Minimal山下貴嗣さんに聞く「応援消費は根付くのか ~社会を動かすお金の使い方とは〜」
この記事は12月8日(火)に開催した、オンラインイベント「応援消費は根付くのか ~社会を動かすお金の使い方とは〜」の内容をもとに作成しています。
コロナの影響で「応援消費」という言葉を、よく耳にするようになりました。今もクラウドファンディングのサイトを見ると、多くのプロジェクトが立ち上がっています。この動きは一過性のものなのでしょうか? それとも消費の1つの形として定着していくのでしょうか?
今回は、チョコレートファンから熱狂的な支持を集めている「Minimal -Bean to Bar Chocolate-」の代表を務められ、昨年はクラウドファンディングに挑戦して目標を大幅に上回る資金を集めた山下貴嗣さんにお話を伺いました。聞き手は、日本経済新聞の大岩佐和子編集委員です。
■ダイジェスト動画
■はじめに
ー大岩編集委員
先日山下さんは、noteにも「何に対して消費者はお金を払うのか?」ということについて、かなり本質的なところをついた濃い内容の投稿をされていましたが、やはり消費行動の変化を感じていらっしゃいますか?
ー山下さん
私たちのブランドはもともと店舗の売り上げが大きかったので、コロナの影響でお客様にお店に来ていただくことが難しくなり、この半年はECを強化する方向に切り替えるなど、様々な施策に取り組んでいました。「どう消費してもらうか?」を考える1年でした。
ー大岩編集委員
(イベント参加者の皆さんへの)クラウドファンディングに関するアンケート結果がこちらです。私は「結局はリターン品なのだろうな」と思っていたのですが、この結果を見ると「純粋に応援したい」ということなんですね。
ー山下さん
昨年私たちもクラウドファンディングに挑戦しましたが、「応援したい!」と声をかけていただくことが非常に多かったように思います。
そして、興味深かったのは「支援した人が自分の周りの人に支援をすすめてくれる」ということが起こったことです。この連鎖は、自分がいいと思うブランドを「もっと広めたい」「応援したい」という気持ちから起こった行動で、リターンだけが目的ではないのだと思いました。
ー大岩編集委員
コロナの影響でたくさんのクラウドファンディングのプロジェクトが立ち上がる中、飲食店やミニシアターなどの様々な業界で、目標金額を大幅に上回る多額の資金を集めるような「応援消費」が生まれていました。この消費行動の背景には、何があると思いますか?
ー山下さん
私は2つの背景があると思っています。
1つは「情報の非対称性がなくなりつつあること」です。「応援したい」「寄付したい」という思いがあっても、例えば10年前ならば「どこに対して何をすればいいのかわからない」という状況があったと思います。ところが今は、クラウドファンディングのサイトを見れば何かしら自分の共感できるものを見つけられるでしょうし、調べようと思えばネットを使って自分でいくらでも調べられますよね。そのような機能性の面で、自分が何かに対してアクションを起こしたいと思ったときのハードルが下がった、ということがあると思います。
もう1つは「情緒的価値を重要視するようになってきたこと」だと思います。自分にとって物質的に価値のあるリターンがなかったとしても、「その人の思いに共感できる」「自分が大切にしたい思い出と結びついている」、さらには「未来に期待できる」など、そのような情緒的なことに価値をおくようになってきていると思います。この傾向は、ここ10年くらいで緩やかに起こってきていたことだとは思いますが、コロナの影響で急激に加速したことは間違いないと思います。
■「応援消費」は今後も続くのか?
ー大岩編集委員
2011年の東日本大震災のときも、「応援消費」という言葉は度々取り上げられることがありました。福島の野菜や三陸の海産物を率先して購入しようという動きでしたが、それも徐々に下火になっていきました。このときの応援消費と、現在コロナをきっかけに増加している応援消費には違いがあると思いますか?
ー山下さん
ベースにあるのはどちらも「(純粋に)応援したい!」という気持ちだと思います。ただ、近年の消費行動の変化を見ていて感じるのは、現在の「応援消費」は「自分ごと」にとても寄っているということです。
東日本大震災のときは、物理的な損害の規模がある程度見えていました。もちろん、復興には終わりがありませんから、それに対して多くの人が「持続可能性のある状態になるように応援したい」と思っていたはずです。しかし、ある程度状況が改善する中で、継続的に支援していこうという気持ちが失われたところもあったのではないでしょうか。
ところが現在の消費行動では、それが「自分ごと」になっている、ということが1つの大きな動機としてあるように思うのです。「応援したい」「支援したい」ということだけではなく、「自分はその商品(サーンビス)がとにかく大好き」「これからもずっと使い続けたい(利用したい)」という気持ちに紐づいています。
自分の「好き」という気持ちに結びついていることで、持続性は非常に高くなるような気がします。
ー大岩編集委員
今の「応援消費」への流れは、一過性のものではなく、今後も継続していくと思いますか?
