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テレビゲームが仕事に欠かせない未来が来る?-組織作りにゲームを活用する-

「遊ぶように働く」

この価値観が、急速に広まっている。「仕事は辛いのが当たり前」という価値観は古いものとなり、「辛いことは機械にやらせて、人間は自分の好きなことをやって生活していこう」という新しい生活様式が芽生え始めている。

プロノイア・グループのピョートル氏は、著書『Play Work』で「遊ぶように働く」事例を数多く紹介している。遊ぶように働くことで創造性が解き放たれ、生産性が飛躍的に高まることが期待される。

ベンチャー企業の中には「遊ぶように働く」を重要なカルチャーとしているところもある。京都のゲームソフト開発会社ポノスは、遊ぶように働くを実現するために、オフィスに無料バーを備えたり、映画鑑賞を毎月2名分まで支給したり、スポーツジムの利用料無料などの施策を提供して環境作りに務めている。同社の東京(江戸)オフィスには、広報社員としてフレンチブルドッグのPONOのためにスペースも確保されていて、遊び心に溢れている。


「遊ぶ」を普通の会社に取り入れるには?

「遊ぶように働く」ために様々な工夫を凝らしている企業がある一方で、「自分たちの業界では絶対に無理だ」とはじめから諦めている企業も多い。中には、公務員のように働き方まで法律でガチガチに決められている業態もある。そのような中、「遊ぶように働く」を一部の企業における特殊事情としないために、どのような工夫ができるのか。その糸口となるのが、ゲーミフィケーションだ。

ドイツのハンブルク大学のデタ―ディング氏によると、ゲーミフィケーションとは「ユーザーエクスペリエンスやユーザーエンゲージメントを向上させるために、ゲーム以外の文脈で運用されているシステムにビデオゲームの要素を取り入れる」ことを指す。ユーザーエクスペリエンスやユーザーエンゲージメントという抽象的な言葉が並んでいるが、かみ砕くと「楽しんで自ら進んで使いたくなる使用感」と言い換えられる。つまり、ゲーミフィケーションが取り入れられることで、そのシステムを使用したユーザーは、より主体的に取り組むことができるようになったり、内発的動機づけが強められるという効果が見込まれている。組織や職場作りの文脈では、ユーザーとは従業員と置き換えることができる。

デタ―ディング氏の研究チームは、ゲーミフィケーションをゲーム以外の分野に応用するときには、5つのレベルがあると述べている。以下の表は、デタ―ディング氏を中心とした研究チームが示したゲーミフィケーションの5つのレベルを参考に筆者がまとめた。

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レベル1:インターフェースとしてのゲーム的なデザイン

職場や仕事にゲームの要素を取り入れたいと考えた場合、まず取り掛かるべきは従業員の働きぶりを可視化するためのツールとして使うことだろう。スターバックスコーヒーの「ブラックエプロン」のように、優れた従業員に対して称号を与えることで動機付けが期待できる。加えて、従業員全体に対して、どのような働きぶりが期待されているのかというメッセージとしても機能する。

また、AIやセンシング技術と組み合わせて、従業員の仕事への貢献度(エンゲージメント)をリアルタイムで得点化することもできる。例えば、オフィスでの集中力を測定する JINS MEME は、従業員の集中力を測定することができる。しかし、使い方を誤ると従業員の集中力を監視するツールとなってしまい、従業員のやる気を削いでしまう危険性を孕んでいる。しかし、テレビゲームのように「集中力・スコアリング・ツール」として従業員が自分の働き方を見返すために使用すると、従業員は面白がって自分の得点を高めようと行動することが期待できる。


レベル2:ゲーム的なデザインパターンとメカニズム

このレベルまでは、特別なテクノロジーを使わなくても実現できる領域であるため、実際に取り組んでいる企業もみられる。テーブルゲームやレースのようなアナログなゲームでも用いられているテクニックを活用して、従業員の動機付けや主体的行動を引き出そうとする。

例えば、2人のエンジニアがドライバーとナビゲーターに分かれて作業するペア・プログラミングは、タスクを適切な単位に分割し、ペアでのコミュニケーションをしっかりとることでゲーム的な感覚で取り組むことができる。

開発現場でよく見られる、ホワイトボードにその日取り組むべきタスクをポストイットで貼り出し、チームで分業していくスクラムボードも、ロールプレイングゲームで見られるクエスト的な仕事の進め方だ。

そのほかにも、組織開発や人材育成の手法として、ゲーム感覚でタスクをこなしていくことで目標を達成できるようにするといった工夫もみられる。オムロンヘルスケアでは、健康経営の一環として「ゼロイベントチャレンジ」を行っている。血圧の測定回数や日々の歩数に応じて加算されるポイントの多寡を競い、ゲーム感覚で取り組むことができる。荻野勲社長ら役員も参加し、従業員と対戦することもあるという。


レベル3:ゲーム的なデザイン方法と探索

レベル1と2では仕事やプロジェクトの中で部分的にゲームの要素を取り入れてきたが、レベル3以上ではゲームありきで仕事やプロジェクト全体が設計される。そのため、レベル3ではゲーム要素を取り入れたことによって、期待通りの効果を得ることができたかどうか効果検証が可能となる。

