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保険・年金サービスという外貨流出経路について

カネ関連収支赤字とは何か
前回のnoteでは日銀レビューによる分析を元に、筆者が「新時代の赤字」と呼び、日本の対外経済部門の構造変化の兆候として着目するその他サービス収支赤字に関し、その殆どがデジタル関連収支に由来することを示した:

既に上記noteでも確認したように、日銀はサービス収支を従来の輸送収支・旅行収支・その他サービス収支という3分類から、モノ関連収支・ヒト関連収支・デジタル関連収支・カネ関連収支・その他の5分類に分けています。上図は遡及可能な2014年以降について日銀レビューの示す5分類に倣ってサービス収支を組替え、遡及可能な2014年以降の変化を見たものです。

既に確認したように過去8年間で変わったことは①ヒト関連収支の黒字が拡大したこと、②デジタル関連収支の赤字が拡大したこと、そして③カネ関連収支の赤字が拡大したことの3点です。①は旅行収支の受払を、②は通信・コンピューター・情報サービスを筆頭とする各種デジタルサービスの受払を反映した結果でした。

では③はどのようなサービス取引を反映した結果なのでしょうか。カネ関連収支は2014年の▲1599億円の赤字が、2022年は▲1兆1053億円と10倍弱に膨らみ、2023年1~8月合計で見ても▲1兆657億円と昨年を超えるペースで赤字が拡大しています。2023年1~8月にヒト関連(旅行収支)で稼いだ黒字(+2兆3329億円)の半分がカネ関連収支の赤字に消えている構図であり、捨て置けない項目と言って良いでしょう。

今回の本欄ではカネ関連収支の実情を簡単に確認しておきたいと思います。
 
保険・年金サービスへの支払増加
 カネ関連収支は保険・年金サービスと金融サービスの合計として組替えたものだが、図を見ても分かるように、基本的には再保険・貨物保険の損害保険料などを計上する前者の赤字拡大にその動きが規定されています:

これは特に再保険料の支払増加の影響を受けたものとされている。再保険とは「保険会社が、自身で引き受けた保険のうち、主として高額契約などについて保険契約のリスク分散を図るべく国内外の再保険引受会社と結ぶ保険契約」と定義されます。

この点、日銀は保険・年金サービスの支払が増える背景として「国内で投資性の強い保険商品の契約が増えている中、本邦の保険会社が市場リスクを抑制するために海外の再保険引受会社と結ぶ再保険契約も増加している」という事実を挙げています。明記こそされていませんが「投資性の強い保険商品」とは保険料の払い込みや保険金・解約返戻金などの受け取りを外貨で行う外貨建て保険や支払った保険料の一部を株式や投資信託などで運用する変額保険・変額個人年金保険などを指していると思われます。

折りしも、9月末には金融庁が外貨建て保険商品の販売体制を問題視し、その監視を強化するという報道が出たばかりです。行政として看過できないレベルまで流行している保険商品がサービス収支の構造にも小さくない影響を与えているという視点で見ると興味深いものです。もしくは、「資産運用立国」を旗印として「貯蓄から投資」を焚きつけるムードが強まっていますが、既に日本では保険商品を通じた運用が相応に流行しており、その結果としてサービス収支の構造にも影響が出始めているという解釈も可能とは言えば可能かもしれません。

保険・年金サービスの支払に関して、国・地域別に見ると、想像通り、米国や英国の割合は大きいものの、2020年以降は税制上のメリットから再保険市場が発達している中南米への支払が顕著に増えていることも特徴的です:

もっとも、こうした保険・年金サービスの支払を一面的に理解するのも正確ではないでしょう。というのも、周知の通り、近年、日本の保険会社が海外の保険会社を買収するというケースは増えています。その結果として日本から海外への保険・年金サービスの支払が増えている部分があるとしても、日本企業の海外現地法人となった場合、第一次所得収支の黒字(配当金・配分済支店収益や再投資収益など)として日本に還流する資金も相応に期待できる話です。この点、日銀レビューでも「(日本の保険会社が)サービス収支ではなく第一次所得収支の黒字幅拡大に寄与している点も指摘できる」としています。

もっとも、第一次所得収支の黒字として計上されても、本当に日本へ還流するかどうかは相当議論があることについては過去のnoteなどへの寄稿を通じて論じてきた通りです。統計上の黒字と実務上の黒字は分けて考えるべきです(この点は実務上、企業に接する立場からは強調したいポイントです):

https://comemo.nikkei.com/n/n51a821daab73?gs=d83d270cecdf

 
財だけではなくサービスも国際化の途上
前回noteの議論と総合すれば、日本のサービス収支はインバウンド需要を背景にヒト関連収支の黒字拡大が進んでいるものの、その傍らで進むデジタル関連収支とカネ関連収支の赤字拡大ペースもかなり早いものになっており、結果としてサービス収支全体ひいては経常収支全体の足枷となっている現状が透けます。数字で見れば、2022年のサービス収支においてデジタル関連収支とカネ関連収支の赤字を合計すると約▲6兆円に達しており、これで全体(▲5.4兆円)をほぼ説明できます

日銀レビューの議論を見る限り、サービス取引の国際化が明らかに日本から海外への外貨流出を拡大する方向に作用しています。それはこれまでは存在しなかった円安要因です。現状、貿易収支とサービス収支では前者の方が大きいことから後者の影響が重視されにくいものの、その性質を考慮すると、サービス収支赤字は拡大余地があるように思えます。

当然の話だが、サービス収支が恒常的に▲5~6兆円の赤字を記録していると、貿易収支は+5~6兆円を超える黒字を記録しなければ、貿易サービス収支は黒字にできません。日本の貿易収支が安定的に+5兆円以上の黒字を記録できていた時代は2010年以前に遡る必要があります。それはまだ日本企業の海外生産移管がそれほど問題視されていなかった時代です(厳密には、貿易収支の動向を振り返る限り、問題視されていなかっただけで、その頃には概ねその変化は完了していた疑いが濃厚ではありますが)。

仮に、貿易収支が2010年以前の姿に戻らないという仮定に立てば、サービス収支赤字の拡大基調がいずれ経常黒字国・日本の足場を崩し始める可能性は否めないという長期的な議論も可能でしょう。昨春以降、円安相場の構造的要因を指摘すると、それを頑なに拒む論陣も多く見受けられました。しかし、日銀レビューが指摘するのはサービス取引の国際化を通じた構造変化であり、その意味するとことは、どちらかと言えば円売りです。

国内企業の海外生産移管という貿易収支の構造変化については概ね認知が進んできた印象があるものの、現代ではそうした財取引に限らず、サービス取引についても国際化が進展しており、為替分析の世界もそうした新しい視点を取り入れる必要があるというのが筆者の問題意識です



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