ー山下さん
続いていくと思っています。成熟している社会においては、生存するための欲求だけではなく、より高次元な欲求を多くの人がもつようになると思います。
精神的充足感が得られるようなものに価値が置かれる流れは、社会環境の変化の中で現れてくるもののように思います。「自分はこれを応援している/支援している」ということが、ある意味自己承認を満たすものになっていく。そういう「応援消費」への流れは、消費行動の中のまだまだ小さな変化ですが、これから大きくなっていくのではないかと思います。
■「クラウドファンディング」で支援が集まる背景にあるもの
ー大岩編集委員
なかなか物が売れなくなった時代、クラウドファンディングにたくさんのプロジェクトが乱立してくると、それだけ選んでもらうことが難しくなり、通常のECサイトなどと状況が同じになってしまうようにも思えます。
実際に、多額の支援を集めるプロジェクトとそうでないプロジェクトの差がかなり出てきているように見受けられますが、クラウドファンディングではどのようなプロジェクトがお金を集められると思いますか?
ー山下さん
まず「自分たちの思いに共感してもらうこと」、そして「思いに共感してくれる1人目のファンを作ること」だと思います。
先ほどもお話ししましたが、私たちのクラウドファンディングの成功のきっかけも、まず自分たちの思いを理解して共感してくれた人が現れて、その人たちが「自分ごと」としてそれを周囲の人に広めてくれたことが、ブレイクスルーのポイントになったと思っています。自分たちと同じ熱量、最終的には自分たち以上の熱量で「自分ごと」として周りの人に広めてくれた人の存在が大きかったと思います。
ー大岩編集委員
よく「ファン作りが大切」ということは聞きますが、これからますますそれが重要な要素になっていくということでしょうか。
ー山下さん
まずはとにかく「1人目のファンを作る」ことだと思います。それには、サービスやプロダクトを体験しもらって、その人にとって「自分ごと」になったことを、「自分の言葉で説明してもらう」ということが大事な気がしています。
友達に言うでも、SNSで発信するでもいいので、自分から発信してくれる人をどれだけ増やせるかは、本当に大事だと思います。
ー大岩編集委員
1人目のファンを作るためにも「思いを伝える」ことがとても大事だということがわかりますが、実際にみんな「自分たちもやっている」という認識でいる人は多いと思います。ただ、なかなか伝えることは難しい。山下さんのおっしゃる「思い」というのは、どのようにすれば伝わるのでしょうか?
ー山下さん
「情緒的価値」とか「応援消費」というのはすばらしいことだと思いますが、大前提として、自分たちのサービスやプロダクトがきちんといいものに仕上がっていること以上に、思いが伝わるということはないと思います。
例えば私たちの場合ならば、まずチョコレートがきちんとおいしいこと。それに対して、情熱をかけて努力をしていることがベースです。その熱量を伝えるということです。そこに熱量がない状態で「自分たちには思いがあります!」と言っても、空回りになってしまうのではないでしょうか。
考えていること、思っていることをダイレクトに言うことだと勘違いしている人が多いですが、自分たちが提供しているサービスやプロダクトなどに対して、どれだけ自分が時間と労力を費やしてお客様に良いものを届けようとしているかという、具体的な行動を伝えることだと思います。それが結果的に思いが伝わる一番の近道だと思います。
■継続的な「ファン」になってもらうために必要なこと
ー大岩編集委員
クラウドファンディングなどで一時的に集めた人に、その後もずっと継続的なファンでいてもらうこと。これが今後の「応援消費」の課題になっていくと思いますが、ファンとの継続的な関係を作るために必要なことはなんでしょうか?
