職務の内容」(業務内容+責任の程度)及び配置の変更の範囲
・その他の事情

を考慮するとされています。

また、最高裁も長澤運輸事件で、不合理性の判断にあたっては、「労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないというべきである。」と明言し、定年後再雇用であるという事情や、団体交渉の経緯また「その他の事情」に含まれるとしています。名古屋自動車事件最高裁も団体交渉の経緯を「その他の事情」として考慮するとしています。

つまり、世の中では「同一労働同一賃金」と言われるものの、実際には「労働」(業務内容)以外の事情が広範に考慮されており、「『同一労働』同一賃金」とは言い難いのです。

こうしたことから、「”日本版”同一労働同一賃金」とも称されています。

したがって、名古屋自動車事件のように、確かに職務の内容等は全く同じであるとしても、定年後再雇用であることや団体交渉の経緯も踏まえて不合理性を見ることになるのです。

上記の解説員の方のコメントは、「同一労働同一賃金」という世の中の呼称からのイメージによる解説で、法律の条文や最高裁判例をよく知らずになされたコメントなのだろうと思われ、また、これが世の中の認識でもあるのだろうと思います。

名古屋自動車事件最高裁の所感

さて、上記解説員の方は、「名古屋高裁は差戻審でも同じ判断をすれば良いのだ!」とおっしゃっていましたが、私としては、最高裁の判断は妥当と考えています。

細かく書くと長くなるので簡潔に所感を述べると、地裁、控訴審判決は、やや雑に判断しすぎていると思われ、差し戻した最高裁の判断は支持できます。
というのは、地裁、控訴審は、簡単に言うと「再雇用後の賃金は低すぎて生活保障の観点からも問題だ」ということを理由とし、その他のファクターは結論ありきであっさり切り捨てている印象です。

ただ、「無期雇用と有期雇用の待遇差の不合理性」を規律する労働契約法20条の解釈に当たって「低すぎる」という生活保障的要素を入れ込むことができるのかは、解釈論としては疑問があり、生活保障的要素は立法論の問題であろうと思われます(しかも、既に最低賃金法があるわけで、これとの関係も問題になります)。

また、地裁、控訴審は、「年功的賃金である」というのみで具体的な賃金の趣旨、目的の認定が不十分であり、この点は、最高裁でも指摘されています。
最高裁で言われている「職能給」なのか「職務給」なのかの違いは待遇差の不合理性判断において極めて重要です(私が以前書いた以下の記事もご参照ください。)。

名古屋自動車事件は「非正規雇用の問題」というより「高齢者雇用の問題」

ニュースの解説員の方は、「高齢者雇用も今後必要なのだから賃金を下げるな!」という主張でしたが、まさにこれが名古屋自動車事件の問題の根本であり、そう簡単な議論ではないのです。

当然ながら、会社の資金のうち賃金に回すことができる額には限度があります。
この限られたパイをどう分けるかが問題であり、主に「同一労働同一賃金」が想定しているのは「正規VS非正規」のパイの食い合いですが、定年後再雇用の場合は、「若年層VS高齢層」という世代間のパイの食い合いなのです。
しかも、争ってくるのは「元正社員」でもある点も特徴です。

したがって、法律的には「正規VS非正規」と同じ条文の適用が問題になりますが、現実的な問題としては、異なる問題と捉えるべきでしょう。

そして、高齢者雇用も大事ですが、企業にとっては若年層採用もまた重要な問題であり、パイが限られている以上、一概に「高齢者雇用が大事だから高齢者の賃金を上げよう」とはならないはずです。

この「若年層VS高齢層」というパイの食い合いは今後さらに深刻化していくことが予想されますので、名古屋自動車事件差戻審判決も引き続き注目です。


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