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デジタル人材の流動化にブレーキ?企業が直面する『量』と『質』の課題

『人材の流動化』が叫ばれて久しいです。正直見飽きた感すらありますが、デジタル人材に関しては鈍化しているのではないかというのが私の見解です。

ITエンジニア、もといデジタル人材の文脈で言うと、デジタル人材不足は人材紹介会社の求人倍率が根拠として挙げられます。

求人は出ているものの、実際に積極採用を達成している企業は一部に限られます。派手に採用していたメガベンチャーなどは採用を絞り、今居る人員の開発生産性向上に熱を上げています。SESも待機している人材が多いですし、フリーランスエージェントも案件探しに奔走している状態なので、余剰感すらあります。

今回は『デジタル人材の流動化』とは何だったのか、振り返っていきたいと思います。


『デジタル人材の流動化』を支えていた【量】の議論

デジタル人材不足や求人倍率のグラフを見て気になるのは、あくまでデジタル人材を包括した数(量)の話しかしていないことです。これに注意が必要です。

デジタル人材は専門職なので、本来は事業貢献のためにスキルレベルを測るべきです。しかし、多様な専門性や職種名があるため、一律でグラフにするのは非常に難しいです。大手人材紹介各社にヒアリングすると、候補者は希望年収別に大まかに以下の3つの層に分けられています。

  • シニア層
    年収600~800万円以上の方

  • ミドル層
    シニア層でもジュニア層でもない方

  • ジュニア層
    一定の年齢以下の第二新卒、もしくは年収が400万円以下の方

人材事業においては、企業側の募集内容と実際に流入してくる人材の現年収でグラフを作成することは理論上可能です。しかし、実際はジュニア層の流入が多いため、人材事業が公開するメリットは少ないです。

質と共に、専門性が高いために細分化された『職種』の多様性にも注意が必要です。漠然とデジタル人材を求めている感覚はグラフから受け取れますが、具体的にどの職種のデジタル人材が足りていないのかを表現できていません。

次にこれまでデジタル人材の流動化を支えてきた採用企業の状況を整理します。

採用目標人数達成のための企業の『妥協』

アベノミクスによる景気の上向きと、コロナ禍の金余り現象でITへの投資が集中した背景から、エンジニアバブルの下で各社が正社員ITエンジニア採用数を追っていました。

  • フルリモートワークの拡大により、一部外資系IT企業が展開した全世界採用

  • コロナ禍で需要が期待されたSaaSの積極採用

  • 投資家と正社員ITエンジニア採用人数をKPIとして合意してしまったスタートアップの積極採用

  • DX需要とアサイン比率に重きを置きすぎた結果、未経験採用を拡大したコンサル

  • コンサルになりたいSIer/SESの追い上げ

  • デットファイナンスを受け、採用を強化した新興SES

2022年まではSMBを除いた多くの企業で積極採用が行われていました。しかし実際の当時の採用ハードルは著しく低かったと言わざるを得ません。

例えば、プログラマーの採用ではポテンシャル枠が非常に拡大されていました。バックエンドでは『ITエンジニアの気を引くためにモダンで尖った技術選定が必要だ』という理由でPHP、Java、Ruby以外の言語の採用が増えました。しかし各言語で即戦力の母集団は少ないため、他言語からのスキルチェンジ・キャッチアップ前提での採用が多く見られました。

現在では立ち上がりを気長に待てる企業が減っており、いかに早く立ち上がってくれるかという点に重きを置いた選考をしていることから更に採用に難航しています。

専門職採用を前にした企業の『無知』

エンジニアバブル以前から、デジタル人材採用の経験がないものの予算はしっかりとある企業も存在します。エンジニアバブルはアベノミクスとコロナ禍の金余り現象の賜物であり、この条件に合致する大企業も当時は定期的に現れていました。

良心的な受託開発企業と運良く取引ができればスムーズにサービスインできます。しかし昔から強引な営業を仕掛ける受託企業、人材紹介、SES、フリーランスエージェント、フリーランスが少なくありません。

デジタル人材についての知識がない企業は、彼らに対して『おまかせ』でオーダーすることになります。大筋で提示される金額は相場より高く、技術面では『参加するエンジニアが触ったことのない使ってみたかった技術』が採用されることが多いです。結果として、知見がない状態で作られたシステムはリリース遅延が発生し、バグが多く、スケールしない高額なシステムが完成します。

特にエンジニアバブル下で気の毒だったのがスタートアップです。当時、スタートアップ投資が活況を呈する中で強気に投資しつつも、リリース遅延を拗らせてサービスインできないプロダクトの話が散見されました。限りある資金にも関わらず、まとまった初期開発投資が実を結ばなかったことで追加でデットファイナンスを受け、再度発注する企業もありました。残り少ない予算で別の開発者に助けを求め、更にババを引くような企業もありました。