ー山下さん
関係性のチューニングをし続けるという意識をもつことが、とても大事だと思っています。例えば、チョコレートならば「バレンタイン」が1年で最も注目されて購入されるタイミングですが、1年1回バレンタインのときだけにしかお客様とコミュニケーションをしていなければ、忘れられてしまうかもしれません。
クラウドファンディング などもそうですが、バレンタイなどのイベントをきっかけに私たちのブランドを知ってくれたお客様とのその後のコミュニケーションを、丁寧にチューニングし続けることが大切だと思っています。
「次はこんな商品を作ろうとしています」「これからこんなことに挑戦しようと思っています」「こんな取り組みを始めてみました」など、次はこんなことを、その先ではこんなことを考えていると、お客様に伝え続けます。そして、その時間をその未来を「一緒に楽しもう」とお客様に提案するんです。
ー大岩編集委員
まさにストーリーの中に取り込んでいくということですね。
ー山下さん
そうです。お客様も、私たちブランドも、今のままずっと変わらないということはあり得ません。どんどん変わっていく中で、ブランドがやるべきことは、常にお客様との関係は変わっていくという前提に立って、その関係性をチューニングし続けることです。
最初は「サービスやプロダクトが良い」というところから始まったお客様との関係を、「そんな商品を作るならそれも試してみたい「そんな挑戦をするなら応援したい」「そんなことをやろうとしているなら協力したい」と、常に新しい関係でつながっていられるようにする努力を忘れてはいけないと思います。
■質疑応答
イベント参加者からの質問:どうして単においしいだけではなく、社会貢献につながるチョコレートを広めようと思ったんですか?
ー山下さん
実は、最初から社会貢献を考えていたわけではありませんでした。おいしいチョコレートを作るにはどうすればいいかと考えたときに、原材料のカカオにこだわることを思いつきました。カカオは主に、赤道直下の途上国で作られています。そこで、現地の農家を訪ねて行くと、見えてくる現実がありました。
パートナーになる過程でわかったことは、今の世の中の水準で売買していては、現地の農家はなかなか貧困から抜け出せない。そのときに初めて、私たちがきちんとおいしいチョコレートを作って、お客様にそれに見合う対価を払ってもらえば、フェアトレードで買えるカカオの量が増えていく。それが農家の人にとってもいいことになると気づきました。現地に行ったことで気づけたことから始まっていることです。
イベント参加者からの質問:「応援消費」は何度も同じことを続けると、飽きられる、冷められるのではないかと思うのですが、「応援消費」を継続的に続けてもらうためにはどうすればいいですか?
ー山下さん
「どこを目指すか?」というゴール設定を大事にすることだと思います。ビジョンを明確にしてお客様とコミュニケーションをとることです。ブランドの短期的な売上を上げたいということではなく、自分たちの根源的な思いがどこにつながっているのか、お客様と一緒にどこに向かっていきたいのか、それをちゃんと設定することです。その過程を「一緒に楽しみましょう!」「応援してください!」と伝えることで、一緒にそこに向かって進んでいくことができれば、お客様はついてきてくれると思います。
■まとめ
ー大岩編集委員
「思いが大切」ということは以前から言われていたことでしたが、お話を聞きながらやはりそこに尽きるのだなと改めて思いました。最後に何かメッセージがあればお願いできますか?
ー山下さん
やり方にルールはありませんし、これをやってはダメだということもないと思います。どれだけ目の前のサービスやプロダクトに対して一生懸命か、それが原点だと思います。思いがこもっていないものは応援されない。自分たちのやっていること、作っているものに、どれだけ真摯に向き合えるか。それが一番大事だと思います。そういうものにきちんと光が当たる世の中は、良い世の中だと思います。
■プロフィール
山下貴嗣さん
Minimal -Bean to Bar Chocolate- 代表
(株)リンクアンドモチベーション入社後、新規事業立上やマネジメントを経験し、「Minimal -Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」を設立。年間4か月強は、赤道直下のカカオ産地に足を運び、良質なカカオ豆の買付と品質改善に取り組む。100%フェアトレードでの買付をモットーに、JICAのODA案件化調査を採択し農家の貧困解決などSDG’Sに取り組む。 Minimal独自のチョコレート製法を考案し、設立3年で世界最高峰のチョコレート国際品評会で部門別最高金賞を日本ブランドで初受賞後、5年間で63賞を受賞。グッドデザイン賞ベスト100や特別賞「ものづくり」、WIRED Audi INNOVATION AWARD 2017 30名のイノヴェイターに選出など新しいチョコレートブランドとして、カカオとチョコレートを取り巻く貧困問題の解決、徹底したモノづくり追究、ブランドビジネスのスケーラビリティの実現を目指す。
大岩佐和子
日本経済新聞 編集委員兼論説委員
1996年入社し、流通業の取材を5年間した後、地方行政の担当に。2013年から再び流通業を取材。MJデスクを経て、2018年4月より編集委員兼論説委員。