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全てはインフレの賜物~株高・円安・不動産高~

全てはインフレの賜物
金融市場の関心は日本株に集中しています。2月22日の東京株式市場では日経平均株価が1989年末につけた最高値(3万8915円)を約34年ぶりに更新し、終値は前日比836円52銭高い3万9098円68銭で引けました。その後も続伸し、4万円まであと10円というところまで来ています:

1ドル150円近傍で張り付くドル/円相場の値動きよりも、新高値更新がどこまで続くのかについて市場参加者の関心はすっかり移ってしまっています。あくまで名目的な株価水準であり、途中で構成銘柄が大きく入れ替わっていることなども踏まえると、34年前との単純な数字比較に統計的な意味を見出すのは難しい印象もあります。しかし、シンボリックな動きとして取りざたされるのも分からなくはなりません:

筆者は株式市場の専門家ではないので、日経平均株価指数の割高・割安について言及することは避けます。しかし、「なぜ株高になっているのか」と問われれば「インフレの賜物」と答えることにしています自国通貨が安くなるのも、株や不動産、その他実物資産(外車や高級時計など)が高くなるのも、インフレ圧力の高まりと整合的な現象です。全て最近の日本で話題になっている論点でしょう。

最高値を更新した同日、植田日銀総裁も衆議院予算委員会で2024年以降の物価見通しに関し「23年までと同じような右上がりの動きが続くと予想している」と述べ、「(日本経済は)デフレではなくインフレの状態にある」と踏み込んだ発言をしています:

デフレがインフレに切り替われば実物資産を筆頭に名目価値が増加するのは必然ではあります。後述するように、理論的な想定に反して歴史的安値で張り付いている円の実質実効為替相場(REER)の然るべき調整経路も、結局インフレになることで決着がつくと考えれば、相応に納得感はあります。
 
再びアルゼンチン、トルコの影
「インフレで通貨安になっているから株価が上がっている」という例は海外にもしっかり確認できます。過去のnoteでも言及してきた事実だが、過去2年間の為替市場においては「対ドル変化率で見た場合、円よりも慢性的に下 落幅が大きいのはアルゼンチンペソとトルコリラくらい」という状況が定着していました。下表は34年ぶり高値を更新した今年2月22日時点における過去1年の主要株価指数の上昇率トップ10を並べたものです。アルゼンチン(メルバル指数)やトルコ(イスタンブール100種指数やイスタンブールBIST30指数)が上位を占めます:

同じく史上最高値更新が期待されるNYダウ工業株30種は2月22日時点で30位でした。結局、①通貨安になっていることで日本企業の海外利益が嵩上げされている、②円安発・輸入物価経由の外生的なインフレ圧力に加え、未曽有の人手不足も相まって内生的なインフレ圧力も高まっていることで、株式を含めたあらゆる名目価値が膨らみ始めていると整理するのが日本経済の実情に最も近いと筆者は理解しています。
 
矛盾しない株高と景気低迷
予想通りではあるが、メディアを中心に「日本のGDPが不調なのに、株高は矛盾するのではないか」という疑問が取りざたされています。残念ながら、GDPの不調と株価の続伸の間に矛盾はありません

かねて国際収支構造の分析と共に論じているように、日本企業が稼いだ収益は国内に還流せず海外に滞留しています。これは第一次所得収支黒字の構造からも確認できる。筆者試算によれば、その円転率(※第一次所得収支黒字のうち円買いに繋がっていると思われる比率)は年によって異なるが25~30%程度と目されます。+30兆円の黒字を稼いでも、日本経済に還流してくるのは+10兆円程度と考えておいた方が良いでしょう。この点は下記noteで詳しく論じているので是非参考にして欲しいと思います:

ちなみに、日本企業の稼ぎが海外に滞留する傾向は国際収支よりもさらにミクロなデータからも確認可能です。図は経済産業省「海外事業活動基本調査」から遡及可能な2003年度以降について、日本企業が海外に保有する内部留保残高の推移を見たものです。2021年度調査(2021年4月初頭~2022年3月末)は約48兆円と過去最大を記録しています。円安が始まったのがちょうど2022年3月末なので、その影響は2021年度調査から既に織り込まれつつあるでしょう:

