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SIer・SESと自社サービス:風潮の変化を読み解く

最近、X(旧Twitter)でSIer・SES業界の人たちが、自社サービスのWebエンジニアを揶揄する動きが見られました。こうした話題は時折見かけますが、今回は特にWebエンジニア側からの反応がほとんど見られなかった点が印象的でした。

4年前の2020年に、以下のようなnoteを執筆しましたが、当時はフリーランスを頂点に、自社サービス、SIer、SESというヒエラルキーを自身の中に持つ人が少なくありませんでした。今回は、そこから状況が変わってきたという話です。


自社サービスから見て「人材輩出企業」だったSIer、SES

2010年代前半のソシャゲバブルやその後のWebサービスのLAMPエンジニアブームなどにより、自社サービスが次々とエンジニア採用を進めていきました。当時、自社サービスに人材を供給していた形となっていたのがSIerやSESでした。

ここでは、これまで自社サービスが強気でSIerやSESの人たちにアプローチできていた背景について説明します。

強気の採用コスト

転職の最終的な意思決定において、年収は重要な要素です。転職に対して消極的な層を動かすだけの力があります。

アベノミクスによるDXブームやコロナ禍によるカネ余り現象、2015年〜2022年のエンジニアバブル期は中途採用市場も異常な状態であり、SaaS、スタートアップ、コンサルティングファームらが提示する年収は圧倒的でした。

採用が活況でお金が動くところでは母集団形成のための集客も活況です。アフィリエイターらがこぞって転職を推奨する動きにも繋がりました。この動きの中でも人材の供給源であるSIer・SESを叩いていた流れはあるでしょう。

一方のSIerやSESは人月型ビジネスであるため、入社後のバリュー発揮が明確です。無理に高い給与を提示すると、採用後のコスト回収リスクが明白になります。例外的に、高還元SESなどはXでの採用やリファラル採用を中心に展開していたため、この争いに比較的巻き込まれずに乗り越えられた企業も見受けられます。

一方で、コンサルティングファームを目指していたSIerや受託開発企業では、人材紹介会社やスカウト媒体経由で候補者に高額年収を提示し、結果的に自爆したケースも観察されました。

スカウト媒体の流行と分かりやすい訴求力

2014年頃にスカウト媒体がブームとなり、ダイレクトリクルーティングとも呼ばれました。それまで目立った活躍や肩書がないとヘッドハンティングの対象にならなかった人々にも、スカウト媒体に登録するだけでスカウトが届くことが一般的になりました。

クライアントワークの場合、顧客名を明かせなかったり、アサイン予定のプロジェクトが未定だと訴求しにくいですが、自社サービスでは「どのサービスに関わってほしいのか」という訴求が明確で、効果的でした。今でもですがスカウト媒体との相性は自社サービスの方が優位な傾向があり、スカウト媒体の流行と共に、スカウト媒体経由での自社サービスの採用が成功していきました。

「言われたものを実装」から「企画から参加できる」という訴求へ

自社サービスの採用時における典型的な口説き文句としては、以下のようなものがあります。

「現職(SIer・SES)では、仕様などがトップダウンで指示されますよね(自分からは意見できませんよね)。弊社のこのポジションでは、トップダウンで指示が来るだけでなく、提案もできます。」

このように、「言われたものを実装するだけではない」という訴求によって、自由度や風通しの良さを表現しました。2010年代では、SIerやSESのエンジニアには特に響く内容でした。

しかし、実際に入社後、施策を提案する人は極めて少ないです。自社サービスであっても、事業が成熟するにつれ、社内に受発注の体制ができ、特に営業職が強い組織では「社内受託」のような形になることもあります。

転換の背景

こうした状況の変化について整理していきます。

エンジニアバブル終焉による提示年収の全体的な低下

一部のコンサルティングファームは引き続き強気の採用を行っていますが、SaaSやスタートアップの中途採用市場での提示年収は落ち着いています。結果として、候補者の転職そのものに対する意向が上がりきらずに選考途中で連絡が途絶えたり、複数の内定を得た上で現職に留まるケースが増えています。

エンジニアバブル終焉後の中途採用ハードルの上昇

提示年収が派手ではなくなっただけでなく、採用ハードルも上昇しました。

以前はポテンシャル枠での採用が行われていましたが、今ではそのようなことはありません。経験者であっても、リーダーシップやマネジメント経験が求められています。

現在、中途採用の面接をしていても「何社か受けていますがSESの企業からのみ内定があります」という方が増加しています。

以前はSIer・SESから自社サービスへの転職が容易でしたが、現在では採用ハードルが上がり、自社サービスに入社すること自体が難しくなっていると感じます。

新卒就活におけるクライアントワークの人気

東大就活生へのアンケートでは、コンサルティング業界を希望する回答が定着しつつあります。コンサルも人月精算が基本のクライアントワークですし、総合コンサルなどであればデリバリーフェーズも内包されます。

SIerの新卒採用もここ数年で強化され、YouTubeやInstagramでの集客、新卒人材紹介会社への採用決定課金など、大手メガベンチャーよりも積極的な企業も存在します。就活生からは「自社サービスはどこも社会貢献を謳っており、比較が難しい。わかりやすく顧客の課題を解決するSIerが良いのではないか」とSIerを選ぶケースも2022年頃から見られるようになりました。文系学生を積極的に受け入れ、研修で育てる自信のある富士通のような企業も見受けられ、その裾野も広がっています。

コンサル、自社サービス、SIer、SESの垣根が一部で消えつつある

自社サービス、SIer、SESの垣根が消えつつあるという側面があります。

スタートアップは、VC投資が活況なうちは自社サービス一本で展開していましたが、資金のつなぎとして抱えているITエンジニアを使って受託開発やSESを行うことがあります。

SaaS企業も、上場・未上場を問わず、大手企業との取引のためにSaaSを基にしたカスタマイズ開発を行う企業が複数存在します。パッケージカスタマイズベンダーのような振る舞いをしており、SIer出身者を多く採用して大手企業向けカスタマイズ開発を実施している企業もあります。

DeNAのようなメガベンチャーでも、ソリューション事業として社内外の課題解決を行う部署が存在します。

SIerがプロダクトを作り自社サービスを展開したり、合弁でスタートアップ企業を立ち上げたりすることもあります。

企業単位で「この会社はSIer」「この会社は自社サービス」という区別があまり意味を持たなくなってきており、企業ではなく事業単位で語る必要が出てきつつあります。

他業種をリスペクトすることが重要

どこに行っても転職する人は転職します。どの企業にもメリットがあればデメリットもあります。方針転換をすることもあります。自身のキャリアの選択肢を狭めないためにも、他社・他業種をリスペクトすることが重要です。

個人的には、契約の線引きとともに顧客との駆け引きが求められるクライアントワークは、若いうちに経験しておいた方が、経験値が増えキャリアの選択肢が広がるのではないかと考えています。

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