外注が全て悪いのではなく、何となく勘で採用した正社員もまた悪いので、どちらを選択しても豪運がない限り、まず失敗します。外注にせよ、内製にせよ、企業の『無知』に漬け込む行為と言えるでしょう。

現在となっては件数は減少しましたが、ターゲット領域が後継機で資金を持っていて、かつデジタル人材に対する知識が企業は『カモ』として狙われ、怪しい提案が殺到します。これらは長期的に見込めたかもしれない需要を食い潰す不健全な行為です。嫌いですね。

本当に『質』より『量』が欲しい企業

このnoteでも度々話題にしていますが、派遣会社やSESにおいて、非IT業務にアサインされたり待機していたりするところがあります。

人月商売であることから、投資家や株主と約束した売上目標を達成するためには採用が不可欠です。簡単な数式で目標採用人数を算出することができます。アサイン先の質や内容は二の次であり、稼働することが正義とされます。

その結果、『ITエンジニアにはコミュニケーション力が必要だ。だからコールセンターに行ってほしい』などといった理由で非IT業務にアサインされることもあります。

新卒を大量に採用し、派遣先企業に教育をしてもらうことを前提とした企業もあり、何がどうなってそういう意思決定をしたのかよく分からない状況になっているところもあります。

これらの企業のうち、上場企業であればIR資料に『前年度採用しすぎたので今年度は減らします』『稼働率の向上を目指します』などと記載されています。

彼らはデジタル人材の大量採用を表向きには行っているため人材紹介会社の統計上はデジタル人材としてカウントされます。しかし実際の配属先は非IT職であったり待機が多いという観点からすると統計情報のノイズと言えるでしょう。

本当に企業が正社員で欲しいデジタル人材は『社内SE』だったのでは

前述したnoteで下記のようなお話をさせていただきました。

ある大手人材紹介会社では、次のような傾向が見られます。

・自社Webサービスを志望する人が半数だが、入社できるのは2割
・SI/SESに入社する人が半数
・社内SEを志望する人は1割弱だが、入社するのは2割

SI/SESがまとまっているのは解像度不足ですが、この集団からも一定数が社内SEという名目でヘルプデスクにアサインされたり、SESから非ITエンジニアに流れていると予測されています。

IT業界に迫る若手エンジニア危機—新卒・未経験者採用の行方と未来予測

ここのところ地方行脚をしていますが、どこの地域でも求められているのは社内SEです。

人材紹介会社を深堀りすると、社内SEのマッチングには積極的ではないという実態が浮かび上がってきます。これは、社内SEの職種が幅広いため、企業側の求めるスキルセットと候補者のスキルセットを丁寧にヒアリングしてマッチングする必要があり、手間がかかるからです。また、一社で複数名を募集することが少ないため、企業のリピートも期待しづらく、効率が悪いと感じているようです。

ただし未経験者をヘルプデスクに紹介すると複数社にマッチングできる効率の良さがあります。プログラマやインフラエンジニアに比べると、基本的なパソコンスキルがあれば何とかなりやすいため、間口は広いですし、全国で募集しています。先の人材紹介会社の内訳についても、その多くはヘルプデスクなのではないかと推測しています。

社内SEを求める企業と、プログラミングスクールや情報商材の影響で『プログラマーにならなければならない』『(職種理解が不十分ながらも)フルリモートワークがしたい』という志向でデジタル人材を目指す候補者の間で、相当なミスマッチが生じていると考えられ、稼働者に不安定さを感じています。

【質】『優秀な人の周りには優秀な人が集まる』の見直し

では質を追求するようになった現在ではどうなっているかと言うと、『優秀な人の周りには優秀な人が集まる』という昔からのセオリーに回帰しているように感じられます。

リファラル採用のブーム

王道としては、業界の有名人を採用し、その人を広告として採用活動を展開する手法です。古くはライブドアなどで使われていた手法ですが、この流れは今でもメガベンチャーやそのOB・OGの界隈で見られ、リファラル採用のブームと相まって拡大しています。

ただし、一部の企業では、本来であれば従業員が自発的に友人や知人を紹介するべきところを、ノルマを課したり名簿(アタックリスト)を作成したりするケースが見られます。業務委託にもリファラルを働きかける企業もあり、これには疑問を感じます。

採用広報としてのDevRelブーム

一方、DevRel(Developer Relations)領域も継続して盛り上がっています。人材紹介やスカウト媒体、リファラルなどの手法では、知名度がないと最後まで採用を押し切ることが難しいため、この領域が賑わっています。社内の技術力や社員の顔を見せつつ、業務内容や技術レベルをアピールする場として、カンファレンスやセミナーが相次いで開催されています。

ただ、個人的には、カンファレンスやセミナーが頻繁に開催されすぎていて、参加者の実務への影響が気がかりです。お金に余裕があるうちは問題になりにくいですが、少しでも経営が傾くと経営層から目をつけられるリスクが高い分野であり、そのバブルの兆候に注意が必要です。


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