言うまでもなく、2022年度や2023 年度の調査ではより円安の影響が色濃く反映されるため、内部留保残高はさらに嵩上げされてくるはずです。国内経済情勢はさておき、こうした企業部門の現状が株価に反映されてくれば株価水準は当然、押し上げられてくるでしょう。

企業部門の収益が国内に還流されない以上、家計部門の所得環境も改善が遅れます。結果、国内の消費・投資は振るわないことになります。内需総崩れの様相と共にGDPが全く冴えない状況になっている現状は決して不思議ではありません。大企業を中心として連日のように賃上げ報道がなされている背景にはそうしなければ労働力が確保できない状況がいよいよ顕現化しているからです。

日本はあと10年もすれば、生産年齢人口が現在の就業者人口を割り込む展開が予見されます:

そこで起きることは労働者の奪い合いであり、名目賃金は必然的に上がらざるを得ません。原資のある企業から賃上げは始まりますし、それがインフレ経済を定着させ、株価も為替も新しい水準を目指すでしょう
 
「半世紀ぶりの円安」もインフレで解決
過去のnoteなどでも言及していますが、そもそも今の円安自体が来たるべきインフレを織り込んだ結果という考え方は持ちたいと思います:

https://comemo.nikkei.com/n/n2755a88802c4

例えば、理論的に考えた場合、「半世紀ぶりの円安」で張り付いているREERの調整経路は①名目ベースで円高が進む、②日本が相対的にインフレになる、もしくはその両方が考えられます。上記noteでも議論していますが、かねてより筆者は②が有力だと考えてきました。最初の図で見るように、日経平均株価指数とREERの乖離は著しく拡しているが、インフレに応じてREERが押し上げられてくると考えれば、足許の株高も大きな調整は不要という話になります。四半世紀以上、デフレが日本の経済・金融情勢を議論する大前提だったのだから、それが変われば、名目水準は一気に変わっても不思議ではないでしょう。インフレによって実質ベースで見た円安感は解消され、名目ベースで見た円安感は放置される。「行き過ぎた円安」かどうかは時の物価水準で決まるはずです(その円安が良いのか、悪いのか、という議論は別です。そもそも市場が決めたプライスに善悪は無いという見方もできます)。

ドル建て名目GDPの日独逆転に際し、「為替レートがPPPからかつてないほど通貨安方向に乖離し、物価水準が低い日本では、名目でみると実力が大幅に過小評価される」という意見は未だ散見されます。これは理論的に正しいが、現実的に正しいのか良く考える必要があると思います。というのも円がPPPから通貨安方向に大きく乖離してもう10年以上が経過しています:


今、分析者として疑うべきは「実勢レートが正しいかどうか」ではなく「PPPが正しいかどうか」ではないのでしょうか。今後、日本がデフレからインフレに切り替わるのだとすれば、実勢相場が過小評価なのではなく、PPPが過大評価であるという見方もできます。実勢相場が過小評価とは言えないのであれば、ドル建て名目GDPの収縮も過小評価とは言えないでしょう。言い換えれば、名目ドル建てGDPが「本当に正しかった規模」に修正されているという考え方もあり得ます。

インフレ経済では株価は上がるし、不動産価格も上がるし、通貨は下がる。日銀総裁が「デフレからインフレへの切り替わり」を自認する今の日本においてインフレに付随して起きると想定されていることが起きているだけではないでしょうか。筆者は株式市場の専門家ではないが、日本のマクロ経済環境に照らせば、株価上昇は必然の帰結なのではないかとも感じています。同時に自国通貨が安くなることも、不動産価格が上がることも、高級外車や時計などが上がることも、全ては名目価値が膨らむインフレという経済現象による必然の帰結であると考えています。

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