【学び直し】30代現役作家、東京藝術大学で社会人院生になりました:入学後の生活編
前回の記事でもお伝えした通り、東京藝術大学 先端芸術表現専攻の修士課程に入学し、現役作家+社会人院生としての日々にこの春から切り替わりました。
「お前もう森美術館でも展示してるし現役で活動してる作家だろ、今さら美大入ってどうするねん」というツッコミを美術業界の内外から頂いていたのですが、実際に入学してみると学び自体はとても多いです。
というのも自己分析して、かなり限られた得意分野と飛び道具に頼ってなんとか作家活動が成り立っているようなおぼつかない感覚があったからです。実際に入学してからも、作家として基礎的な部分で知らないことや苦手分野が本当に多いのを実感しているので、このタイミングで入学しておけてよかったなと思っています(例えば自分で展示を運営したこともなければ、展示什器はいつも施工業者さんにおまかせで自作したこともなかった)。
なお、「森美術館で展示してから藝大入学」は、飲み会でいじられるネタになりました😌
入学後の第一印象:変態たちの楽園
以前の記事にも書きましたが、藝大に入学した第一印象が「変態たちの楽園」でした。
キャンパスをまたぐと「学生も先生もみんな何かをつくっている人しかいない」という空間がかなり異常でレアに感じ、学部時代に文系大学出身だった人間にとってはそこから新鮮でした。
学内で出会う人がみんな何かしらヘンで、でもめちゃくちゃ良い人でサポーティブなので、そこも楽園たるゆえんです。学生も教員も、学内の様々な仕事の従業員さんまでみんなキャラが濃いので(学食のお姉さんや清掃員の方とかまで)、「日本の国立機関でこんなに変態が揃ってるのは藝大ぐらいじゃないか」という気持ちになりました。早稲田とはかなり様相が違う。
学食に行ったら食堂のお姉さんに「喘ぐ大根」についてコメントされたり、
「佐藤研究室でピザパがある」と聞きつけて行ってみたら、自分が想定していたピザパの概念と違った(ピザや肉が釜で焼かれ、盛大な野外の宴になってた、しかも工房の隣で)とか色々面白いことがありました。
授業やカリキュラム、課題の内容
必修カリキュラム
大学院の必修カリキュラムはだいたい週1日に固まっているのですが、入学して早々に「再来週から入学展をやります。みなさんの過去作を展示してください。会場設計、機材、広報、記録など展示の運営も、学生たちで分担して行ってください。じゃ、会議をはじめましょう」という特大の無茶振りがふられてかなり面食らいました(ふだんの作家業だと通常、展覧会オファーは一年前とか短くても半年前とかに言われるのが普通で、展示の諸運営もオファー側の機関が行うのが当たり前だったので、二週間後オープン!??しかも自分たちで運営!!???と混乱した)
ただ特に内部進学生の子たちがそういった状況にも慣れており、サクサク展示の運営を進めていくので頼もしかったです。私は得意分野が活かせそうな広報班になってみました。
入学早々に怒涛の日々でしたがなんとか展覧会オープン。2日間しか公開しないのがもったいないほどクオリティが高い展示や興味深い作品が揃っていて、非常に面白かったです。同期の作品もインスタレーション、写真、舞台美術、映像、サウンドアート、ラジオドラマ、ヤギ小屋(!)と幅広い。
こちらは自分の藝大生としての初展示。美術館での展示のようにインストーラーさんもつかず、全部自分で什器調達・機材手配・セットアップから配線までやらないといけないので、大変でした😂(夜にケーブル配線しながら”うおおおお面倒くせえええ!!!!”と叫んだ)
講評スタイルも変わっていて、教授による講評ではなく学生同士による質問と、全員がクラス全員の作品にコメントを執筆するピアレビュー方式。
少なくとも合計6000文字以上書くことになり大変でしたが、学生間のおたがいの作家性への相互理解は高まったと思います。
最近は「共通レクチャー」という、先端を卒業した若手〜中堅の作家を招いての連続レクチャーのフェーズに入っています。ゲストの世代的に自分がふだん作家業で関わった作家さんがきたり、なんなら大学時代からの友人がやってきたりすることも多数なので、つい飲み会の頻度が激増しました(肝臓が……🤢)
ゼミ活動
先端の大学院ではゼミの活動のウェイトがそれなりに多いので、研究室選びも重要な選択となります。
何気に驚いたのが、ゼミを決めるにあたって希望する教授にバンバン面談を申し込めること(というか必須)。大御所作家やキュレーターの方々に、こんなに気軽にマンツーマンのお時間もらえるのか……!とびっくりしました。そしてそれぞれの面談からかなり学びが多く、贅沢な時間でした。
そして配属は、入学前から希望していた現代美術家の小沢剛先生のゼミになりました。
現在、小沢研は「ヤギの目で社会を見るためのプロジェクト」という取手でヤギを育てるプロジェクトがコアとなっているので、初回ゼミはヤギ小屋の環境整備からスタート。
肉体をつかう作業が多いゼミですが、初回ゼミの歓迎会のご飯がおいしすぎて餌付けされました。
そしてゼミが開始して早々に、小沢先生のソウルの芸術大学での講演にあわせ、日本からヤギの魅力を配信する中継担当をやることになり、阿鼻叫喚としつつも周囲の方々のサポートもあり無事に完了。
11月には、ヤギをテーマにした展覧会を取手のアトレで行う予定です。忙しくなりそうで戦々恐々としておりますが楽しみ。
選択授業
藝大先端の修士課程はほとんど必修カリキュラムで完結しており、実はあまり選択科目が少ないことに驚いたのですが(卒業に必要な選択授業は2年間で4単位のみ)、とはいえせっかく美大に入ったのだから何かしらの実技系の演習が取りたいと思い、まずは小沢剛先生の「ドローイング演習」を履修してみました。
別に私はドローイングを主体にした表現をしている作家ではないですが、作品プランを人に伝えるにもドローイングが良くなったほうが良いし、作家として全ての基礎力に感じたからです(が、特に絵画やビジュアルアートが得意な作家でもないので、普通に苦労している)
みんなで同じひとつの風景画を協力してかく「パノラマドローイング」、私もファンだった美術家の鈴木ヒラクさんがゲストにいらしての「ドローイングオーケストラ」体験、また最近は取手を散策しながらサイトスペシフィックな作品企画を考えてアイデアをドローイングする実習などあり、ドローイングといっても多様な切り口があるんだなと興味深いです。
あとはアーティスト向け英語の短期コースも受講してます。先生がロンドンで学んだキュレーターで、実践的でかなり勉強になる。
来年はもう少し余裕がでることを願って、今年とれなかった実技科目も履修できることを願ってます。映像インスタレーション、立体工作、アートプロジェクトを学びたい、、!
