経営を揺るがすITエンジニア採用の落とし穴—事例から学ぶ失敗の原因
IT企業のM&AやTOBなどの話をよく耳にするようになりました。解説記事には漠然と事業の低迷が挙げられることが多いですが、ここに来てITエンジニア採用やマネジメントが原因だったという例も見られるようになっています。今回はこの界隈の状況を整理していきます。
ITエンジニア採用によって経営ダメージがあったニュースを振り返る
エンジニア採用が原因の一つにされている例
エー・アンド・ビー・コンピュータは4月1日にOrchestra Holdingsの連結子会社へ譲渡された企業です。日刊工業新聞の記事には以下のようなことが書かれていました。
こちらの企業は、より経営基盤が安定した会社に従業員が移った事例としてポジティブにも記されています。
エンジニアの生産性が原因とされている例
10月に事業譲渡したニューフォリアの場合、プレスリリースには業績不振の理由としてリモートワーク切り替えの際の稼働低下が挙げられています。生産性の低下が業績悪化に繋がったという具体的な話はなかなか耳にしませんが、公式資料に書かれるほどなので、見過ごせない問題があったと思われます。
エンジニア採用がきっかけで事業に影響するその背景
採用コストをかけすぎた
エー・アンド・ビー・コンピュータの場合、OpenWorkの口コミを見る限りでは定着性が低かったようです。
https://www.openwork.jp/company_answer.php?m_id=a0C1000000pp0Xg
また、Googleマップでも評価は1.6点と非常に低く、以下のような元社員のコメントがありました。
SESの場合、人を採用したうえで稼働してもらわないと売上が立たないため、採用は生命線です。求人の痕跡を見ると、人材紹介会社や、成果報酬が発生するスカウト媒体の利用が確認できます。
人材紹介の場合、未経験を除き、当時の紹介手数料の相場は40%(ここ数ヶ月で45-50%が増加中)でした。想定年収500万円のエンジニアを採用した場合、120-200万円が都度発生する計算になります。
私もSES事業の試算を業務として実施した経験があります。基本的には薄利な事業のため、2年で退職されるとこうしたチャネルからの採用費用はペイしませんでした。
リファラルや直接採用の経路を開拓しなければなりませんが、OpenWorkで2点台以下の企業がこれらの経路で成果を出すのはこれまでの事象を見ると難しく、立ち止まって内部の見直しをする必要があります。
仕事がないのに人を雇いすぎた
コンサルやSESのような準委任契約の難しさとして、仕事が先か人材採用が先かという問題があります。
仕事が先の場合は経済的合理性がありますが、入場先の開始日と正社員の入社日が一致するとは限りません。関係性の良い予算のある企業に対し、入社次第入場というような交渉ができれば理想ですが、そのような状態に持っていくのは容易ではありません。
また、VCや親会社(特に外資系の親会社)から投資を受けた企業の場合、出資者は当然右肩上がりの売上を期待します。準委任契約の事業はシンプルで、社員数、稼働率、諸経費をExcelで計算すればシミュレーションが立てやすい特徴があります。しかし、顧客への単価アップ交渉が継続的に行えなければ、社員数を増やし稼働率を確保する以外に売上を伸ばす手段がありません。
大手派遣会社の中には、大量採用と稼働率低下を理由にした採用縮小を繰り返している例もあります。こうした動きは、SI部門やSES部門の事業売却が視野に入っていない限り、資金がショートするまで繰り返されると思われます。
薄利多売の事業モデルにおいて、固定費をかけることや単価アップしない状態で給与の見直しを行うのは困難です。先に挙げたOpenWorkにも、案件がなく待機状態の社員がいる状況が指摘されています。そのような状態では、稼働中の人材に対して給与アップを実施するのも難しく、これが社員の不満を生み退職へと繋がる負のループを形成します。
ブラックな働き方で利益が出る体質になっていた
ニューフォリアのOpenWorkには興味深い傾向が見られます。現在のスコアは3.6点と悪くありませんが、2020年以前のスコアは低めでした。
https://www.openwork.jp/company_answer.php?m_id=a0C1000000aCp7d
2020年7月には給与遅延や一部リストラの動きがあった旨のコメントが記されています。この時期の働き方についてのコメントを見ると、長時間残業や徹夜など、ブラックな内容が多く、スコアも2点台でした。
しかし、2022年以降は4点台の評価も増え、働き方が改善された様子が伺えます。一方で、「エンジニアの生産性低下」が事実であれば、長時間労働であれば利益が出ていた状態から、定時内でこなせる受託案件しか対応できなくなった結果、低迷した可能性があります。
気軽に新規参入した
SESを始めるための情報商材も登場し、他業種から思いつきで事業を開始するケースが見られます。中にはデットファイナンス(銀行借り入れ)でスタートする人もいます。しかし、未経験・微経験エンジニアの求人はほとんどありません。北朝鮮問題に端を発した商流制限などの影響もあり、契約は厳しい状況です。その上で人材流動化が進む中、採用コストを気にしつつ社員雇用を維持する必要があります。これらの状況から、2025年には淘汰が進むと予測されます。
Xを席巻した教育論争に見る、今後の試練
先日、X(旧Twitter)で教育論争が起きました。「初学者のエンジニアに対し、手取り足取り教育をしないと業界の衰退に繋がる」という内容が発端となり、5日ほど賛否両論が飛び交いました。
私個人の考えとしては、ハラスメントのような指導は論外ですが、オンボーディングは別として、優しいだけでは解決しないと感じています。エンジニアは専門職であり、適性も重要です。
海外ではCS(コンピュータサイエンス)の学位を持った人がエンジニアになるのが一般的で、年収にも最初から差が生まれます。私がマネジメントをしていたフィリピンでも同様の状況が見られました。
日本では文系出身者でも大手企業などで研修を受け、1年半ほどで一人前になるケースがあります。この点では、他国と比較して日本のITエンジニアは「恵まれている」と言えます。
一方で、(Xでの母集団が偏っているとは言え)一定数、手取り足取りの指示が必要なITエンジニアが増えている現状も明らかになりました。これは、デジタル人材不足を煽った人材系ビジネスやプログラミングスクール、情報商材の影響と言えるでしょう。
2025年には、このようなマインドセットのミスマッチに由来する『教育コストがかかるエンジニアがどの程度社内に居るか』ということが、業績に影響してくるであろうと予測しています。