このレベルになってくると、「ゲーミフィケーション・ツール」と呼ばれる専門に開発されたツールを使うことになる。例えば、ビジネスにおける教育研修に関する情報を提供する「Training Industry」は、優れたゲーミフィケーションの学習ツールを提供している企業を "Top Gamification Companies" として表彰している。

"Top Gamification Companies" を2年連続で受賞し、その他にも様々なテクノロジー系の賞を受賞している "Lemonede LXP" はゲーム・ベースの技術を使ったビジネス向け学習プラットフォームを提供している。このプラットフォームを使うことで、ロールプレイング用のシナリオを簡単に作ることができ、ゲーム感覚でプレイすることで従業員は空き時間に楽しむことを可能にしている。


レベル4:ゲームモデル

レベル4になってくると、遊びの要素がより強くなってくる。ファンタジーやSFのようなテレビゲーム独自の世界観を、そっくりそのまま実生活やビジネスの文脈に持ってくる。

例えば、自分のアバターを作成して、仮想空間上でアバターを操作しながらビジネススキルを身に着けたり、業務プロセスを学習したりする。ゲームとしての体験や遊びの要素を強めることで、従業員が自ら進んで遊びたくなるようなツールに仕上がっている。

このレベルでの開発が盛んなのは、タスク管理や生産性向上のツールへの応用だ。例えば、実生活や仕事をドラゴンクエストやファイナルファンタジーのようなロールプレイングゲームに変えてしまうようなツールもある。

"Habitica" は、8ビットのファミコンのようなアバターを作り、登録したタスクや生活習慣をこなしていくことでEXPを得て、レベルアップしていく生産性管理アプリだ。タスクをこなすとポイントが手に入り、ペットを購入したり、育てるためのアイテムを購入したり、アバターを着飾るためのアイテムを手に入れたりすることができる。一人だけではなく、複数人でパーティーを組んで協力して困難なタスクに臨むことも可能だ。

レベル4のアプリやツールは日本ではまだまだ馴染みのないものが多い。そのため、具体的なイメージを掴むことが難しいだろう。比較的イメージしやすいもので言えば、ポケモンGOでの健康増進が近い。ポケモンGOにはまると、外出して歩く距離が増える。しかも、定期的に有酸素運動をすることになる。しかし、ポケモンGOを遊んでいる人は健康増進が主目的ではなく、ゲームとしてのポケモンGOを楽しむのが主目的だ。

このように、仕事やビジネスのような実生活での目的よりもゲームのほうが主目的となってくる。それにも関わらず、実生活での目的も達成されているような状況がレベル4だ。


レベル5:ゲームデザイン手法

レベル5は最もシンプルなゲーミフィケーションだが、実現が最も難しい段階といえる。そもそも、すでにあるテレビゲームを、教育やビジネスなどの実生活に使ってしまおうというものだ。ビジネスにゲームの要素を入れるのではなく、ゲームにビジネスを応用させるという風に主従が逆転する。

前回の記事でも紹介したように、"Minecraft" や "Kerbal Space Planet" のように教育向けパッケージが作られているテレビゲームも存在している。このようなツールを用いて人材育成や組織開発を行っていくのがイメージに近い。エンターテイメント用に開発された既存のテレビゲームは、多額の開発費がかけられているため、応用できるのであれば非常に高い効果が期待できる。しかし、既にあるツールを使うということは、柔軟性に欠けるということでもある。

「自分たちのビジネス状況により即したものにしたい」「既存のツールでは自分たちの課題を解決できるものではない」といったときに、既にあるテレビゲームを用いることが解決策にならないこともある。どちらかというと、現実的にはそのような状態が多いのではないだろうか。

教育分野では、ゲーミフィケーションの活用が進んでいるため、多様なラインナップから学習のためのゲームを選ぶようなサービスが出てきている。教育向けゲーム開発会社である "Filament Games" は、情報科学、地政学、言語学、生命科学、数学、物理学を学ぶための160以上のゲームを開発し、プラットフォーム上で公開している。

このように開発されるツールの数が増えれば、多様なニーズへの対応もできるようになってくるだろう。しかし、現在はその状態にあるとは言えない。


テレビゲームが新しい社会を創り出す

ゲーミフィケーションの活用は、マーケティングを中心に日本でも注目されている。日本経済新聞のコメンテーターである村山恵一氏は、新しい社会変革はテレビゲームを上手く活用することから生まれると述べている。

任天堂も、エンターテインメント以外の分野へテレビゲームを活用することに意欲的だ。

まだ、部分的な活用で止まっているゲーミフィケーションだが、更なるテクノロジーの進化によって社会に大きな変革をもたらす可能性が大きい。特に、VR技術が浸透することで、働き方の当たり前が大きく変わる未来が予見されている。

テクノロジーの進化と働き方の未来を踏まえた時、テレビゲームの活用とゲーミフィケーションは、有効活用できている企業とできていない企業との間で生産性に大きな差を生むことになるだろう。人材の成長スピードも変わるし、1日当たりで処理できる業務量も変わってくる。

ただでさえ、日本企業は労働生産性の低さが問題視されている。これ以上、諸外国との間に差を生まないためにも、生産性を高めることが期待できるテクノロジーの活用にもっと貪欲になるべきだろう。

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