仕事との両立
社会人院生の場合は大学のカリキュラムを仕事と両立することになるのですが、端的に言ってかなりきついです😇 学生生活自体は楽しいのですが、これが大学院入学後の最大の悩みかもしれない。
思った以上に学業や大学のカリキュラムに時間が吸い取られるので、入学早々に焦って転倒し、肋骨を骨折するというアホまでやらかしました……
学業においても仕事においてももどかしいことが多いのですが、とりあえずは以下のような対策でどうにかやってます。
完璧を目指さない、欲張りすぎない
入学展が落ち着き、週1の取手キャンパス通学と週1上野キャンパス通学は最低限大学にいるという感じに最近は落ち着いています。あとは余裕があるときに他の授業を聴講したり(しかしめったにそんな日はないことが多いですが)。
本当はもっと授業増やしたいのですが、自営業も忙しいうえM1は必修でやることがなんだかんだ多いので無理はせず、腹八分目にしています。実際それでもパツパツなので……
ChatGPTの活用
ChatGPTブームに完全に乗り遅れていたのですが、社会人院生になり業務時間が不足して首が回らなくなったのでAIの助けを借りることにしました。GPT-4に課金し、海外の美術館とのやり取りによる語学ストレスと労力を減らせてかなりマシになりました。
「どっしり腰を据えてPCに向かうことができる」デスクワークの時間が、これまでと比べて体感的に1/3ぐらいに激減したので、どうにかスキマ時間や移動中に仕事を進める方法を試行錯誤しています。
入学後の変化、新たなテーマ
大学院に入ってから、自分が興味を持つテーマにゆるやかに地殻変動が起きている気がするので列挙します。
ヤギ、自然、土
「食、土、自然環境と人間、消化器官の循環とディストピアの身体」について考えることが増えてきており、「自然を捉える解像度を上げる」ことに縁が増えているのを感じます。
前述の通り、小沢研ではヤギのプロジェクトがメインで学生もヤギの世話に参加するのですが、意外とそこからの発見や学びが多いです。
ヤギの味覚も興味深い、未来の人間の身体を感じる……
ディストピア
直近、森美術館で展示した「未来SUSHI」もディストピア的な作品でしたが、自分の作家性において「ディストピア」という概念が予想以上に重要なのではと院に入って気づいてきました。
最近は「ディストピアランド構想」と称して、「ディストピアの食」「ディストピアの家畜」「ディストピアの儀式」「ディストピアの国家」「ディストピアの生殖」などなど、様々なディストピアの様相を妄想・構想しています。これが今後の指針となるでしょうか。
変態度を育てるために藝大に入ったところがあるので、自分の変態がすくすく育っているか、同期に定期問診してもらえることになりました(?)。
社会人(現役作家)としての学びの感想
ゴリゴリのメディアアーティストとして活動していた頃は、自分のジャンル外の作品に出会っても「ふーん、自分の領域とは関係ないな」とスルーしてあまり自分の活動と結びつけていなかったのですが、
藝大先端は学生の表現手法がかなり多様かつ、その気になればどんな表現分野も学べるので、あらゆる表現手法が自分にとって可能性のあるものとして強烈に目に飛び込んでくるようになりました。
そのぶん迷うし混乱もありますが……(そして実際に学び始めると、それぞれの分野について自分が素人同然だということに愕然としたり。中堅メディアアーティストとしての自我が解体する……)
学生という立場は、どんな年齢の人をも蛹のように自我を解体させる作用がある気がします。
仕事も安定した30代の半ばでそういった自我の揺れ動きが体験できることは、しかし得難いことだなあとも感じます。大人になってからの自分探しのやり残し課題の総テコ入れ、最終章という感覚がある。
パンデミックを経て、多くの人が人生の様々な変化を体験したであろういま、改めて学び直しをすることはこれからの長い人生において非常に意味があるのではないでしょうか。
大学院入学からの2ヶ月の体感としてはこんな感じですが、きっとまた変化していくことでしょう。
来月から入学3ヶ月目に突入、濃い日々ですが、無理せず自分なりに充実した学びを得られればと思います!
文:市原えつこ
アーティスト。1988年生まれ、愛知県出身。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系卒業。東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻在学中。2016年にYahoo! JAPANを退社し独立、フリーランスに。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品で文化庁メディア芸術祭優秀賞、アルスエレクトロニカで栄誉賞を受賞。2025大阪・関西万博「日本館基本構想事業」クリエイター。
ついでに宣伝
3月に会期終了した森美術館・六本木クロッシング展で大好評だった「未来SUSHI千社札アクリルキーホルダー」のオンラインショップが公開されました!よろしければ見ていっていただければ幸いです。
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